025 マリナたちの戦闘
双潟ツルギは、公園の森の端をなぞるように移動していた。バトルロイヤル2日目もすでに正午をかなり過ぎ、残存する参加者の数も減ってきている。遭遇率を上げるためには、相手からも発見されるように身を晒した方が効率はいい。
しかしそれは、強敵との接敵の可能性も意味している。数をさらに減らしたいものの、ここまで残っている参加者は強敵だろうから、ツルギとしては自分の得意なフィールド、即ち障害物の多い林や森の中に、相手を引き込みたい。
その結果、ツルギは森の外でありながら、すぐに森へと飛び込める位置を移動していた。
銃を持った両手を下げて歩いていたツルギが、唐突に足を止めて銃を構えた。彼女の視線の先、左に大きくカーブして林の陰に先が隠れている遊歩道、そこから、剣を持った黒い人影が飛び出してくる。
ツルギは構えた銃からレーザーを連射、しかしそれで仕留めるつもりのない低出力のレーザーは、相手が左手に装備した盾ですべて防がれる。
(あの色のギアとあの武装……事前のデータにない……でも、あの剣と盾は、鷹喰エリカさん?)
銃撃を加えつつ襲って来た相手を冷静に観察するツルギ。目の前まで迫ったエリカは、右手に持った剣を裂帛の気合いとともに思い切り横に振るう。
ツルギは左手の銃を上げて装着された刃で剣を受ける。同時に右へと跳び、剣撃で飛ばされたように装って森の中へと逃げ込んだ。
(双潟ツルギ先輩……マリナの情報では障害物に隠れる戦法を得意とするそうですね……これは誘いでしょうけれど、敢えて乗りますっ)
エリカはツルギを追って森の中へと飛び込む。木の陰から発射されるレーザーの光。エリカはそれを躱し、盾で受ける。木々の間に時々見える移動中のツルギを目指し、エリカは木を避けて森の中を走る。
(そこっ)
ツルギの姿が隠れた瞬間、そこに追いついていたエリカは剣を振る。ツルギの隠れた木の幹が一刀の元に切断され、倒れる。しかし、その向こうにツルギの姿はない。
センサーを確認すると、すでにツルギは11時方向へ後退している。
「っ!!」
ツルギを追おうとした瞬間、右方向から強烈なレーザーがエリカを襲った。咄嗟に身を捻って躱したものの、完全には避けきれずに腹部を掠める。電磁シールドが反応するが、完全無力化には至らず、衝撃を受ける。
「くっ!!」
一瞬足を止め、倒れないように踏ん張り、すぐにツルギに向かって跳躍すべく、脚に力を込める。
エリカが動くより前に、前方からレーザーが襲う。それを躱すためにややベクトルを変えてエリカは跳躍、視界の端に動く影を認めて空中で身体の向きを変え、木の幹を蹴って方向を変える。ツルギの動きが速いため、逐一センサーで追ってはいられない。
左前方から飛んでくるレーザー。それを盾で弾くと今度は右前方から。
(マリナから聞いていなければ、誰かと組んでいると思うところですねっ)
レーザーの射線を掻い潜り、左逆袈裟に剣を斬り上げる。
再び倒れる大木。その向こうに、今度はツルギの姿。
「はっ!!」
また間合いを取られる前にと、エリカは突進しつつ剣を振り下ろす。
ギャンッ!!
ビュワッ!!
ツルギは右手の銃の刃でエリカの剣を受け流し、左手の銃口とエリカに向けて引金を絞る。
咄嗟に後方に跳び退き左手を前に出して盾で受けようとしたエリカだったが、間に合わない。
「くぅっ!!」
バチチッ!!
高出力のレーザーがエリカの腹部を襲う。自ら後方に跳んでいたにもかかわらず、レーザーの威力を殺しきれずに、エリカは弾き飛ばされた。
ツルギは今度は間合いを取らず、エリカに追い打ちをかけるべく前に跳ぶ。飛ばされたエリカは倒れこそしなかったが地面に膝をつき、飛び掛かってくるツルギに対して剣と盾を構える。
ツルギは双銃を振り被り、その刃をエリカに向けて振り下ろす。エリカは剣と盾でツルギの攻撃を防ぐ。
武器のリーチはエリカの方があるものの、両手に武器を持ったツルギに手数で負ける。その上、片膝をついた体勢で、攻勢に転じることもできずに防戦一方。
対してツルギは、このままエリカを押し込むべく、より激しく攻撃を重ねる。
その時。
ビュババババババババババッ。
上空から降り注いだレーザーの雨が、ツルギの無防備な背中を襲った。
「きゃっ!」
電磁シールドで多少は防いだものの、背中に衝撃を受けて思わず手が止まり、このままでは不味いとその場を跳び退こうと脚に力を込める。
「逃がしませんっ」
エリカが立ち上がりながら盾を装着した左手で、ツルギの背中と右手の銃を繋ぐケーブルを引っ掴む。それでツルギは体勢を崩すが、ケーブルをパージ、銃を棄てて離脱を図る。
しかし、その首元にエリカは剣を突き付け、さらに上空から飛び降りて来たナオコがレーザーライフルの銃口を背中に押し当てる。
「……降参、するわ」
力なくツルギは宣言すると、運営に脱落を宣言した。それを確認して、エリカとナオコは武器を下ろした。
「お友達が、いた、のね」
「はい。卑怯な手を使って申し訳ありません」
「気にする、ことは、ないよ。ルールの、範囲内の、ことだから」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、少しは気が楽になります」
「そう。二人とも、が、頑張って」
「「はい」」
××××××××××××××××××××××
エリカたちと組んでいるマリナは、別のところで別の参加者と対峙していた。
「ここで会ったが100年目っ、今日こそ叩き潰してくれるっ」
ブォンッ。
マリナに向けて勢い良くメイスを振り回したのは、物里ナグリ。
「昨日会ったばっかりだよねっ」
マリナは後ろに跳んでメイスを避け、すぐに前に飛び込みつつ槍で突く。
「突っ込みながらのツッコミはいらないからっ」
ナグリはメイスで槍を受け流し、槍の柄にメイスを滑らせてマリナに逆撃を仕掛ける。マリナはすぐさま槍を引き、柄でメイスを跳ね上げ、今度は槍を振り下ろす。
ナグリは半歩横に移動してマリナの攻撃を避け、メイスを槍のように突く。マリナは槍の軌道を横に変えてナグリの身体に当て、その反動を使ってメイスの攻撃を横に避ける。
2人はパッと離れて睨み合った。
「お仲間さんはどうしたの?
「さあ? 別の誰かと戦闘中かもね」
マリナの答えを素直に信じるほどナグリも甘くはない。近くに潜んでいるのだろう、と周囲への警戒も怠らない。
(とはいっても、周りを気にしたままこの子の相手をするのは骨よね。結構強いし。お仲間さんはレーザーのはずだから、シールド出力を上げてコイツに集中っ)
素早く方針を決めたナグリは、すぐに行動に移す。メイスを構えてマリナに突進。マリナは動かず迎撃の構え。近付くナグリの腹部を狙って槍を素早く突き出しす。
ナグリは地を蹴って右に跳び、マリナの左方向からメイスを槍のように突く。メイスの先がマリナの左腕が筋肉痛に当たり、バチッと電磁シールドと干渉するが、マリナもナグリの反対に避けたので大したダメージにはならない。
マリナはすぐにナグリに向かい合い、槍を連続して突く。ナグリはメイスでそれを受け流し、前に出ようとするものの、マリナの攻撃に絶え間がなく、反撃に転じる隙を見出せない。メイスと槍のリーチの差が大きい。
(くっそっ。ここは多少のダメージを覚悟してでも近付いて……)
「ぐへっ!!」
ナグリが覚悟を決めようとした途端、後頭部に激しい打撃を受けてつんのめった。マリナが槍を引くとき、穂先を最大に開いてナグリの後頭部を強襲したのだ。
慌てて頭を上げ体勢を整えようとするナグリ。しかしマリナがそれを許すはずもなく、ナグリの頭に槍が振り下ろされる。
ドシャッとナグリが地面に倒れて、動かなくなった。意識を失ったのだろう。状態を確認しようとナグリに近付くマリナ。
が、すぐに地を蹴って後退する。そこへ振り下ろされた斧が、ズガッと地面を抉った。
「潮乃先輩?」
「前に対戦した時の雪辱、晴らさせてもらうわねっ」
潮乃アスミは、斧を振り上げざまにマリナに向かって斬り上げる。マリナは槍の柄で斧を受け、その勢いに任せて後退、アスミから距離を取る。
アスミはマリナの着地点を狙って、斧を袈裟斬りに振り下ろす。マリナが横に跳んで避けるとみるや、斧の超伝導スラスターを起動、勢いを増してマリナに追撃。
マリナも背中の超伝導スラスターを起動して高速回避する。
斧の間合いから離れたマリナはすぐに軌道修正。アスミに向かって跳躍し、超伝導スラスターで加速、槍でアスミを突く。
アスミは斧を振り上げて槍を弾く。弾かれた勢いのまま、マリナは身体を回転、反対側からアスミをブン殴るも、今度は彼女の斧の柄で受け止められる。
激しい攻防の横でナグリが意識を取り戻し、起き上がろうと地面に手をついて頭を上げる。しかし。
「んぐっ」
後ろから首筋に押し当てられた銃口により、再び地に突っ伏すことになった。
「潔く、降参してね。マリナに呆気なく負けたんだから」
リコは、ナグリの首筋に押し当てたレーザーライフルの銃口をグリグリと動かして、彼女にリタイアを促した。
「はぁ、わかったよ。仕方ないなぁ」
ナグリの脱落宣言を確認すると、リコはすぐにその場から離れ、近くの木の陰に身を隠した。自分の武装と実力では、マリナとアスミの戦闘には割り込めない。予定通りに、サポートに専念すべきだろう。
マリナとアスミの攻防は続く。槍と斧の違いはあっても、2人とも似たような武器だ。しかし、以前対戦した時に比べると、マリナがやや押されている。
マリナは、普段は槍に装着しているオーキス・リアクターと超伝導スラスターを、アーマードギア本体に装着している。オーキス・ブースターのお陰でエネルギーの心配はないものの、武器自体の攻撃力低下は否めない。
(これなら、500kWのリアクター1個と250kWのリアクター2個にして貰えば良かったかも。もう遅いけどっ)
槍の出力低下にマリナはやや焦りつつも、アスミの攻撃を凌ぎつつ、隙を見て自分からも攻勢に出る。
槍と斧が火花を散らす。アスミがやや有利の膠着状態が続く中、アスミの後方から放たれた1条のレーザーが、一気に流れを変えた。
バシュッ。
「なっ!?」
突然左肩で反応した電磁シールドに、アスミの意識が一瞬向いた。その一瞬の隙を逃さず、マリナは槍の穂先を鋏に開き、アスミの胴体を拘束、さらに片手で斧の柄を掴む。
「リコっ」
「うんっ」
木の陰から飛び出したリコが、アスミの背部のオーキス・リアクターにレーザー・ライフルの銃口を押し当て、最大出力で3点バースト射撃。それにより、アスミのオーキス・リアクターは沈黙した。
「くっそ、仲間がいることは判ってたのにっ」
マリナが拘束を解くと、アスミは両手を打ち付けて悔しがった。
「すみません、1対1の正々堂々の勝負じゃなくて」
「気にするなって。バトルロイヤルなんだから、共闘も当然の戦略だよ。最後までずっと共闘している奴がいるとは思わなかったけど」
「そう言ってもらえると、助かります」
「終わりまで、あと2、3時間かな? 2人とも、最後まで頑張んなよ」
「「はい」」
日没まであと数時間。長かったバトルロイヤルも、まもなく終わる。




