026 バトルロイヤルの終了と事情聴取
「あと1時間弱、ってとこかな。ここまで残ってるのはさすがに強い人ばっかりだろうから、あとは隠れてようか」
遊歩道から林に入り、木陰で水分補給をした時に、マリナはリコに言った。
「そうね。それに、わたしはそうでもないけど、マリナは疲れたでしょ?」
リコもゼリー飲料のパックを口から離して、マリナに答えた。
「リコだって結構疲れたんじゃない? ずっと気を張ってたし。センサーのレンジがリコの方が広いから、任せっきりだったし」
「精度はマリナの方が高いじゃない。それに戦闘もメインだったし」
「それだってリコがいいところでサポートしてくれたからだし」
「隠れて撃ってただけだし。何人くらい残ってるのかな」
「さあ。10人くらいかなぁ? 終わらないと判らないけど」
「それももうすぐ判るね。残り1時間、気を抜かずに隠れていよう」
「そうだね」
積極的にほかの参加者を探さずとも、相手に見つかる可能性は否定できない。
マリナとリコは少し林の奥へと移動して、周囲を警戒しながら残り時間を過ごした。
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その後、マリナとリコの警戒には誰も引っかかることなく、バトルロイヤルは終了した。2人と共同戦線を張ったエリカとナオコも、無事に最後まで生き残った。
4人は、撤収のために集まった拠点で、互いの生存を喜び合った。
翌朝、バトルロイヤルの結果が発表された。
生存した参加者は七人。
3D6 神峰ミコト 286 → 1260
3A4 大舘リツコ 146 → 802
1A6 茅吹マリナ 100 → 651
1A13 鷹喰エリカ 82 → 592
2B12 時任ララ 18 → 382
1A10 志津屋リコ 3 → 333
1A11 芹澤ナオコ 2 → 330
「ぇえ……ちょっと計算、おかしくない?」
発表されたポイントを見て、ナオコが唖然とした。少し声が震えているようにも聞こえる。
「そうだよね……元のポイントからしたら……20ポイントいかないくらいのはずじゃない?」
リコも茫然としている。
今回のバトルロイヤル参加者の総ポイント数は4350ポイント。このうち、脱落した参加者のポイント数は3713ポイント。
これを最後まで残った参加者の元のポイント数に応じて按分したら、もともと2~3ポイントしか持っていなかったリコとナオコは、大したポイント数にはならないと思っていた。
「運営側で重み付けを調整したのでしょう。バトルロイヤルを勝ち残ったのに雀の涙ほどしか加点されないのでは、勝ち残った人のモチベーションが落ちるでしょうし、それは男子争奪戦全体のモチベーションにも関わってきますから」
エリカもバトルロイヤルの結果を見ながら言った。彼女もリコやナオコと同じく、想定よりも多くのポイントを得ているが、想定と実際の取得ポイントにそう極端な差異はないためか、冷静に受け止めている。
「だけど2人はこれから大変だね」
「そうなんだよね……」
「それを思うと、ちょっと憂鬱っていうか」
「何か大変なことがありますか?」
マリナの言ったことを当事者の2人は理解しているようだが、エリカにはピンときていないらしい。どんよりと頷くリコとナオコに対して、エリカはキョトンとしている。
そんなエリカに、マリナが説明した。
「リコもナオコも、昨日まではほとんど最下位だったでしょ? なのに、一夜にしてトップランカーに躍り出たわけじゃない。ってことは、一気に高得点を狙う参加者の標的にされるってことだよ」
「それはそうかも知れませんが、対戦には双方の合意が必要ですから、断ればよろしいのでは?」
「そうは言うけど、先輩から強く迫られたら断れないよぉ」
「それで負けるのは仕方ないとして、引っ切り無しに申し込まれたら大変だし」
「かと言って、せっかく高ポイントをもらえたんだから棄権したくはないし」
「でも、今までの対戦成績からすると、いいカモにされそう……」
勝ち残っても、ここまで高得点になるとは思っていなかった2人は、頭を抱えている。けれど、決定はくつがえることはないだろう。
「悩んでも結果は変わりませんから、開き直った方が楽ですよ」
「うーん、そうかもだけど」
「お昼までに覚悟を決めて……決められるかな……」
そこまで話したところでチャイムが鳴り、担任教諭の愛澤カヤが教室に入って来たので、バトルロイヤルの話は一旦そこまでになった。
「……それじゃ、今日も1日、しっかりとやりましょう。
そうそう、茅吹さん、お昼ご飯の後で、アーマードギアを持って職員室に来るように」
「? はい」
朝のホームルームの最後にカヤがマリナを名指しで呼び出した。マリナは首を傾げつつも、素直に頷いた。
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ここ最近の簡単な昼食を済ませたマリナは、駐車場のコンテナルームに行くと着替えをせずにライブギアを展開してアーマードギアのトランクを持った。
「あら? マリナちゃん、どうしたの?」
コンテナルームでモニターの準備をしていたレイカともう1人の研究員が、マリナの行動に疑問を呈した。
「職員室に呼び出されたんです。アーマードギアを持って、来いって」
「そうなの? 何かしらね?」
「何でしょうね?」
「まあいいわ。何かあったら呼び出してね」
「はい」
マリナはアーマードギアを納めたトランクを持って、コンテナルームを出た。
「茅吹さん、来たわね。そっちの会議室で待ってて」
「はい」
マリナはカヤに言われるまま、職員室に併設されている会議室に入った。室内はコの字型にテーブルが配置され、その周りに椅子が並んでいる。他に、テーブルに囲まれた中央にも椅子が1つと作業台のような頑丈そうなテーブルが1つ。
室内をざっと見渡したマリナは、下座に移動してトランクを置き、テーブルの一番隅の椅子に座った。
しばらく待っていると、校長と教頭とルイ、それに数人の教師が入って来た。
「茅吹さん、あなたの席はそこよ」
「……はい」
カヤに、中央の椅子に座るように言われたマリナは、素直に従った。内心では、これから何をされるのだろう?、とドキドキしながら。
マリナが中央の椅子に座ると、正面にいる校長が徐に口を開いた。
「茅吹さん、あなたのアーマードギアは、規約違反をしていますね?」
「はい?」
マリナは首を傾げた。それから校長の言葉を脳内で反芻し、それから男子争奪戦の規約を思い返し、何か違反していただろうか?と考える。
「いえ、違反はしていないはずですけど」
「……一昨日、あなたがかなりの距離を高速飛行している様子が確認されている。1000kW程度の出力では説明できない。大容量のオーキス・キャパシタを複数使えば不可能ではないでしょうが、あなたのアーマードギアにはそれほどのキャパシタはない。ならば、規約で定められた以上の出力のオーキス・リアクターを使っているはず」
説明した教頭の瞳がキラリと光る。
「え、いえ、オーキス・リアクターは500kWの物を2個使ってるので、規約の範囲内に収まってます」
「そんなわけはないでしょう。1000kWであの速度は無理よ」
同席している教師が口を出す。
「いえ、500kWかける2、1000kWで間違いありません」
「それなら、どうしてあれだけの機動ができたというの?」
「それはですね……」
言いかけたマリナは、はっと口を噤む。試作品であるオーキス・ブースターについては、レイカと、と言うより彼女の勤める企業と守秘義務契約を結んだので、ここでペラペラと喋るわけにはいかない。
「どうしました? やはり規約違反をしていたから説明できないのですか?」
口籠もったマリナに校長が声を掛ける。
「いえ、そうではないんですけど、このアーマードギア、試作品なので、守秘義務契約を結んでいるんです。だから、あたしから事細かに説明するわけにはいかなくて」
「なるほどね。そういう生徒は他にもいるでしょうし、試作品となれば企業側としても守秘義務を付けるのは当然ね。それなら、話せる人を呼べるかしら?」
「はい。モニタとメンテのために、あたしのコンテナルームに会社の人が来てます。その人なら。呼びますね」
マリナは腕に嵌めたブレスレット・デバイスでレイカを呼ぼうとした。
「待ちなさい。私が直接呼んで来るから、茅吹さんはそのままで」
「そうですか? でしたら、あたしのコンテナルームにいる究視レイカさんを呼んで来てください。このアーマードギアの開発主任? 主査? とにかく、責任者ですので」
カヤに遮られたマリナは、腕を下げて彼女に伝えた。後は、レイカに任せるしかない。
カヤに連れられて、のたのたと会議室にやって来たレイカは、マリナのアーマードギアの常識を外れた出力について説明した。もちろん、詳細は伏せたまま。マリナにトランクを開けさせ、取り外したオーキス・リアクターの出力も、持ってきた計測機器で測定して見せた。
「確かに、500kWが2個ですね。それにしても、オーキスに・エネルギーを増幅して電力に変換する新しいオーキス・ジェネレーターですか。これが製品化されたら歴史が変わるのでは?」
校長が感心したように言った。他の教師たちも頷いている。
「そうなると思いますけどねぇ、まだまだ試作なんですよ。製品化するには、数年はかかるでしょうね。この男子争奪戦のおかげで、多少は早められるかもしれませんけど。有用なデータが沢山取れましたからね。
あ、さっきも言いましたけど、くれぐれも内密にお願いしますよ。企業秘密なんですから」
「承知しています。ここで聞いたことは決して漏らしたりはしませんし、万一漏れた場合には、ここの全員で甘んじて罰を受けます」
校長はレイカの忠告をしっかりと受け止めた。
実際のところ、レイカがここで晒した程度のことは漏らされても、大して不利益にはならないだろう。『オーキス・エネルギーを大電力に変換する新装置がある』ことしか言っておらず、具体的な構造やオーキス・リアクターが2つ必要なことなどは何も喋っていないのだから。
それでも、少しの情報も漏らされないに越したことはないので、口止めは必要だ。
「茅吹さん、疑って悪かったわ。立場上応援はできないけれど、最後までしっかりやりなさい」
「はい」
校長が謝罪したことで、マリナに対する事情聴取は終わった。
男子争奪戦予選は、後半に入る。




