十五話 この先生キノコる
俺は研究室で、細切れになって計量機に乗せられたワイバーンの肉片を前に首を傾げていた。
基本的にこの世界で「物理的に有り得ない事」が起きたらそれは魔法の仕業だと考えて良い。解体して重量を測り直したら倍以上の重さになったのも超常現象だから、魔法の仕業に違いないんだが、ワイバーンの魔力密度は1.6~1.8mp程度で、魔法を使うには足りない。従ってこの重量軽減を起こしているのは俺達の定義での「魔法」ではない。
悩んでいると研究室の扉が開いてロザリーが入ってきた。両腕に金網と木炭と火鉢のバーベキューセットを抱えている。なに持ってきてんのお前。
「ワイバーンの肉が食べれると聞いて」
「喰うな」
まあ言われてみれば確かに味を調べるもの調査の一種だから食べてもいいんだが、まだまだ食べる前に調べる事が山積みだ。
「えー。どんな味か楽しみにしてたんですけど。魔質って食べれるんですか?」
「いや、ワイバーンの肉に未知の魔質は含まれていないと見てる。喰うなよ」
生命活動をしている間だけ効果を発現するような、重量軽減を行う魔質がワイバーンの体内に含まれているというのも考えにくい。多くの生物の中でもワイバーンのみが特異的に保有するある種の分子化合物が1.6mp以下の魔力密度で魔化する性質を持っている、という理屈も通らない事はないんだが。化合物の魔化密度に1.6mpのものが存在するなら、他の化合物も2.0mp以下のものが多数存在している方が自然だ。16.0mpまでの魔力密度で魔化を行おうとした時、化合物で魔化するのはワイバーン固有の分子化合物一種類だけというのは不自然過ぎる。
「魔法でも魔質でもないんですか。なら法術ですねー。法術かかってる肉って美味しいんですかねー」
「え?」
「え?」
「いや法術はノーライフの専売特許……じゃ、ない? ……ああ、法術ね。法術。美味しいんじゃないか?」
ロザリーの言葉で俺に電撃走る。なるほど法術ね。うむ。
「ですよねー。この赤味のとこなんて霜降りですよ霜降り。ひきしまってて歯ごたえありそうです」
「やっぱ500gぐらいなら食べていいぞ。モモ肉だけな」
「まじですかっ」
閃きの手助けをした褒美に許可を出すと、ロザリーはいそいそと焼肉の用意を始めた。
ロザリーは魔法でも魔質でもないなら法術じゃね? と短絡的に考えたようだが、その短絡的な考えで合っている可能性が高い。
法術は精霊の分離、もしくは生物がノーライフになる時に肉体に固着してできるものだという認識だった。ワイバーンは分裂しないし、ノーライフでもないから法術の可能性は除外していたが、改めてよくよくワイバーンの生態を思い返してみれば法術の可能性も充分有り得そうだ。
ワイバーンは乾季の前にキノコを食べ、乾季の間の一ヶ月間眠り続ける。普段肉しか食べないワイバーンがこの時だけキノコを食べ、普段夜の間しか眠らないワイバーンがこの時だけ一ヶ月間眠り続ける。この一ヶ月間の睡眠が睡眠ではなく、仮死だったとしたら?
死亡→蘇生で法術がかかるなら、仮死→覚醒で法術がかかってもおかしくはない。第一法術がかかる具体的な条件はまだ明らかになっていないのだから、仮死によって法術がかかる可能性も否定できない。
まずはワイバーンが法術を持っているかどうかの確認だ。今回解剖したワイバーンは既に死亡から半日以上経っているから法術が既に散逸してしまっている可能性も高い。新しい生きた個体のサンプルが必要だ。
「ロバさんの顔が輝いてらっしゃるー。はふっはふっ」
「閃いたからな。そういうお前は微妙な顔してるが」
ロザリーは金串に刺したこんがり焼けた肉汁したたるワイバーンモモ肉をもっさもっさと頬張り、いっぱしの美食家のように評価を下す。
「味が薄くて淡白。無駄に歯ごたえがあるだけで噛み難い。あんまり美味しくないですねー。不味くもないですけど」
「老竜の肉だからかもな。次は成竜狩ってくるから食べ比べてみるといい」
「乱獲!」
「ちげーよ馬鹿。あと二頭で終わりだよ」
ワイバーンの総個体数は二千頭。三頭でも0.15%だ。あまり狩りまくって生態系を壊すわけにもいかん。
再び無警戒に睡眠中のワイバーンを攫い、グブレイシアンとメタトロンで解析にかけると、案の定体に法術が定着している事が判明した。ダークマター比はゾンビと同じNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=2:2:3:2:3:2:3:3。ただし肉体の体積に対する法術の量(ダークマター量)は最大でゾンビの約十七倍にも及んだ。
法術は全身に満遍なく定着していて、なんかこう、重力に反発する特殊な臓器があるとか、角で法術を制御しているとか、そういう事は無いようだ。生きているワイバーンから魔力操作で魔力を根こそぎ奪うと一時的に法術の効果が切れて重くなり、しばらく時間が経過すると法術の効果が復活して軽くなったので、法術は生命活動によって維持されているというよりはむしろ形質魔力によって維持されているらしい。生物が死ぬと保有していた形質魔力は拡散するから、結果的に形質魔力によって維持されていた法術の効果も切れる。
ワイバーンの法術が「最大」ゾンビの十七倍、というのは、時期によって法術の量が変化するからだ。
乾季の直後は190kgのワイバーンも、一年経つ頃には300kg近くになる。これは単に体重が増えたのではなく法術の量が減っていくからである(※)。
ノーライフは時間が経過しても法術の量に変化は無いが、ワイバーンは法術の量が変化する。これは生物か死体かの違いだ。
法術は肉体に固着しており、生命活動を行わないノーライフには代謝が無いから、肉体に固着した法術も変化しない。しかしワイバーンは生物であり、代謝がある。肉体を構成する物質が代謝によって入れ替わると共に、肉体を構成する物質に固着した法術は体外に排出され、体内の法術量は減っていく。そして代謝によって減った法術量は乾季の間の仮死によって再構築・リセットされ、再び軽くなる。
ワイバーンに法術云々の理屈が分かっているとは思えないが、法術の減少に適応した暮らしはしている。
まず、乾季明けに最も精力的に活動し、獲物を多く狩る。乾季明けは最も体重が軽くなる時期だ。狩りに消耗するエネルギーも少なくて済む。道理である。逆に乾季が近づくにつれて狩りの頻度は下がっていく。
次に低温の環境で暮らしているという事。ワイバーンは変温動物であるから、低温化ではエネルギー消費を抑えられるし、同時に代謝も抑えられる。代謝を抑えられれば法術の減少を緩やかにする事ができ、体重が軽い期間を引き延ばす事ができる。
実に上手くできている。というか上手く重量軽減法術に適応した個体が生き残り、こういう生活になるように進化していったのだろう。
炎を吐くわけでもない。天候を操るわけでもない。人語を解するわけでもない。しかし地味ではあるが確かに魔法現象に適応した進化を遂げたワイバーン。俺はどの世界でも変わらない、生命の雄大な営みを感じた。
ワイバーンの体重軽減法術は仮死によって構築されている。最初はそういう生態なのかと思ったのだが、引っかかる所があった。
ワイバーンは肉食で、肉しか狩ってこない。一年間の観察で植物を食べているのは確認できなかったし、解剖したワイバーンの胃や腸の中にも植物は見当たらなかった。腸は短く、牙は鋭く、肉食動物である事が分かる。
ところが乾季の直前に限って巣に生えている紫色の斑点のキノコを食べている。乾季の直前以外は見向きもしないのに、だ。怪しい。非常に怪しい。
ワイバーンの巣には必ずこのキノコがあり、乾季の直前には必ずこのキノコを食べる。試しに乾季に入る前に一つの巣にあるキノコを全て奪い去ってみた所、その巣をねぐらにしているワイバーン達は困惑した様子でキノコを探し回り、最後には別の巣に入れてもらい、キノコを食べ、その巣の中でぎゅうぎゅう詰めになって仮死状態に入った。
そして、巣から攫ったワイバーンは本来なら仮死状態になっているはずの時期になっても仮死状態にはならなかった。餌を与えても食べようとしないので衰弱はしていたが、確かに意識はあり、反応は示していた。
つまりワイバーンはキノコを食べる事によって仮死状態になっているのである。
このキノコをゾンビやアンデッドに食べさせても特にどうともならなかったが、通常の動物に食べさせたらすぐに昏睡状態になり、そのまま起きずに死亡した。摂取量を減らせば数日で起きたので、普通の薬品と同じように体重によって適切な摂取量が違うらしい。
で、摂取量を減らした個体が起きたのはいいんだが、起きた個体は魔力覚醒し、重量軽減法術を発動させていた。ワイバーン専用法術じゃなかったのかよ!
生まれたてでキノコを食べていない幼竜の鼻先でウィスプでチョロチョロしても明らかにこちらを認識している反応をするから、ワイバーンの魔力覚醒は自前の特質なのだろうが、キノコの仮死による法術は全ての生物に共通だった。動物実験では全ての生物で仮死から目覚めた後に重量軽減法術の構築を確認。人間でも確認された。
重量軽減法術がかかった人間は体重が約19/47になってバランス感覚がおかしくなり、最初は転びまくっていたが数日で慣れ、十メートルの高さを軽々と! とまではいかないが通常の二倍強の跳躍力を発揮していた。重量は変わっても筋力は変わっていないため、運動能力の全体的な向上が見られた。
そして重量軽減法術がかかった人間をゾンビ化すると、不死法術も普通にかかった。体重19/47というメリットが追加されただけのゾンビができた、という事だ。法術は重ねがけできるらしい。ぱねぇ。今までの研究結果を統合すれば、ゾンビに「体温あり」「魔法使用可」「体重19/47」という三つものオプションをつける事ができてしまう。まあ真ん中のは素質依存だが。
この研究結果を知って悔しがったのはエルマーだった。ヴァンパイアは既に死んでおり、仮死状態になれず、後付けで体重19/47を付与する事はできない。根っからの剣士のエルマーは体重19/47なら更に剣術や体術の幅が広がったのに、と嘆いていた。
が、ゾンビワイバーンと竜装備セットをプレゼントしたらすぐに機嫌を直した。
俺が散々前世のファンタジー小説やゲームについて吹き込んだせいか、エルマーはちょっとファンタジー的ロマンへのこだわりが強い。刀好きで、魔法は使いたがらないが見るのは大好きで、時々「秋沙雨!」と叫びながら刺突を連打しているし、この前超究武神覇斬の練習してるのも見た。
そこへワイバーンの鱗で作ったドラゴンメイルに、角を研いで造ったドラゴンブレイドだ。ワイバーンの鱗は充分実用性に耐えられる頑丈さがあるし、角は金属並に硬く強く、しかも軽い。エルマーは大喜びで、「俺より強い奴に会いに行く!」とかなんとか言いながらゾンビワイバーンに乗ってヌラァフ大陸に飛んでいった。竜騎士気取りらしい。いや気取りじゃないな。竜騎士だ。正確には竜剣士。
人間が乗るとワイバーンの飛行速度は落ちるが、元々の最大速度が150km/hもあるので普通に飛べる。ただし風圧がかなりあるので伏せる必要があるし、ゾンビワイバーンでなければ人間を乗せるのを拒否する。まーゾンビワイバーンなら言う事聞くし、体力無限で半永久的に飛び続けられるから無問題だ。
俺は生物を仮死状態にするワンダフルなキノコをドキド・キノコと命名し、エルマーがヌラァフの武人と鍔迫り合いをしているのを尻目に更なるヌラァフ大陸の探索に励んだ。まったく新大陸は最高だぜ!
※
血液の採取や鱗を一枚失敬するなど、ワイバーンを殺さない方法で肉体の一部を取り、そこに含まれる法術の量を計測し、体全体の法術量を算出している。
キノコの名前はドラクエを参考にして「マタンゴ」にしようと思ったけど、元ネタと思われる映画「マタンゴ」の概要を調べてみたら思いのほかグロかったのでやめた。




