十四話 竜の巣だ!
フビッタ人は昔は果物や香辛料や穀物を栽培したり、舟を出して近海で漁をしたりしていたらしいが、ヌラァフ達は食事をしないため畑は放置されて森に消え、舟も朽ちていた。勿論隠れ住んでいるザクゥ達が派手な目印となる畑や舟を造るはずもなく、ヌラァフ大陸の農林畜産はほとんど廃れていると言っていい。
それなら仕方ない、勝手に探索するかと思ったのだが、ヌラァフ達はヌラァフ大陸の産物の所有権を主張した。ヌラァフ大陸にあるものは俺達のモンだと。勝手に持って行くな、勝手に調べ回るなと。探索や採取をしたけりゃ相応のモンを寄越せと。
まあそりゃそうだ。同じノーライフの誼でけっこうフレンドリーだが、締める所は締めに来る。今までほとんど管理しておらずほったらかしだったとはいえ、主張できるなら主張しておいて損はない。俺も別にヌラァフ大陸を占拠して丸ごといただこうなんて考えてないから、ヌラァフの主張は受け入れた。別に無茶な要求でもないからさ。
そういった資源の所有権の帰属や、領土領海の線引き、国交に関しての取り決めを十日ほどかけて行い、これを『不死者条約』として締結した。不死者条約は主に以下の内容からなる。
・ヌラァフはノーライフ(ロバート、もしくはロバートの支配下にある不死者)の許可なくマホウ大陸に侵入しない。
・ノーライフはヌラァフの許可なくヌラァフ大陸に侵入しない。
・ヌラァフ大陸に存在するあらゆる資源の所有権はヌラァフに帰属する。
・マホウ大陸からヌラァフ大陸に人間が渡来してきたら、ヌラァフは魔王・精霊のマッチポンプに話を合わせ、問答無用で追い返すか、殺害しなければならない。殺害した場合は復活させてはならない。
・ノーライフはノーライフが所有する娯楽を目的とした遊具・図書をヌラァフに全て開示しなければならない。
・他大陸で犯罪を犯した場合、犯罪を犯した者は他大陸の法に則って裁かれる。
・関税自主権は双方に認められる。
・領土、領海、領空は(省略)という基準に基づいて決定される。
本当は揚げ足を取ったり意味を拡大解釈したりできないようにもっと詳しく細かい書き方をしてあるが、要約すればこんな感じだ。
マッチポンプの口裏合わせは娯楽を対価に案外あっさり合意に至った。俺達にとってマッチポンプは重要だが、ヌラァフにとってはどーでもいい事だし、ヌラァフにとって娯楽は重要だが、俺達にとっては出し惜しみするほどのものでもない。
すぐバレるマッチポンプを無理に主張するよりは、白状した上で話を合わせてもらった方が良い。精霊システムどう? って聞いたら魔法があるからいいって断られたってのもあるんだが。当面はヌラァフ達の魔術や科学の発展具合に気をつけていればいいだろう。しかし早々追いつけるとは思えないし、ヌラァフ達は魔術の発展にさほど興味が無いようなので正直心配していない。
ザクゥ迫害禁止も条約に入れようかと思ったが、別にそこまでしてやる義理も無いので入れないでおいた。興味の矛先を逸らしただけで充分だろう。後は勝手にザクゥとヌラァフで条約締結なり交渉なりなんなりすればいい。さりげなくヌラァフ大陸の全てはヌラァフに帰属する事になっているから色々大変だろうが……いやこれあんまりさりげなくないな。割とあからさまだ。まずザクゥは自分達の土地や体の権利をヌラァフに認めさせる所から始まるわけか……苦労しそうだな。ヌラァフが認めたら俺も認めるとしようかね。
疑問に思った事がある。
フビッタ=ヌラァフを生む事となった暴君は、なんらかの形で魔力覚醒をしたはずである。一体どうやって魔力覚醒したのだろうか?
ヌラァフ大陸の魔法使いは暴君以外皆ノーライフであり、大元は暴君に辿りつく。暴君一人だけが魔力覚醒し、そこからクリエイト・ゾンビによって広がって行ったのだ。だからヌラァフが魔力覚醒しているのはいいんだが、暴君の魔力覚醒原因が分からん。未知の秘薬薬草だろうか? マンドラゴラやムスクマロイがこの大陸のどこかにも生えているのか? それとも俺の想像もつかないような儀式を発見したのか?
当時暴君の側近だったというヌラァフに暴君が魔法を使い始めた前後で何か変わった事が無かったか聞いてみた所、はじめて魔法を使った一ヶ月ほど前にオロス山へ行っていた事が分かった。
オロス山とはヌラァフ大陸の中心に聳える円錐形の山である。ちょっと険しい富士山を想像すれば大体あっているだろう。赤道近くではあるが、標高が高いため山頂はうっすらと白い冠を被っている。
オロス山の麓に広がる広大な樹海と、山から流れ出た大小さまざまな川が合流し、くぼ地に溜まってできた巨大なラクス湖。そこで取れる魚や野生の果実や獣の肉、皮、骨なども魅力的だが、何と言ってもオロス山の支配者が一際異彩を放っている。
ワイバーンである。
空飛ぶ爬虫類。ファンタジーの象徴。深緑色の頑強な鱗に覆われた体、鋭い爪と牙、屈強な顎、空を翔る雄大な翼、力の象徴である角。フビッタ語ではスルペェティと言うのだが、俺は断じてワイバーンと呼ぶ。ワイバーンといったらワイバーンだ。もしくは飛竜。
ワイバーンはオロス山に巣食っている空飛ぶでっかいトカゲであり、ヌラァフ大陸の支配層ではフビッタ=ヌラァフの斜め真下につけている。ただの図体がでかいだけのフライングニュートなら魔法を使えば良い的なんだが、恐ろしい事にワイバーンは種族全体が魔力覚醒している。死んでノーライフになっている訳ではない。魔力覚醒しているのが通常状態の生物なのだ。流石ワイバーン。ファンタジーといったらドラゴン、ドラゴンといったら強いの法則を見事に満たしてくれやがる。
幸いにして魔力密度が低く魔法は使えないようだが、魔力が見えるというのは大きい。ヌラァフが魔力を伸ばすとワイバーンはそれを避け、近づこうとしない。警戒心が高いのだ。図体の割に飛行速度も機動力も高く、距離を空けて魔法を撃っても回避される。更に高高度を飛行し、狩りの時は急降下からの滑空で頭の角に獲物を串刺しにしてそのまま飛び去るという方法を取るため、こちらから近づいたり待ち伏せたりするのも難しく、罠にかけるのもほぼ無理。巣はオロス山の中腹から山頂にかけての崖にできた洞窟にあり、そこに侵入するのも並大抵の事ではない。
接触が難しく、狩猟はそれ以上に難しいワイバーンの角は古来から富と権力の象徴として使われている。キャリグが槍代わりに持っていた王笏もワイバーンの角できているらしい。
で、暴君はそんなワイバーンが群れをなしているオロス山に行き、その一ヶ月後に魔法を使い始めた、と。
怪しいというか、どう考えてもワイバーン関係で何かあったでファイナルアンサーだよなあ。
という事でフビッタ=ヌラァフ=マフウを一人監視役兼案内役として同伴してワイバーンの調査に出かける事にした。
フビッタ=ヌラァフは魔法が使える使えないでマフウとノンに区別されている。使えるのがマフウで、使えないのがノン。今回俺に同伴するのはティロ=フビッタ=ヌラァフ=マフウというフビッタ=ヌラァフ=マフウの女性で、生物学の方面に深い知識と才能を持つヌラァフだ。外見は単なるちっさい四十代のおばさんだが、魔法だけでなく近接戦闘も一通りこなす。
俺とティロは樹海からオロス山へノンストップで向かった。道中樹海の植生やヌラァフ大陸の動植物について教えてもらう。一年を通して温暖で雨量も多いヌラァフ大陸は森林面積が多く、平原は少ししかない。ワイバーンはその平原に住む中型動物を主に狩っているらしい。
情報の対価として生物の進化論について話したが、ティロはなかなか信じようとしなかった。まあ魚が進化して陸に上がりましたー、なんて信じる方が難しいもんな。俺が逆の立場でも信じない。しかし具体的に実在する生物を例示して話した所、最終的には半信半疑程度には信じるようになったようだった。
樹海を抜け、オロス山に入り、山道すら無い山をひたすら上へ上へと登っていく。
有体ノーライフは呼吸をしないので、高山病の心配が無く、体温も無いので凍死の心配もない。
余談だが最近判明したところによるとノーライフは体温が無いというか正確には体温が一定らしい。死亡して数時間で体温が外気温まで下がり、その下がった体温が復活時に固定され維持された結果ノーライフの体はひんやりと冷たくなるのだ。その証拠に蘇生までの数時間の間外気温を三十六度に保っておいたら人肌ゾンビになった。これで一層人間の中に紛れ込み易くなったわけだ。不負腐フふ……
体温が一定に保たれるとは言え数百度の炎に晒されれば普通に焼けるし、魔法で零下百度ぐらいに冷やせば凍るから、温度維持にも限度はあるのだが、大概の気温には適応できる。オロス山の気温程度なら心配は要らない。
オロス山の中腹あたりまでくると、木々も疎らになり、殺風景な小岩が転がるだけの景色になってきた。
「このあたりからがワイバ……スルペェティの縄張りですね」
「もうワイバーンで良いんじゃないか?」
「ロバートさんがワイバーンワイバーン言うから……断じてワイバーンです。あ、違ったスルペェティです」
ティロを洗脳しながらも周囲の索敵は怠らない。
調査はまずはワイバーンを発見する所からだ。そこから巣の位置、食性、行動範囲、繁殖形態などを探っていく。警戒心の強いワイバーンに見つかると逃げられるか攻撃されるかで調査にならないので、見つからないように慎重に行動する必要がある。ワイバーンは魔力が見えるからウィスプで堂々と探るわけにもいかない。数年のスパンでの調査になるだろう。
俺達は岩の中を転移魔法でくり貫いて簡易的な観測基地を作り、その中に隠れ、ワイバーンの姿が見えるのを待った。
「平原があるのは大陸の南、ラクス湖周辺ですから、ワイバーンは北にはほとんど来ません。南だけ見張っていればいいよ思いますよ5二金」
「影も形も無いぞ3六歩」
「乾季ですからね。ワイバーンもこの時期は大人しく……もとい、スルペェティもこの時期は大人しくなります4四銀」
「乾季は一ヶ月だったか? その間暇だな6六銀」
「いえ、もう大分経ちましたからあと四、五日ぐらいのはずです………………角成り」
「7三桂馬。はい王手ー」
「ぐはっ」
片手間に将棋でティロをボコりながら空にワイバーンの影を探す。六日ほどは何も見つけられなかったが、七日目の朝に山から南、湖の方向へ飛んでいく巨大な生物を発見した。ワイバーンである。俺はその姿を遠目に見て驚いた。
「でっけえなおい!」
「そうですねえ。ヌラァフ大陸では最大級の生き物ですから」
ティロは同意したが、俺はそういう意味で言ったんじゃない。いやそういう意味もあるんだが本質はそこじゃない。
通常、鳥に限らず空を飛ぶモノはいかにして体を軽くするかという問題に付きまとわれる。鳥人間コンテストの機体は最低限の頑丈さを確保した上でできるだけ軽量化が図られるし、飛行機には軽い金属が使われるし、鳥類は体の中をスカスカにして小さな力で飛べるようにしている。筋肉質でガチムチの鳥なんていやしないのである。
ところが南へ飛び去ったワイバーンは、どう贔屓目に見ても胸の筋肉が盛り上がり、後ろ足は太く、ガッチリした体格だった。でっかい、というのは翼に対して体が大きすぎるという意味だ。はっきり見えたのは数秒だったから断言はできないが。力学的にはでっかい生物になるほど体に対して大きな翼と速い飛行速度が必要になるはずなんだが……細かい計算式は覚えてないから分からんが、あんな体格で飛べるものなのか? いや現に飛んでるけどさあ。
首を捻りながら観察を続けると、午前だけで十数頭のワイバーンが同じ方向から来て南へ飛び去っていった。俺達は夜まで待ち、ワイバーンが来た方向へ移動を開始する。朝になったら隠れ、またワイバーンが来る方向を確認し、夜になったらまた移動。ワイバーンに発見されないように細心の注意を払って移動したため、巣を発見するまでに二週間もかかった。
さて、竜の巣だ。
ワイバーンは中腹から山頂にかけての切り立った崖に空いた複数の洞穴を巣として利用していた。入り口に対して洞穴内部は広く、木の枝や骨、食べ残しが積もっている。食べ残しは気温が低いためかあまり腐っていなかった。洞穴の壁面は細く鋭利なもので削った跡が大量に見られる事から、ワイバーンが角を使って拡張したのだと思われる。
家族意識が強いのか、一つの洞穴につき大きさも様々な六~十体ほどのワイバーンがいた。洞穴の内部調査はワイバーン達が寝静まる深夜に行ったのだが、ワイバーンは身を寄せ合ってぐっすり寝ていた。なるほど、巣の位置がこの高さでこの入り口なら侵入者を警戒する必要もないだろう。調査も楽だ。
巣の中はかなり寒く、温度計を転送してきて測った所、気温は8℃前後しかなかった。爬虫類のくせしてこんな寒いとこで暮らしやがって……変温動物ならもっと暖かい所に巣を作れよと思う。しかし変温動物が気温の低い場所にいれば代謝が少なく済み、巨体を維持するエネルギーを減らす事ができるから、合理的ではある。ファンタジーに登場するドラゴンがよく高い山に住んでいるのはそういう背景もあるのかも知れない。考えすぎだろうが。
俺達は丸一年の間ワイバーンの生態を観察した。
ワイバーンは卵生で、一腹で一、二個の卵を産む。形と色は鶏の卵のようで、バスケットボールよりも二回りほど大きい。卵は一ヶ月ほどで孵化し、しわくちゃの幼竜が生まれる。幼竜は親竜にせっせと餌を運んでもらい、どんどん食べてどんどん成長する。流石に一年で成竜と同じ大きさにはならなかったが、軽く三倍ぐらいにはなっていた。食べているのは主に羊で、たまに馬、熊、イルカなど。大抵頭に生えた角にぶっ刺して運んでくるが、爪で掴んでくる時もある。
子育てをしていないワイバーンはあまり狩りに出ず、週に一度ほどふらりと飛び立って適当に獲物を狩ってくる。巨体の割に燃費がいい。基本的に肉食だが植物を食べられないわけでもないらしく、乾季の前には巣の中のキノコを食べ、乾季が空けるまで丸一ヶ月眠りにつく。
ワイバーン同士の意思疎通は低い唸り声で行われる。喧嘩はほとんどせず、長く鋭い角は狩りにのみ使われるようだ。怪我をした個体に自分が狩ってきた獲物の肉を分ける場面も見られた。
ざっと調べた所、確認できた限りではオロス山のワイバーンの総個体数は二千前後。雌と雄が半々だ。雄の角は純白で太く、雌は乳白色で細めの短めだからよく見れば分かる。
俺達は二千体もいれば一体ぐらい大丈夫だろう、と判断し、見るからに老いてよぼよぼのワイバーンを一頭、睡眠中に魔法で拉致して詳しく調べた。
ワイバーンの体は腹以外深緑色の鱗で覆われている。ゴツゴツした突起がある厳めしい顔の頭頂からは鋭い角が生えている。50cm程度の尾があり、こちらは先端部分に鱗がない。後脚はがっしりしていて爪も鋭い。全体的に筋肉質で、ハンマーで殴ったぐらいではビクともしない頑強さを誇る。翼には細かい羽毛が生えていた。
そんなワイバーンは全長3.6m、翼長7m。
そして体重190kg。
……絶対おかしい。
この全長と体格と頑丈さなら確実に400kgはいっているはずだ。鳥類並に体がスカスカだったとしても250kgはいっていないとおかしい。それが190kg。生物として有り得んぞ。
どういう体の構造してるんだと殺して解剖してみても特に妙な器官や構造は見られなかった。角が頭蓋骨から伸びているのが分かった程度だ。
そして解剖したワイバーンの重量を部位ごとに測ってみたら合計470kgだった。
増えてる。増えてるよ。一体何が起きた。
中途半端ですが分割。ワイバーンの重量変化の原因が分かった方には20cpを進呈。
オロスはギリシャ語で「山」の意ですが、ギリシャ語は関係ないです。作者が名前考えるのをサボっただけ。




