032 襲来
男子争奪戦本戦3戦目、マリナとネリイの対戦の開始をドローンが宣言しようとするその直前、マリナとネリイがさっと両側に離れた。その2人の間に、上空から極太のレーザーが降り注ぎ、競技場の地面を直線上に抉っていく。
競技場の全員の視線がレーザーの元、空へと向く。競技場から少し外れた上空に飛空船が1隻浮かんでいた。その甲板の先端から伸びているレーザーが、細くなって消える。それと同時に、甲板からいくつかの点が下りて来る。
レーザーにより引き裂かれた上空の電磁シールドが回復してゆく。そこへ、降下中の点の1つから再び極太レーザーが伸び、シールドを吹き飛ばし地上を焼く。
破れたシールドの隙間から人となった黒点が次々に地上へと降りてくる。その数16。アーマードギアに身を包んだ16人の少女が競技場に降り立った。
ズシンッ。
競技場に降り立った1人が持っていた巨大なレーザー砲を投げ捨てる音が、殊の外大きく響く。
競技場全体が騒めく中、一際派手なアーマードギアに身を包んだ女がフェイス・プレートを開いた。歳の頃は高校生程度だろう。その少女が口を開き、声を張る。
「井久佐野高校の皆様、初めまして。わたくしは、私立百合華学園の弥生モモカと申します。
今年は御校に男子生徒が入学し、彼から天然精子を授かる生徒を選ぶべく、男子争奪戦が今まさに行われていると聞き及びました。御校にとって、これは大変に喜ばしいことでしょう。しかし、彼は井久佐野市で高校に進学した唯一の男子です。であれば、同じ井久佐野市に拠を構える我が校にも、同じ権利があるはずです。
つきましては、ここにご参集している御校の男子争奪戦参加者を倒し、男子生徒・鞘守セイジさんの天然精子獲得権を我が校が戴きますわ。異論は認めません。拒否するなら、この場から彼を問答無用で攫いますわっ」
突然現れた百合華学園・弥生モモカの宣言が始まってすぐ、競技場の一室で争奪戦を見守っていた井久佐野高校の校長は、ブレスレット・デバイスでどこかに連絡を取った。その口から、「聞いていませんっ」「どういうことですかっ」「一方的に過ぎますっ」と怒声が飛ぶ。
部屋にいるほかの教師たちは校長に意識を向けつつも、観客席に落ち着くよう指示を出したり、競技場周辺の状況を確認したりと動く。
競技場には、モモカが口上を始めてから、トーナメントのために待機していた生徒たちが競技場のグラウンドへと出てくる。
モモカの長広舌が終わった途端、井久佐野高校側で先頭に立った神峰ミコトが、右手の剣をモモカに向けて突き付けた。
「外野が勝手なことを囀ったところで、彼が我が校を選択した事実は変わりません。あなた方は選ばれなかったのです。初めから選ばれなかったあなた方の出る幕ではありません。さっさとお帰りなさい」
ミコトの言葉に、モモカはニヤリと笑った。
「そうはいきません。そもそもこれは、県の教育委員会も認めたことなのですから」
「何ですって?」
モモカの返答に、ミコトが気色ばむ。その時、競技場に男子争奪戦運営委員長たる校長の声が響いた。
〈教育委員会に確認しました。誠に不本意ながら、彼女たちの主張は事実のようです。16人対16人の対戦で勝利した側に鞘守くんとの交際権を認めるとのことです。
私はこれから、この決定を不服として教育委員会に申し立てを行います。それまで、侵略者を防ぎ鞘守くんの身柄を守ってください〉
「……そういうことです。解りましたか? 侵略者という呼称は不本意ですが、不問に付しましょう。さあ、理解したなら、さっさと対戦の準備を……」
校長のアナウンスに続けて言いかけたモモカの言葉に被せるように、ミコトは声を張り上げた。
「井久佐野高校の皆さん、聞きましたねっ。予定が変わりましたが、争奪戦を続ける前に、彼女たちの魔の手から鞘守くんを守り切る必要があるようです。校長の交渉を待つまでもありませんっ。全員で彼女たちを叩きのめしましょうっ!!」
「「「「……はいっ!!!!」」」」
ミコトは言い終わると同時にモモカに向かって跳躍し、一瞬の躊躇はあったものの、ほかの生徒たちも後に続く。
「何を考えているのですかっ! 16人の対戦で……」
ミコトの剣を棍で受け止めつつ、モモカが言う。しかしミコトは耳を貸さない。
「そちらが勝手に始めたことですからっ、対戦方法くらいはこちらで決めさせて貰いますよっ」
「いきなり戦闘行為に出るなんて、野蛮ですことっ」
「報せもなしに武装して乗り込んで来た野蛮人に言われたくはないわねっ」
舌戦を繰り広げながらも武器を交える2人。剣と棍が打ち合わされるたびに火花が散る。
2人の周囲でもそれぞれ戦闘が始まっている。百合華学園の16人に対し、井久佐野高校の生徒は現在12人で、マリナたちにとって分が悪い。トーナメントの第1戦と第2戦を終えた4人が、アーマードギアをまだ再装備できていない。いや、今、蒼旗アンナがグラウンドに出て来て乱戦に加わった。
「はっ!」
網膜に投影される情報を無意識の内に意識しつつ、マリナも百合華学園の1人を槍で突く。しかし相手は剣に入れたスリットで穂先を受け、その剣をグッと横に振ってマリナの体勢を崩す。
「あっ」
(何!? この力っ)
「覚悟っ!」
体勢を崩したマリナに、相手が剣と反対の手に持ったレーザーガンを向ける。マリナは咄嗟に足で相手の手と銃を蹴り上げる。拳銃タイプにしては高出力のレーザーが狙いを逸れて空中に射線を引く。
背中から地面に倒れかけたマリナは背中の超伝導スラスターを起動、出力は小さいながらも地を這うように相手から遠ざかり、背中から地面に落ちた後、その反動を使ってバク転するように身体を回し、剣から抜けた槍をしっかりと握って立ち上がる。
(この子、リアクターの出力が大きい!?)
井久佐野高校の男子争奪戦では、オーキス・リアクターの出力が1,000kWに制限されているが、マリナの相手をしている百合華学園の生徒の動き、マリナの槍を捕らえたままの剣を動かす力やレーザーの出力から判断すると、それ以上の出力を持っていることが予想できる。
「後ろがガラ空きだよっ」
後ろから振り下ろされる薙刀を、マリナは身体を捻って避けつつ、槍を振り抜いて相手の横腹を殴り付けた。後方からの接近をセンサーが捉えていたからできる芸当だ。
「ぐっ」
バチッと電磁シールドが反応したものの、マリナの槍の勢いを完全に消すことはできずに相手が吹っ飛ぶ。しかし倒れはしなかった。
(やっぱり、シールドも強めだね。ここは切り札を切るしかないかな)
その場から飛び退り、剣と銃を持った生徒と、薙刀を構えた生徒、その2人と相対しながら、マリナは2人を下す手段を考えた。
「おっりゃあっ」
巨大な機械の腕を振り上げた西剛コトナは、相手に向かってそれを振り下ろす。受け流すことも無理と判断した百合華学園の生徒が跳び退いたグラウンドに、巨大な拳が突き刺さる。
ドゴォッ。
グラウンドのクレイ舗装が突き破られ、その下の基礎になっている岩まで捲れ上がる。砂埃が視界を遮る。
コトナは闘っていた相手を確認することもせずに踵を返し、砂埃の中を別の場所へと移動した。
「は? 逃げた? 馬鹿にしてっ!」
視界が完全に戻る前に、地下から突き出た岩に跳び乗った百合華学園の生徒は、すでにコトナがいないことを知った。
(これで乱戦を選んだわけか。それでもキツいのは変わらないけどねっ)
コトナは少し離れた場所で不利な闘いをしている井久佐野高校の生徒を目指して走った。百合華学園のアーマードギアの出力が高いことは、彼女も気付いている。ざっと、2,000~3,000kWというところか。
倍以上のオーキス・リアクターの出力を持つ相手との1対1の戦闘となれば、まず勝ち目はない。障害物の多い場所ならまだしも、競技場のような平坦な広い場所ではなおさらだ。
それよりは、敵味方入り乱れた乱戦の方が、まだ勝機はある。
そう考えて、ミコトは相手が反対する前に、強引に乱戦に持ち込んだに違いない、と判断したコトナは、それならばと、グラウンドを駆けて地面を殴り捲り上げて、障害物を増やしてゆく。
4箇所に巨腕を叩き込んだところで、両腕に各4基ずつ搭載したオーキス・キャパシタのエネルギーを使い切った。
「こっからが本格的な戦闘だねっ」
ガチンッと両拳を叩き合わせて、コトナは手近な敵へ向けて地を蹴った。
トーナメント戦を期待していた皆様、ごめんなさいっ。
横槍が入りました。乱戦の結果はどうなるのか!?




