027 豪腕粉砕
事情聴取のお陰で時間を喰ってしまったが、マリナはコンテナルームに戻ってアーマードギアに着替えた。
「遅くなったけれど大丈夫かしら?」
「1戦か2戦はやれると思います。じゃ、行ってきます」
マリナは、レイカともう1人の研究員に挨拶すると、コンテナルームを後にした。
「今日はどこに行こうかな。障害物のない校庭か体育館かな」
バトルロイヤルで丸1日以上、公園で戦闘をしていたので、遮るもののない場所に出たい、と何となく考えたマリナだった。
校庭に出ると、6面のフィールドすべてが埋まっていたものの、フィールドの周りで観戦している人数が少ないように見えた。
マリナが一番手前のフィールドに近付いて、集まっている参加者の情報を読み取ると、2桁前半のポイントを持った生徒がほとんどのようだ。何人かは対戦の予約をしていて、現在フィールドで行われている対戦の終了を待っているらしい。
「あんた、茅吹マリナ?」
「あ、はい」
後ろから声をかけられて振り向くと、赤地に黒い模様の描かれているアーマードギアを装着した生徒がいた。背中の巨大な2本の筒状の装備が目立っている。バトルロイヤルにも参加していた、2年生の西剛コトナだ。
「アタシと勝負してくれない? いや、勝負しろっ」
「ええっと、随分と一方的ですね」
「いいだろ? バトルロイヤルで途中退場したから、不完全燃焼なんだよ」
「はい、いいですよ」
(あたしも対戦相手を探していたところだし)とマリナは、コトナとの対戦を承諾した。
校庭のフィールドでの対戦を予約し、フィールドが空くまでに、マリナはコトナのことを調べた。エリカから聞いた、バトルロイヤル中のことも思い出す。
(確か、エリカとナオコとの戦闘中に、水が切れて退場したって言ってたっけ。あれだけ重そうなものを振り回してたら、そうもなるよね。でも、水切れを狙うのは愚策。同じ轍を踏まないように、小まめに補充してるだろうし。
とすると、あの腕を掻い潜って身体を狙うのがいいかな。でも、対戦映像を見るとそれも難しそうなのよね。うーん)
考えているうちに、校庭のフィールドの1つが空き、マリナはコトナと共に、戦場へと入った。
フィールドが電磁シールドで囲まれ、2人が武器を構えると、審判ドローンが勝負開始の合図を告げる。
「2B8・西剛コトナ対1A6・茅吹マリナ、勝負、開始」
ガギンッ。
ドローンの開始の発声と同時に、コトナは両手の拳を打ち付けた。背中から伸びたアームの先の巨大な金属製の拳も打ち合わされ、大きな音と共に空気が震える。
対するマリナはコトナとは違い、無駄な動きをせずに、槍を構えて突進する。
「はっ!」
「おらっ!」
ガチンッ。
気合いと共に突き出された槍は、コトナの巨大な左手の正拳突きと真っ向勝負。しかし、硬度と勢いで優っていようと、巨大な質量を受け止め切れずにマリナは押し負ける。
マリナは咄嗟に槍を握る手から力を抜き、柄を滑らせて力を逃しつつ、自分自身も急遽後方に跳ぶ。そこへ襲い掛かるコトナの巨大な右拳。
マリナは背中の小出力超伝導スラスターを起動し、やや振り下ろされる巨腕を紙一重で横に避ける。ズドッと拳が地面に突き刺さるが、コトナはすぐに引き抜いてファイティングポーズ。
そこへ、マリナが横に振った槍が襲い来る。それを予期していたコトナは左腕を上げて防御、右腕による反撃を行う。
マリナもその反撃を予想しており、低くした身体で巨腕を掻い潜って、防がれた反動で逆に回転させた槍を長く持ってコトナの胴体目掛けて薙ぐ。
コトナは前に出していた右腕を地面に叩きつけるように動きを変えて、マリナを牽制。胴体への攻撃を諦めたマリナは槍の超伝導スラスターを起動、コトナの横を抜けて後ろへと逃れる。
(やっぱり強いっ。腕のシールドは半端ないし、腕が邪魔で本体に近付けないっ)
近付けはするのだが、攻撃を加えている時間的余裕がない。それでは近付けないのと変わらない。
コトナの後ろを取ったマリナだが、コトナもすぐに振り返って拳を構える。マリナはコトナが振り向き切る前にジャンプ、大きく振りかぶった槍を叩きつけるように斬り下ろす。
「やっ!」
バチチッ。
しかし、当然のようにコトナの腕で防がれる。それでもさらに槍を振ったマリナの身体は、その反動でコトナの後方へと飛んで行く。空中で器用に身体の向きを変え、もう一度槍を振りかぶって振り下ろす。
コトナは振り上げようのしていた右腕の動きをキャンセル、足を前に出すことでマリナの攻撃を躱しつつ振り返る。そのコトナの目に入るレーザーの光。咄嗟に両腕を顔面でクロスして防ぐ。
地面に着地する前に槍からレーザーを放ったマリナは、着地と同時に体勢を低くして右前方へ跳ぶ。
コトナの斜め後ろまで跳んだマリナは、そこで地を蹴りコトナを死角から強襲、槍先がコトナの胴体に迫る。
レーザーの攻撃でマリナを見失っていたコトナだが、回り込むマリナを一瞬視界の端に捉え、左腕を後方に振り回しながら向きを変える。
バチッ。
「きゃっ!」
マリナは咄嗟に攻撃から防御へと行動を変えるも、コトナの巨腕をまともに受けて吹き飛ばされる。
地面にぶつかって跳ね飛ばされたマリナは、空中で体勢を変えて2度目は着地、ザザザッと地面を削って止まる。
そのマリナに影が落ちる。上を見ると右巨腕を構えたコトナが降ってくる。
ドゴォッ。
マリナが跳び退いた次の瞬間、コトナの巨腕が地面に激しく突き刺さり、マリナは風圧で飛ばされる。
飛ばされはしたものの体勢は崩さず、マリナはしっかりと着地する。砂煙で視界が霞む中、マリナは前をじっと見つめる。
確認する余裕のなかったセンサーへ一瞬だけ意識を向けると、前方にオーキス・リアクターの反応がある。コトナは砂煙の中にいる。
それほど時間はかからずに吹き飛ばされた砂塵は地上に舞い降り、視界が晴れてくる。マリナの前には巨大なクレーター。あんな攻撃を喰らったらひとたまりもない。
そのクレーターから、異形のアーマードギアを装着したコトナが上がって来る。
このまま、まともに闘ったら不利だ、とマリナは考えた。
「とんでもない威力ですね」
声を掛けながら、マリナは対応方法を考える。
「パワー特化だからな」
「でも、あたしも負けませんよ。次の突きで決めます。どんなにパワーがあろうと受けるのは無理ですから、怖かったら避けてくださいね」
「ハッタリだろ? そんな攻撃ができるんならさっさと使ってるよな」
「そう思うなら、その自慢の拳で受けたらどうです?」
「はっ。言われなくても」
(よし、乗ってくれた、よね?)
マリナは右手で持った槍を構え、突撃する構え。
対するコトナも、右腕をグルンと回してから、正拳突きの構え。
5メートルほど離れて、2人が対峙する。
何が契機になったのか。お互いにタイミングを計ったように、2人は同時に突撃した。マリナの槍が突き出され、コトナの拳が振り下ろされる。
接触の直前、マリナの槍の穂先が高速で回転した。同時に、ウィングがガシャッと開き、超伝導スラスターが最大出力で稼働する。
腕だけ使うよりもさらに高速で突き出された槍の高速回転する穂先が、コトナの巨大な拳と衝突する。
バギャバギャバギャッ。
電磁シールドを突き破り、槍の鋭い先端が金属の拳に穴を穿たんと火花を散らす。が、それも一瞬のことだった。
ドギャッ。
マリナの槍がコトナの右巨腕を貫き、粉砕した。槍の超伝導スラスターの勢いでマリナも宙に飛び、空中で向きを変えてコトナの後ろに着地する。
「まだやりますか?」
マリナはウィングを閉じた槍を両手で持ち、油断なく構えつつコトナに問う。コトナは片腕になった姿で振り返った。バランスを取りにくいのか、ややふらついている。
「いや、降参するよ。参った」
その言葉を聞いて、マリナは戦闘態勢を解いた。ドローンが2人の間に下りてくる。
「2B8・西剛コトナ対1A6・茅吹マリナ、西剛コトナの降参により、茅吹マリナの勝利。茅吹マリナは158ポイント獲得。現在809ポイント」
「よしっ、勝ったっ」
ドローンの宣言を聞いて、マリナは改めて拳を握り、喜びを表現する。それからコトナに歩み寄った。
「あの、武器を壊しちゃってすみません。明日からの争奪戦、大丈夫ですか?」
「気にすんな。予備はあるから。調整が必要らしいから明日には間に合うか判らないけど、明後日からは大丈夫だよ」
「そうですか。良かったです」
「しっかし、これだけ壊されるとは思わなかったよ。アンタも本戦出場を目指してんだろ?」
「いえ、目指すは優勝です」
堂々と答えたマリナに、コトナはニヤリと笑った。
「アタシだってまだまだ引き下がるつもりはないよ。先頭集団とポイント差はついちゃったけど、まだ巻き返しは可能だからね。次は本戦で勝負よっ」
「望むところです」
マリナも、コトナと似た不敵な笑みを持って応じた。
2人の本線での再戦があるのかどうか、今はまだ判らない。




