二話 ほのおのいし
法暦33年の夏の事だった。いつものようにノームで畑を耕すのを手伝ったり、サラマンダーでゾンビをローストしたり、ウンディーネで水をあやつって畑にシャワーを浴びせたり、シルフで情報通信しながら堂々と帝国の機密を盗聴したりと八面六臂の活躍をしていた俺。魔王城に大量にある実験室の一室で俺の内の一体、ウィスプで俺は単独でダイヤモンドカッター用にダイヤモンドを複製しようとしたんだが、何故か魔力で触れた途端にダイヤモンドが黒く変色した。
「うおっ!?」
思わず叫び声を上げ、反射的に手を離して仰け反る。
なんだ。なんだなんだ。なんだこれ。なにがどうしてどうなった。複製用なのでカッティングも何も無い、大雑把な楕円形のダイヤモンド、の、はずなんだが、魔力で触った部分が真っ黒になっている。しかも何やらチロチロと薄い赤色の……炎? っぽいものがその黒ずんだ部分を這い回っている。
火か? 石炭になって燃えてるのか? なんで? 俺何もしてないぞ。何もしてないのに変になった。あ、いや正確には俺の形質魔力で触ったな。触ったら変色した。え、俺がやったのかこれ。見れば確かに触った部分だけが光沢のある艶々した石のような材質に変化していて、それ以外の部分は普通に透明感のあるダイヤモンドのままだ。
……ふむ。
とりあえずよく観察してみようともう一度手でダイヤモンド? を触ろうとしたら、触ったダイヤモンド部分がサッと黒く変色した。しかも今度は注意していたから分かったが、触った部分の俺の形質魔力が消失、というかむしろダイヤモンドに吸収? されている。
おおおおおお? おおお。
なんだこれちょっと面白い。俺、集合。魔王城に居た俺を十体ほど問題の事件が起きている実験室に集結させる。
べたべたべたっと触ってみると触った部分の魔力は全てダイヤモンドに吸収されて、ダイヤモンドは一面真っ黒になった。しかし吸収っぽい事をしている割に黒くなったダイヤモンドから魔力は感じられていない。拡散していれば周囲に魔力が漂うはずだが、そうはなっていないので吸収だと思うんだけども。ぬーん。
表面が黒一色になって赤いゆらめく火のようなものを纏っているダイヤモンドを、魔力では直接触れないので金鎚を魔法で操り叩き割ってみる。普通に割れた。
ありゃ、中はダイヤモンドのままなのか。黒くなったのは表面だけ。でもこれ破片に触ると破片の表面全部真っ黒になるわ。触った部分だけ真っ黒になるって事か。
ダイヤモンドには実は魔力を吸収して黒くなる性質が……いやいやねーよ。今まで普通に複製できてたんだから。なぜ今日に限ってこうなったんだ? 湿度とか温度とか? 違うな、今日は別に特別暑かったり寒かったり湿気たりはしていない。他に普段と、これまでと変わった事と言えば……強いて言えば魔力密度?
俺の魔力密度はほんの少しずつ上がり続けているから、前回ダイヤモンドを複製した時よりは魔力密度は上がっている。とは言っても魔力密度が0.01程度上がったところでだからどうしたっていうね。
苦笑いしながら魔力を希釈して密度を落としてダイヤモンドに触ってみたら今度は変色しなかった。まじで。正解かよ。
何度か試してみたが魔力を少しでも薄めると変色せず、今可能な最大魔力密度……密度19.2の魔力で触ると変色する事が分かった。魔王城の控え室でトランプやってたゾンビを数人連れてきてダイヤモンドに魔力で触れさせてみても変化せず、純魔力を魔力圧縮して密度19.2にすると変色する。密度が19.2なら形質魔力でも純魔力でも関係無いらしい。
あと変化に必要な密度と量は別計算らしい。密度19.2の魔力が1立法メートルあっても、ダイヤモンドは1立法メートルどころか1立法ミリメートルも変色しない。俺一体丸ごとの魔力をダイヤモンドに突っ込んでも変色部分が増えたようには見えなかった。表面しか変色しないなんて事はないだろうし、多分魔力量が少なすぎて表層で全て吸収・変色されているのだろう。密度19.2で成人男性分の体積の魔力といえば結構な量になると思うんだけどなあ……いっちょどれぐらいの魔力があれば全部変色できるかやってみるか? ダイヤモンドの変色と魔力吸収は同時に起こっているのだから、黒い部分が魔力を吸収しているというよりはダイヤモンドが魔力を吸収して黒くなっているのだろうし、延々と魔力を吸収し続けるなんてこたあない、はず。
はいじゃーやってみましょうか。とりあえず実験室にいる俺十体を、新しく用意した120カラットのダイヤモンドに投入。全員吸収された。はい次俺百体。やったか!?
だめだった。全員吸収された。ふふん、実験は数だぜダイヤモンド。次、俺千体。オラオラオラア! いくらダイヤモンドでもこの数は吸収しきれまい!
だめだった。全員吸収された。ちぃ、やりやがる。もう俺本気出すわ。次、必殺俺一万体! これだけの俺を吸収できるものなんて存在する訳がない!
だめだった。全員吸収された。凹むわ。
……結局完全にダイヤモンドが魔力を吸収しなくなるまで、つまり中まで全て黒く変化するまでに消費した俺の数は56892体だった。56893体目の俺はようやく魔力を吸収しなくなり、真っ黒になったダイヤモンドを見下ろして凄まじい精神的疲労感に襲われた。魔王城にいるウィスプどころか大陸に散らしてるウィスプまで結構な数を召集してようやくだよ。
もう……なんかもう……なんなの一体……俺五万体以上の魔力を吸収するって相当アレだぞ、やばいぞ。たかだか120カラット、24gのダイヤモンドに全俺の十二分の一が吸収されるってどういう事だよ。何が起きた。
吸収実験と平行して水晶とかルビーとか別の宝石にも魔力密度19.2で吸収されないかなと試してみたが吸収も変色もしなかったし、これはダイヤモンドだけの現象らしい。まああんまりそこら中に高密度魔力を吸収する物質が転がってても困るから助かるっちゃ助かるんだが。
さて、大量の俺をイケニエにして変色し終えたダイヤモンドだが、火っぽいものが表面を這い回っている状態からロウソクの火程度の高さに火を燃やしている、ような状態に変化していた。俺を吸収するたびにほんの少しずつ火っぽいものは大きくなっていたので、黒いものが多いほど火っぽいものは大きくなると思われる。紙を炙ってみても燃えるどころか熱くもならず、水の中に突っ込んでも火のようなものは消えず燃え(?)続けているので火とは違うナニカなのだろう。これだけの魔力を吸収して出てきた火が……
ハッ!? 待てよ、56892体分の魔力を吸収したって事は、この黒ダイヤモドキの中に56892体分の魔力が入っているという事だ。黒くなっても体積は変わっていないから、握りこぶしよりちっさいこの黒ダイヤモンドの中の魔力量は俺一体の56892倍! こええ。
そんなトンデモ魔力量、というか密度があるにしては全く威圧感どころか魔力すら感じないから、何かしら俺が知っているのとは違う形態で魔力が保存されているんだろうが、俺一体の56892倍がこの中にある事には違いない。そしてこれだけの魔力が凝縮されて入っているなら、魔力の重さを出せるかも知れん。
少量では質量が全く計測できない魔力でも、これだけ凝縮されていればあるいは。幸い複製魔法のおかげで黒ダイヤモドキになる前と全く同じ重量のダイヤモンドがあるから、それと重量を比べて何グラム増えているか計測すれば俺一体あたり、引いては体積あたりに密度××の魔力の重量は○○で、という基準が作れる。
俺は研究室に常備されている天秤と分銅を用意し、片側にダイヤモンドを、もう一方に黒ダイヤモドキを置く。
すると天秤はカターン! と勢い良く「ダイヤモンド側」が下に下がった。
「えええええええええええ!?」
かっる! 重くなったと思ったら軽くなってたぜ。え、魔力って質量マイナスなのか? そんな馬鹿な。
意味不明だったが軽くなっているもんは仕方ない。そもそも密度19.2で黒く変色した時点でわけわからんのだ。今更質量が減ったぐらいで……いやけっこう大事だが……騒ぐのも馬鹿らしい。燃焼っぽい事が俺が気付かないような形で進行して体積はそのままに原子が飛んでってたのかも知れん。
傾いた天秤に分銅を乗せていくと、12g分乗せたと所で釣り合いが取れた。おおう、質量半減してる。どこへ消えた12g。
天秤から降ろし、鉄製のナイフを当てて削ろうとしてみる。お、削れた。硬度はかなり下がってるな。次、ハンマーで割ってみる……普通に割れた。強度も高くは無い。
硬度の低下といい、質量の減少といい、色の変化といい正体不明の火っぽい何かといいこれはどこからどう見てもダイヤモンドじゃないな。何か別の呼称が必要だ。黒ダイヤモドキはちょっと安直過ぎる。
そーだなあ……火っぽいものを出し続ける魔法に関係する物質でなんかあったかな……オリハルコンとかミスリルって感じじゃないんだよな。んー……グブレイシアンでいいか。マイナーもいいとこな名称だけど。
これからダイヤモンドを密度19.2の魔力で変質させた物質の名前はグブレイシアンって事で。
なんか新しく発見した物質に命名するっていいな。ロバートだからロバーティウムとかロバータイトとかにしても……いや無いわ。恥ずかしい。ロバーティウムって言うたびに俺の名前を呼ばれるようなもんじゃねえか。ロバータイトは無し。グブレイシアンで。グブレイシアンで。
この話の時点でどんな法則でダイヤモンドが変質したのか分かった人には100cpを進呈
二話のまとめ:
・ダイヤモンドは魔力密度19.2の魔力を吸収して黒い石(命名グブレイシアン)に変化する
・新分野解放待機状態になった。【魔法→魔術→???】




