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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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二十八話 食の楽しみ

 俺は六十万体を越えた所で分裂をやめた。これ以上俺が増えてもやる事なくなりそうだから。

 六十万の内十万しか動かさなければ、俺は五十万人分の退屈を味わう事になる。使わない分は消せばいいが、消すと分かっていて分裂する馬鹿はない。分裂も楽じゃない。けっこう気を使う。難易度としては四ヶ月間左手を握り続けるようなものだろうか? 疲労せず、睡眠の必要が無いとは言えやらずに済むならやりたくない。

 六十万の内実際に役に立つ事をしている個体の数は二万ぐらいだ。精霊が三千、魔法研究が百、魔王城待機が三百、運輸が百、大陸の測量が三千、魔法使用係は三千を三隊に分けてローテーション、近海の海図作成が四千、etc。残り五十八万はしりとりやったり妄想を膨らませてみたり複数体で変形して集まってウィスプハウスを作ってみたり、しょーもない事をやって時間を潰している。何かあった時に個体数が足りないと困るから、真正面から大陸の生物全てを敵に回して戦っても完勝できるぐらいの数は常に確保しておく。

 六十万以上に増殖する事も可能ではあるが、前述したようにやる事がないし、六十万で足りないような事態に陥ったら正直一億いても一兆いてもどうしようもない気がする。六十万で対応できないって相当な事だろ。ちょっと想像がつかないぐらいだ。

 それで六十万を維持する事になった訳だが、なんかもうね、経験値が鰻上り。

 例えば感謝の突き一万回を一日でこなすには普通莫大な時間がかかるが、俺の場合一個体一回で六十万回。感謝の突き一億回でもできてしまう。エルマーが編み出した剣術を習った時もそうだ。十万体ほど動員して一斉に訓練したら一時間でマスターできた。

 熟練度上昇率が約六十万倍という恐怖。うはwwwwwテラチートwwww俺の時代キタコレwwww

 なんつって調子に乗ってるとまた足元すくわれそうだから慎重にいこう。

 ………………

 ………………

 ちぃ、ここまでつらつら考えても二秒しか時間潰せないか。他の暇つぶしをしよう。おーいロザリー、トランプやろうぜー。















 衣食足りて礼節を知る。人間の三大欲求は性欲食欲睡眠欲である。両方に共通するのは食べる事って大切だね、という事だ。

 俺が六十万体いてもどうしようもないものの一つ、食の探求。里の食事情は地道に向上している。

「ふむ」

 里の食品加工所という名の長屋の一室で、ノームは土の手で壷の蓋を開けた。中にはデロデロした黒いナニカが入っている。あ、なんか白い斑点があると思ったらカビ生えてるわ。こりゃ駄目だ。

「百七番アウトー」

「はい、百七番ばってんですね。百八番も駄目です」

 俺と一緒に部屋にズラリと並んだ踝ほどの高さの壷のチェックをしていたラキがメモを取りながら言った。

 この部屋の壷に入っているのは調味料……味噌と醤油の試作だ。壷は二百十ほどあるが、既に百近く食べれたもんじゃないという判定が出ている。

 里が存在する東の森で採れる食材は王国に流通していたものとは異なり、更に里人に料理に腕がある者が存在しなかったため、一時期里の料理は本当に投げやりなものだった。丸焼きとか、焼いて塩をまぶすとか、ぶった切って湯に突っ込むとか。精霊システムが稼動し、外の国の料理レシピやノウハウを盗む事ができるようになってからかなり向上したが、それでもまだまだ改良の余地はある。

 俺は自分が食べる訳じゃあないが新しい調味料の作成に手を出していた。酢やソースの種類は多かったが醤油と味噌、マヨネーズはなかったからそれを作っている。

 が、さっぱり上手くいかない。

 醤油も味噌も大豆と塩を原料としているのは分かっている。しかしこの世界に大豆は存在しない。味が似ていたり、形が似ていたり、色が似ていたり、大きさが似ていたりするものはあるが、成分が同じだという確証は持てないし、そもそも前世で大豆をマジマジと見る事なんて無かったから、大豆と全く同一の豆があっても俺には分からん。名前違うし。

 更に製法も分からん。大豆と塩をどうすればいい? 豆は荒く砕くのか、細かく砕くのか、塩と豆の分量はどれぐらいか、温度はどの程度に保てばいいのか、どれぐらい発酵させればいいのか、空気は入れるのか入れないのか、塩と大豆以外に何を入れるのか、それとも入れないのか、発酵に使う容器は陶器がいいのか木がいいのか、諸々覚えていない。前世のじーちゃんの実家で戦時中自家製醤油と味噌を作っていたって話を聞いた事があるから、庶民に手が出ないような原料と製法だって事はないはずなんだが。

 考えても分からないから片端から試すしかない。とにかく豆に分量に熟成期間にその他色々、思いつく限りの組み合わせを試していっている。魔法で発酵を促進する事はできないから(正確にはできているのかも知れないが目立つ変化がない)、何年も時間をかけて発酵させて経過観察をする事になっていた。手に入る豆の量に限りがあるから少量ずつしか試せないのもじれったい。

「百二十番、匂いはアレですけど食べれます」

「材料は?」

「えー、と、ブンガロバッサと、」

「おい馬鹿誰だ痺れ薬入れた奴。人間が喰えねーだろうが」

 壷のラベルを見て読み上げたラキに突っ込みを入れる。多分ロザリーだな。確認とろう。……ロザリーだった。てへっ☆ じゃねーから。かわいくねーから。

 たまに食べれる醤油モドキや味噌モドキができてもこんな感じで実用に値しない。妙にアルコール臭かったり、毒性が出ていたり、異様に臭かったり、キノコが生えていたり、美味しいけど食べると腹を下したり。哀しくなる。今は豆と塩を無駄にしかしていない。

 そう考えると調味料の作成って贅沢な道楽だと思う。そのまま使えば食べられる豆と塩をわざわざ食べられなくしているんだから。保存食なら塩漬けと干物で間に合ってるし、保存の利く調味料を作る必要性は全く無い。

 壷のチェックを終えた俺とラキは、隣の部屋、ワイナリーに入る。ずらりと部屋一杯に並ぶ木の樽が壮観だ。

 ワインの製法はこっちの世界で手に入れたので分かっている。問題は材料だ。

 ワインの原料は里の内部にぶどう畑を作り、それを使っている。王国から種を持ってきて育てたぶどうなのだが、東の森の土と王国の土では地質が違い、気候も違うため、貧相で味の悪いぶどうしかできていない。それを原料にして作られたワインもなんだかなーという出来だ。そういえば前世でそのまま食べるぶどうとワイン用のぶどうは別種だと聞いた事があるような無いような。この世界では区別されてないんだけどなあ……まあなんにしても地道に品種改良していくしかない。百年ぐらいかかるか? 気楽にいこう。

 食品加工所で他に作成しているのはマヨネーズ、豆乳、酢、はんぺん、竹輪だ。昨年まで湯葉も作っていたが不評だったので生産中止になっている。日本酒は米を手に入れるのが面倒だったので作っていない。ワインがあれば十分だろ。前世で飲酒可能な年齢になる前に死んだから特に日本酒に恋しさは感じない。東の森は寒さが厳し過ぎて米育たないしさ。あ、あと生産しているわけではないが連合国からバレない程度に横流しした各種香辛料も保管している。

 マヨネーズの材料は卵黄、酢、油だと記憶していて、その通りに割合を変えながら混ぜてみたらすぐに成功した。現代知識も捨てたモンじゃない。油の原料になったものの風味が強く出てしまうが許容範囲。卵の入手量が限られているため大量生産はできないが、里では砂糖と双璧を誇るほど人気が高く、引っ張りだこになっている。マヨネーズすげえ。

 豆乳はそのままだと飲み心地が悪いので砂糖を少しいれて飲まれている。年寄りと子供に人気の飲料だ。

 はんぺんと竹輪は……本来の物とは違うのかも知れん。魚のすり身を使っているのは確かだが、正直はんぺんなのかかまぼこなのかよく分からん。かまぼこは半月形というイメージがあるのではんぺんと呼んでいる。魚のすり身だけだとボロボロと崩れ易いので卵の白身を少量使っているのだが邪道だろうか。

 色々調味料や食材を作っているが、里の食文化の発展は何も俺任せでもない。

 砂糖人参の葉と屑肉を使ったハンバーグのような何かや、粘性の高いイモを潰して野菜と一緒に練って塩茹でした団子など、里の郷土料理のようなものが確立し始めている。井戸端会議では料理のレシピの話題が盛んに交換され、俺やシルフィアが何か言ったわけでもないのにおすそ分けの文化も広まっていた。良い料理はすぐに広まり、更に改良され、それがまた広がる。食の探求は止まらない。里は精霊の補助があり、最低限餓える心配がないので、里人達もただ腹を満たすためだけに食べるのでなく、美味しく食べる事にも興味を示す余裕が持てる。良い流れだ。

 余談だが、シルフィアは里に来た最初は美食に凝っていたが最近はそうでもない。ヴァンパイアは食べた物を吐き出さなければ胃の中で腐って酷い匂いがするから(更に時々胃を洗浄しなければならない)、最近では専ら紅茶に砂糖を少しいれてたまに飲むだけ。それならばあまり酷い匂いはしないし、簡単に吐ける。吐いてまで甘い物を食べたいという欲求も消えてはいないらしいが、どうもエルマーが遠まわしに嫌がっているのを伝えたらしい。まあ確かに絶世の美女の嘔吐シーンとか誰得だ。勿論シルフィアも隠れて吐いてるんだけど。

 吐いてまで食べるというとフランス王朝を思い出す。フランス貴族はその昔食べた物を吐いてまた食べていたという。人間にとってそれだけ味にかける情熱は凄いって事だ。ヨーロッパの紅茶ブームで消費される砂糖を生産するために奴隷農場が隆盛したぐらいだ、食は歴史を変えると言っても過言ではない。食文化は偉大である。

 是非とも里の食には一層豊かになっていって欲しい。



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