020 バトルロイヤル2日目開始
「ふぁーう」
拠点近くの木に一体化するつもりで立っているリコは、フェイスプレートの中で欠伸をした。
「はぅ。いけないいけない」
リコはアーマードギアの収納から清涼菓子錠剤を取り出して口に含む。シュワッとした感触が口の中に広がって、何となく頭が冴えた気がする。
目立たないように、と言う意味では座っていてもいいのだが、見張りを交代してしばらくそうしていたら眠りそうになってしまったので、今は木に紛れるようにして立っている。
ピッ。
センサーが反応してリコの網膜にその情報が映される。リコは努めて落ち着いて、レーザーライフルを両手でしっかりと持ち、いつでも構えてトリガーを引けるように心構えをする。
木々の間を縫うように人影がやって来る。息を殺して窺っていたリコは、やって来た人物が確認できる距離になったところで、力を抜いた。
「マリナ、お帰り。どうだった?」
近付いて来た人影は、夜襲に出ていたマリナだった。アタッカーが無事に帰って来たことで、安堵の表情を浮かべている。
「ただいま。4人は倒した、と思う。エリカも言ってたけど、オーキス・リアクターを複数持ってたら脱落したかどうか判らないけどね」
答えたマリナは、ゼリー飲料を飲んで喉を潤した。
「どうする? もう2人、起こしちゃう?」
「時間まで待とうよ。あと20分くらいだし。それより、2人が起きる前に御手洗い行っちゃう」
「あ、その後わたしも」
マリナとリコは交代で、拠点から見えなくならない程度に離れた場所に穴を掘り、用を足した。
まもなく夜が明ける。残り13時間強。バトルロイヤルも後半戦に入る。
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午前5時を過ぎ、エリカとナオコも起床し、用を済ませると、朝食を摂りながら作戦会議を行う。
「バトルロイヤル、生き残った者が勝ち、だからね、正々堂々とかいざ尋常に、なんてのは放っぽって、とにかく生き残る、生き残れるように敵の数を減らす、この基本方針を忘れないでね」
マリナの言葉に、3人も頷く。
「とは言っても、敵の数を減らすためには闇討ちだけでは効率が悪いから、格下と思える相手は積極的に取りに行く。ただし、何度も言うけど、くれぐれも命大事に」
つまりは、今日もまともに正面戦闘を行うのは格下と判断した相手のみ、最後まで生き残れるように狡く立ち回って、最終的にポイントをゲット、という作戦だ。
褒められた作戦とは言えないかも知れないが、バトルロイヤルという形式を取っている以上、有効な作戦ではあるだろう。
朝食と共に行動計画を話し合うと、各自オーキス・リアクターに精製水を満充填する。長距離を高速飛行するという常識外れの行動を取った割にあまり水を使っていないマリナも、念の為に補充する。何があるか判らないので、用心に越したことはない。
ただし、マリナは予備の精製水を持たない。余計なものは持たないに限る。
「マリナ、予備の水がないと夕方まで保たないのではありませんか?」
「平気平気。あたしのリアクター、高効率だから」
エリカの疑問にマリナは適当に答えた。
実のところはオーキス・リアクターではなくオーキス・ブースターのお陰なのだが、レイカと交わした守秘義務がある以上、それを話すわけにはいかない。
エリカもマリナの答えで納得したのか、それ以上は追及しなかった。レイカの見立てでは、エリカのアーマードギアにも試作装備があるようなので、彼女も守秘義務契約を結んでいるのかも知れない。
準備が整うと、昨日と同じくマリナとリコ、エリカとナオコの組に別れて行動を開始する。
男子争奪戦が始まって1週間で、上位に入る参加者、いや、上位に入れない参加者に共通点が見えて来ている。銃を装備し、遠距離攻撃に特化した参加者は対戦で負け越している者が多いのだ。
炸薬の使用が禁止されているため、装備する銃は殆どがレーザーなのだが、それは電磁シールドにほぼ防がれてしまう。エネルギー出力を上げればシールドを破れるものの、相手もシールドの出力を上げればそれも叶わない。
そのため、一部の例外はあるものの、銃による遠距離攻撃に頼った参加者の取得ポイントは、低く偏っている。
リコとナオコもレーザーライフルを武器としていて、現時点での取得ポイントも1桁しかない。ならば、生き残るためにはマリナやエリカといった近接戦闘装備の参加者と組んでサポートに回るべきだろう。
エリカ&ナオコ組と別れて、リコと共にマリナが最初に向かったのは、昨夜の迷彩柄のテントだ。
テントは昨日の場所にそのままあった。まだ夜が明けるかどうかという時間帯、まだ眠っているのだろうか、気配はしない。けれど、リコのセンサーが熱源を捉えた。ただし場所は、テントの外だ。公園の内側へと向かっている。テントの主は起きたばかりのようだ。
マリナのセンサーは何も捉えていないことから、オーキス・リアクターの出力は絞られているようだ。戦闘中でもないので、それは当然だが。
リコを見ると、彼女も同じ考えらしく、フェイスプレート越しに頷いた。
2人はセンサーの示す方向へ歩く。熱源センサーに反応するほどに近くにいたので、目標はすぐに見つかった。
「やるよ。援護よろしく」
「解ってる」
リコは近場の木の陰に隠れて援護の準備。
マリナは目標に後ろからそっと近付く。5メートルほどまで近付いたところで、足に力を込めて地面を蹴り、構えた槍を相手に向けて突き出す。
槍先があと1メートル、というところで相手がさっと振り返り、紙一重でマリナの槍を避ける。
「くっ」
マリナは地面に踏ん張って突き出した槍を横に薙ぐ。しかし相手はその場所から跳び退いて攻撃を避けた。
「あんたっ、もしかして昨夜のっ!?」
マリナの槍を避けた相手は、マリナの槍と同じくらいの長さの棍を両手で持って構える。
「さあっ、どうかなっ」
言いながら、マリナは身体の向きを変えて槍を突き出す。相手は棍で槍を逸らすも、マリナは連続で槍を突く。相手はひたすら棍で槍先を逸らし、マリナの攻撃を捌く。しばらく、激しい攻防が続く。
(なんか、ヤバいっ)
一見すると、マリナが一方的に攻撃し、相手は防戦一方。いつかはマリナの槍が相手を捉えるかのように見える。けれど、マリナは危機感を覚えた。
攻撃を重ねれば重ねるほどに、棍で捌く頻度が減っている。相手のアーマードギアに当たっているわけでもなく、電磁シールドで防がれているわけでもない。身を躱し、紙一重で避けられている。
(あっちの方が実力は上!? このままじゃヤバいよっ)
内心で焦りつつも、繰り返し攻撃を繰り出すマリナ。攻撃を続けながら、次の一手を考える。
しかし、少し遅かった。
「はっ」
「ふぐっ」
マリナの攻撃は決して緩んではいなかった。むしろ、最初よりも幾分鋭くなっていた。しかし、相手はそれよりも早く、マリナの攻撃に慣れていた。
マリナの攻撃を、棍を使わず躱した一瞬、一歩踏み込んで勢い良く棍を突き出す。突き出された棍は電磁シールドで勢いを削がれたものの、その攻撃を完全には相殺できずに、マリナの鳩尾を強打する。
マリナは後ろに吹き飛ばされたものの、転ばずに両足で地面を掴んだ。ズザザッと土が抉れる。電磁シールドがなければ、仰向けに倒れていただう。それとも後ろの立木に背中を打ち付けていたか。
ダメージを負いながらも、マリナは槍を構える。
「ここで止めとく?」
「冗談。倒すよ。相方と同じに」
「ふん、返り討ち、いや、仇討ちよ」
そして再び地を蹴って、開いた間合いを一気に縮めるマリナ。相手は棍を構えるも、初手からマリナの槍を躱す。先程と同じような攻防が始まる。しかしマリナは、次の一手を考えていた。
攻撃を再開してから数手目、マリナは槍先を左右に開く。
「ぐはっ」
マリナの攻撃を紙一重で躱していた相手は、横に広がった鋏の刃を避けること叶わず、腹部でギザギザの刃を受けた。
マリナが受けた棍の攻撃よりも勢いはなかったものの、電磁シールドで防ぎきることはできずに、1歩2歩と後退る。
すかさずマリナは追撃。鋏を閉じ、しかし完全には閉じずに先を開いたまま、2本の刃で相手に迫る。
先のダメージでやや速度が落ちた相手は、マリナの攻撃を完全には躱し切れずに棍で逸らす。何度目かの攻撃で、マリナの鋏が棍を掴んだ。
「あっ」
「もらったよっ」
グリンッとマリナは槍を回転させる。棍が相手の手から離れて宙を舞う。マリナは槍の中ほどを持ち、そこを支点にして回転させ、石突で顔を強襲。相手が仰け反ったところを、今度は槍で頭の上からぶん殴る。
ドザッ。
地面に突っ伏した相手が起き上がる前に、マリナは彼女の上に馬乗りになり、鋏で首を地面に縫い付ける。
「チェックメイト。リタイアしてくれますよね?」
マリナは言った。これで諦めてくれないとオーキス・リアクターの壊さなくちゃ、と思いつつ相手の返事を待つが、応えはない。
「あ、あれ? もしもーし。あれ? もしかして、意識失っちゃった?」
マリナは恐る恐る立ち上がり、槍を抜いて倒れたままの相手の様子を観察した。槍の石突でツンツンと突ついてみる。反応はない。
「マリナ……生きてる?」
リコが、隠れていた場所から出てきた。
「うん、大丈夫。フェイスプレートに息が当たってるから」
相手の顔の前に屈み込んだマリナが言った。
「割と余裕だったじゃない。合図もなかったし」
「そうでもないよ。思ってたよりも強かったから。もうちょっと楽に勝てると思ったんだけどな」
リコに答えつつ、マリナは運営に連絡して、医療ロボットを要請した。
「よし、じゃ次に行こうか」
「そうだね」
太陽の光が辺りを明るく染めてゆく中、2人は次の獲物を探して歩き出した。




