018 狙撃手撃破、そして友情深まる
「は? 避けられた??」
公園の西の端に近い丘の上、立ち並ぶ大木の一本の枝に乗った副崎ネリイは自分の目を疑い、思わず声を上げた。
1射ごとに登る木を変えて射点をずらしているので、偶然避けられることはあっても意識的に避けられるとは思いもしなかった。
何しろ、使用している武器は長砲身のレールガン、撃った弾丸は音速の4倍から5倍もの速度で飛翔する。見て避けられるはずがない。
しかし、目標が意図的に避けた証拠に、目標はすぐさま空中に飛び上がり、まっすぐにネリイに向かって飛んで来る。進路上の、運営が飛ばしているドローンも躊躇うことなく破壊して。
向かって来る参加者に対して、ネリイはもう一発レールガンを発射するも、それも躱された。明らかに避けている。
突如、公園の森の中から空を飛ぶ参加者に向かってレーザーの射線が伸びた。レーザー機関砲らしく、連射されるが、飛翔体は進路を変えることなくまっすぐに飛行する。レーザーの射線はその速度に追い付くことが出来ず、2秒と掛からずに諦めたらしく、射線は消えた。
「不味いね。逃げよう」
そう決めたネリイはすぐに木の枝から飛び降りた。
ドシャッ。
地面に降りたネリイの目の前1メートルほど離れた地面に、槍が突き刺さった。身体が一瞬硬直したものの、すぐに槍の飛んで来たと思われる方向に顔を向けつつ、その場から跳び退こうと足に力を込める。
そこへマリナが空中から飛び込んで来た。
「やっ!」
「うげっ」
マリナの拳がネリイのフェイスプレートを殴り付ける。しかし回避行動を取りかけていたネリイはレールガンを放り出して後ろに跳び、ダメージを抑える。
マリナは武器を回収するため、すぐに自分の投げた槍に跳び付く。ネリイがそれを黙って見ているわけもなく、腰に付けた2丁のレーザーガンを持ち、マリナに向けて引金を引く。
マリナは、さっきまで超伝導スラスターに使っていたエネルギーを電磁シールドに回し、レーザーを真っ向から受けて防ぎつつ、槍の柄をしっかり握って地面から引き抜いた。
間髪を入れずにネリイへと足を踏み込み、槍を横に振るう。頭に向けて振られた槍を、ネリイはしゃがんで躱しつつ、両手の銃をマリナに向けて引金を引く。
マリナは大出力の電磁シールドでハンドガンタイプのレーザーなど物ともせず、ネリイに向かって槍を高速で突き出す。
(ちょっと何っ!? この子のシールドどうなってんのっ!? 高速であれだけの距離を飛んできたら、水切れてるでしょっ!!)
内心悪態を吐きつつ、ネリイはマリナの槍の攻撃を避ける。しかし完全には避け切れず、銃で受け流してもいる。このままでは分が悪い。
(遠距離タイプの割に、素早いよっ)
マリナもマリナで、攻め切れずにいた。オーキス・ブースターのお陰で、シールドで完全にネリイの攻撃を防げるものの、レーザーが自分に向かって飛んで来ると、やはり腰が引けてしまう。もう陽が落ちかける時間ということもあって、早目に倒さないと逃げられる可能性がある。明日の戦闘中に遠方から狙撃されるという可能性を潰すために、この参加者にはここで退場してもらいたい。
ネリイの両手の銃から時間差を付けて、レーザーが発射される。その直後、2丁の銃本体が飛んできた。
(っ!?)
レーザーとは違う、質量のある攻撃に、マリナは反射的に槍で銃を弾き飛ばす。その間にネリイはマリナとの距離を取り、背中に装着されたライフルタイプの大型のレーザーガンを取り出して構える。
(へっ!?)
その大きさに、マリナは目を向いた。ライフルというよりバズーカ言った方が良さそうな巨大な銃口。銃から発する微かな唸り音を、マリナのセンサーが捉える。
(オーキス・キャパシタにエネルギーを充填してる!?)
ネリイはマリナに銃口を向けたまま、再開したマリナの槍による攻撃を避け続ける。その間も銃からの唸りは大きくなり、マリナは焦る。
(どんだけ溜めるのっ!? あんなに溜められたら、シールドで防げるか判んないっ!!)
オーキス・リアクターの出力を上げることも考えたが、マリナの間合いという至近距離での大出力レーザー攻撃を電磁シールドで受けたとして、完全に無効化できるか不安がある。それよりはネリイの準備が整う前に致命傷を与えた方がいい、とマリナは攻撃を続行。
ネリイはいつ引金を引いてもいいようにマリナに銃口を向けたまま、ひたすら避ける。本当なら林の中に逃げ込んだ方がマリナの攻撃を阻害できるのだが、避けにくくなるので敢えて逃げ込まない。
そして、大容量オーキス・リアクターへの充填が終わると同時に引金を1段階だけ引く。オーキス・ジェネレーターがオーキス・エネルギーを電力に変換してゆく。
逃げ回るネリイが、足を止めた。その機を逃さず、マリナがネリイの腹部を狙って勢い良く槍を突き出す。
その瞬間、ネリイは引金をいっぱいまで引き、大出力レーザーをぶっ放した。が、その瞬間、眼前からマリナの姿が消える。
「えっ!?」
ネリイが引金を引く直前、マリナは背中の超伝導スラスターを一瞬だけ起動した。その一瞬の起動でマリナの身体は宙に浮き、ネリイに向けて突進していたこともあって彼女を斜めに飛び越えることになった。
空中で蜻蛉を切ってネリイの後ろに着地すると同時に槍の穂先を鋏のように開き、それでネリイの首を後ろから挟んだ。電磁シールドが反応してバチバチっと音を立てるものの、鋏はネリイの首をしっかりと掴む。
ネリイの発射した極太レーザーが、大気に拡散されて消えてゆく。
「リタイアしないと、撃ちますよ」
マリナはそう言ったものの、さすがにこの距離でのレーザーは脳を破壊してしまう可能性があるので、脅しだった。(諦めてくれなかったらどうしよう)と、内心冷や汗ものだ。
「はぁ、参ったわね。正直、さっきの攻撃で水も切れたのよね。ここは素直にリタイアするわよ」
ネリイは言って、予備バッテリーを使い、すぐに大会本部に通信する。それを確認して、マリナはネリイの首を解放した。
「はぁ、負けたかぁ。私は3Aの副崎ネリイ。あなたは?」
「1Aの茅吹マリナです」
「茅吹。確か1年生で最高ポイント保持者だったわね」
「ありがとうございます。副崎先輩の名前もお聞きしてますよ」
「躓いちゃったけどね。私を負かしたんだから、最後まで残りなさいよ」
「もちろん、そのつもりです」
マリナは邪気のない表情で微笑むと、ネリイに別れを告げた。
西の空では、太陽がまさに地平線へと沈んでいくところだ。
「もう拠点に戻らないと。リコとも合流しないといけないし」
マリナは網膜に公園の地図を投影し、ほかの参加者に見つからないよう立ち並ぶ木々に隠れるようにして拠点へと急いだ。
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「マリナ、お帰り~。良かった、無事だったのね。心配したよ~」
「ただいま。心配させてごめん。でも、おかげで狙撃手の先輩は倒せたよ。リコも無事に帰って来れてて、良かった」
「隠れながら逃げてきただけだからね」
「それでも良かったよ。鷹喰さんたちは?」
「今、中でごはん食べてる。わたしは見張り」
「じゃ、2人が終わるまであたしも一緒に見張りやるよ」
マリナは拠点に入ることなく見張りについた。
少しして、簡素な夕食を終えたエリカとナオコと交代した。穴を掘ってシートを天井にしただけの簡素なな拠点だから、お世辞にも居心地がいいとは言えない。一晩過ごすだけだから、と割り切っているから我慢できる、というレベルだ。
その粗末な仮住まいの中で、トランクで持ってきた固形栄養食とゼリー飲料の夕食を摂る。
「明日のお昼まではこの食事か。侘しいね」
リコが口を動かしながら言った。
「これも日本の心だよ。侘び寂びって奴」
「いや侘しいってそういうことじゃないから」
惚けたマリナに、リコがすかさず突っ込む。中学時代はそこそこ仲がいい程度の間柄だったが、行動を数時間共にしただけで、距離がかなり縮まっていた。
質素な夕食を済ませると外に出て、見張りをしていた2人も一緒に夜の予定を話す。
夜は、2人ずつ交代で5時間ずつ睡眠をとる。前半の2人は19時に就寝し、後半の2人は5時に起床する計画だ。睡眠時間が少し短いが、1日だけなのでなんとかなるだろう、と彼女たちは考えている。
そもそも、今は6月の半ば。日の入りは遅く、日の出は早い。5時といえば、もう明るくなりかけているだろう。参加者の中には、“狩り”を始めている者がいてもおかしくない時間だ。
2人が休んでいる間、起きている2人は見張りに立つが、エリカが1つ、提案をした。
「夜の間に他の方に夜襲をかけませんか?」
「夜襲?」
「はい。見張りを、前半はナオコ、後半は志津屋さんに任せて、わたくしと茅吹さんが休んでいる参加者を探してオーキス・リアクターを破壊するんです」
「万一見つかったら即離脱、ってことだよね」
「はい。ナオコと志津屋さんの武器では隠密行動での攻撃に向きませんが、わたくしと茅吹さんなら可能でしょう」
レーザーライフルを武器にしているナオコとリコには難しいが、剣を武器とするエリカと槍を武器とするマリナなら、闇討ちも可能だ。バトルロイヤルに合わせて、アーマードギアの色も暗色に変えているので、余計にやりやすい。
「うん、やろう。見張りは1人になって大変かも知れないけど」
「大丈夫。何かあったら寝てる2人を起こせばいいんだし」
「むしろ夜の公園に出てく方が大変だよ。返り討ちされないでよ」
「ええ。安全第一で行動しますわ」
これで、マリナとエリカの2人による夜襲が決まった。深夜でもリタイヤする参加者が出そうだ。
「それより、2人はいつから名前で呼ぶようになったの?」
「そういえば、バトルロイヤルか始まった時は名字呼びだったよね?」
リコが首を傾げ、マリナも少し前にエリカがナオコを名前呼びしていたことを思い出した。
「さきほど、2人で行動している時、からですね」
「なんとなく、話の流れでね」
エリカとナオコは、顔を見合わせて笑った。
「いっそのこと、私たち4人、名前呼びしようよ」
「そうだよね。あたしたち今日から“戦友”なんだから」
「戦友。確かにそうですわね」
「そうだね。マリナ、リコ、改めてよろしくっ」
バトルロイヤルを通して、少女たちの友情が深まったようだ。




