030 本戦の前
男子争奪戦予選の全戦闘が終わり、翌土曜日の朝、本戦への出場権を勝ち取った16人の参加者の名前が発表された。
3A4 大舘リツコ 6244
3D6 神峰ミコト 5028
1A6 茅吹マリナ 2985
2C1 蒼旗アンナ 2854
3E9 伸上ミチル 2577
3B10 住崎ユイ 2321
3B7 拳崎ジュリ 2096
1A13 鷹喰エリカ 2019
2B20 竜胆スミレ 1841
2B8 西剛コトナ 1824
2A19 槍蔵キョウコ 1530
2E7 霧崎シノブ 1423
3C18 双潟ツルギ 1288
2E9 潮乃アスミ 1196
1C17 物里ナグリ 1101
3A12 副崎ネリイ 1068
「マリナ、予選通ってるよっ! しかもベスト3入ってるっ!」
マリナが登校すると、先に登校していたミレイが駆け寄って来た。
「ちょっとミレイ、興奮しすぎ。自分のことでもないのに。おはよ」
「あ、うん、おはよう。でも、なんか嬉しいじゃない。小学校以来の親友がベスト3だよ。それだけでも嬉しいよ」
「ありがと。でもまだ予選を通っただけだからね。今日明日で英気を養って、本戦に備えるよ」
「勝って兜の緒を締めよって奴だね。でも今日くらいは浮かれてていいんじゃない?」
「浮かれてるよ~。浮かれすぎないように気を引き締めてるだけだって」
「マリナは落ち着きすぎだよ。もっと大袈裟に喜んでいいって」
マリナとミレイが話しているところに、エリカとリコとナオコもやって来た。ほかのクラスメートも何人か集まって来て、マリナとエリカの2人を褒めそやす。
「みんな、お祝いの言葉はまだ早いよ」
「そうですわ。本戦を勝ち上がり、鞘守さんの精子を射止めるのは1人だけなのですから」
エリカが言うと、みんなの視線がセイジに向いた。
「セイジくんは、エリカとマリナだったらどっちがいい?」
ナオコがセイジに聞いた。彼は集団から少し離れていたので、ナオコの声は教教室にいた全員の耳に届いただろう。
「どっちって言われても……まだ数ヶ月の付き合いだし……」
セイジは困惑したように答えた。
男子争奪戦に参加を表明した生徒は、放課後にはすぐに帰宅して訓練に勤しんでいたのだから、余計にセイジとの接点が少ない。おかげで、せっかくセイジと同クラスになった彼女たちも、セイジからの認識はほかのクラスの生徒と大して変わらない。親しげに声を掛けはするものの、それはほかのクラスの生徒もしていることだ。
「争奪戦が終わったら、精子を貰う前にあたしのことをもっと知ってもらわないとね」
「マリナ、それは『取らぬ狸の皮算用』と言うのですよ」
すでに優勝した後のことを語るマリナを、エリカが窘めた。いや、呆れたと言うべきだろう。彼女の声音にそれが滲んでいる。周りに集まっているクラスメートたちも笑う。
「うん、まあ、気は早いかも知れないけど、優勝するつもりでやるからね」
マリナは頭を掻きながら、先走った自分の言葉を誤魔化した。
そうしているうちにチャイムが鳴り、担任教諭の愛澤カヤがやって来て、ホームルームが始まった。
翌週の火曜日から男子争奪戦の本戦が始まる。
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土曜日の授業が終わった後、マリナはレイカを研究所に訪れていた。
「考えたんですけど、オーキス・ジェネレーターを250kW4基にして、オーキス・ブースターを本体と槍の両方に装備したら最強になりませんか?」
マリナが今日、レイカを訪れたのは、男子争奪戦本戦を前に、アーマードギアを強化できないか相談するためだった。
しかし、レイカの返事は芳しくなかった。
「それはちょっと難しいかなぁ」
「どうしてですか?」
「まず、本体はまだいいとして、武器の方は重量バランスが著しく変わることになるよね。出力は上がるけど、それ以上に扱いにくくなるから、結果的に攻撃力は落ちるんじゃないかなぁ」
男子争奪戦が始まるまでの約2ヶ月、マリナはウェポンパックから変形する槍を使い熟せるように練習を重ねて来た。オーキス・リアクターが取り外し式なので、重量バランスの異なる2種類の槍の扱いを習熟するのに2ヶ月をかけた、とも言える。明後日までの2日間で重量バランスの異なる新しい槍の習熟訓練は厳しいだろう。
「確かに、これから新しい武器に慣れるのは無理がありますね……。でも、ギア本体の方は? こっちはできますよね?」
「できなくはないけど、2日じゃ無理ねぇ」
オーキス・ブースターは未だ研究段階であり、試作品はいくつかあるものの、アーマードギアに搭載できるような信頼性の高いものは、現状マリナのギアに搭載された1基しかない。しかも、研究段階であるが故に、使用するオーキス・リアクターとセットで製造する必要がある。
そして量産体制のない今、製造には最低でも1ヶ月、その後の調整に10日はかかる。明後日までにはとても間に合わない。
「結局駄目なんですね……」
「そうねぇ。こういうのは普通、試作して仮運用して少しずつ調整して仕上げていくものだからねぇ。マリナちゃんのアーマードギアは1発で仕上げざるを得なかったから、仕方ないわねぇ」
「最初は、これがベストと思ったんですけどね……」
オーキス・ブースターは、2基のオーキス・リアクターからの入力を増幅する。それならば、規定の半分のリアクターを2基使うのがベストだ、と考えてしまい、時間も厳しかったためにそのまま採用することになった。もう少し時間的余裕があれば、あるいは、『オーキス・ブースターの実用試験ができるっ』と突っ走らずに落ち着いて考えていれば、ブースターを2基搭載する案も出ていたかも知れない。
「まあ、今からできないことを考えても仕方がないよねぇ。それより、できることを考えようか」
「はい、そうですね」
「小さい改造や調整はできるからね。まずは、可動部の強化ね。ウェポンパックの可動箇所が結構多いから、強度を上げるに越したことはないし、ラッチもしっかりしたものに変えないとね。外す時はどうだったかしら? ラッチはすぐに外れた?」
「はい、大丈夫でした。むしろ取り付ける時の方が、確認が一瞬遅れる感じで。チェックを厳重にしているんだと思いますけど」
「なるほどねぇ。実際に着て、確認しましょうか。試験場に行きましょう」
「解りました」
その日はアーマードギアの小さな改良点について事細かに話し合い、翌日曜日には、レイカはほとんど1日掛けてアーマードギアを仕上げた。
マリナも、最後の特訓とばかりに研究所の広い練習場で、最後の特訓を行なった。
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そして火曜日。予選と異なり、初日は朝から争奪戦が始まる。当初の予定では構内の競技場で行われる予定だったが、より広い市営の競技場に変更になった。
本戦はマリコも観戦するということで、マリナは母と一緒に一旦レイカの研究所に行き、研究所の用意したトラックで会場へと向かった。
マリコの他にも、本戦出場を果たした生徒の親の姿があった。みんな、娘が天然精子を入手できるかも知れない状況に、期待しているのかも知れない。
競技場には、井久佐野高校の関係者以外にも観戦に来ている人の姿が見られた。入場料を取って一般の観戦者も募っていたらしい。
マリナはそんなことは知らなかったが、合流したミレイには『え? 知らなかったの?』と驚かれたから、大分前からチケットの販売はされていたようだ。
「ってことは、今度は衆人環視の中で闘うことになるわけ?」
「そういうことだね。緊張して動けないなんてことにはならないようにね」
ミレイは他人事のようにマリナに言った。事実、予選の途中でリタイアしたミレイにとっては、他人事に違いない。
「まあね、これで怖気付いちゃうようじゃ、セイジくんの天然精子を貰うなんて無理だもんね」
マリナは胸元で拳を握ってふんすと力を籠める。
「うん、その意気で頑張って来なよ。応援してるからね」
「ありがとう。頑張るよっ」
マリナはもう一度気合いを入れると、競技場のフィールドに下りて行った。
勝ち残った16人揃っての本戦開会式の後、トーナメント戦が始まる。




