十五話 拉致
人間は土地っ子世代に完全に切り替わるまで魔法使いにしない事になっている。反乱防止のためだ。
里の人口は百五十人を超え、土地と畑の開拓も進み生活水準は上昇し続けている。旧王国レベルにはまだ届かないが十数年もあれば追いつくだろう。ゆっくりと確実に着実に里は発展している。
シルフィアは非常に慎重に里を運営していた。ただの一人の脱走者も出さず、一件の殺傷沙汰も起こしていない。急激な変化が生む歪みを恐れて義務教育の導入を筆頭にした様々な制度の導入を差し控えている。
そして地盤が固まらない内の魔法の一般化は劇薬に等しい。
個人によって魔法が使えたり使えなかったりするから少なからず差別が起きるだろうし、魔法を使った犯罪、反乱、問題点を列挙すればキリがない。
中でも特に魔法とそれに伴う技術・知識を里の外に出すのだけは防がなければならない。王国はそれなりに厳重に管理していたがまだ甘かった。俺達は執拗に魔法管理にこだわるつもりだ。
里の人口全てが里の外を知らない世代になれば脱走の可能性は飛躍的に低下する。帰属意識が里に向くし、里の外に頼るべき知人、村、町、出身地が無いからだ。
また里の人口全てが土地っ子になる頃には俺の配下のノーライフも数を大分増やしているだろう。犯罪も反乱も起こさないのが一番だが、もし起きても力ずくで鎮圧できれば最悪の事態は避けられる。
魔法を里の人間に授ける時は予測される問題への対策をガチガチに固め終わった時。その目安が三、四十年後、という訳だ。
最近はゾンビが労働力だけではなく技術保存の役割も担うようになってきた。
知識を継承するのは比較的簡単だが技術の継承は難しい。年老いた技術者は膨大な経験に裏打ちされた高い技術力を持っている事が多い。彼等が寿命や病気で死んでしまう前にゾンビにしてしまえば蓄積された技術を失わずに済むのだ。
ゾンビになると肉体的変化は止まっても精神的・技術的変化は止まらないから死後さらに腕が高まる事すら期待できる。ゆくゆくは人間の死後技術者はゾンビに、魔力が高い者はリッチに、その他は状況と状態に応じてゾンビかスケルトンにするようになっていくだろう。
状況と状態に応じて、というのは専ら戦力と労働力の兼ね合いを指す。
ゾンビは負傷するといちいち魔法で修復する必要があり、首を落とされると死ぬため戦闘向きではない。一方で意思がはっきりしているからスケルトンよりも複雑な行動が可能で使い勝手が良い。労働力向きだ。
スケルトンはあからさまに人外な姿で命令の効きが悪く使い道は限られるが、魔力がある限り何度でも蘇る実にいやらしい身体をしているから兵士としてはゾンビに勝る。戦力向きだ。敵方からすれば砕いても砕いても復活して襲ってくる不気味を通り越して禍々しい骸骨、相手をしているだけでさぞかしSAN値がガリガリ削れていく事だろう。前世の俺だったら発狂するレベル。
ゾンビもスケルトンも一長一短だった。
最近二刀流で戦い始めたエルマーと恒例の模擬戦を終えて里に戻ったらシルフィアに呼び出しを受けた。
執務室の机に頬杖を突いて俺を迎えたシルフィアは一枚の紙を寄越した。
「大御祖父様、ちょっと帝国の高官拉致るので出張お願いします」
「そんな『キャベツ切れたからスーパー行ってきて』みたいに軽く言うなよ……」
紙を受け取ってみると何やら不穏当な作戦の全容が書かれていた。
俺が直接出向いて帝国の誰かをゾンビ化して情報を奪うのはリスクを伴うが、誰かがターゲットを捕獲して俺の所に連れてくればリスクを負うのはその誰かだ。ならばリッチを派遣して攫ってしまおう、と。
手順としては次のようになる。
実行犯はリッチ。魔法を使い帝国の高官を人知れず拉致する。そして現場からそれなりに離れた安全な場所で待機する俺の元に運び込み、ゾンビ化。情報を抜き出して帰還させる。帰還したゾンビは近日中に遺書を書いて自殺。情報漏れの証拠は残らない。
マンドラゴラの所在地情報が手に入ればそれで良し、運良くゾンビがマンドラゴラの管理に携わっているようだったら自殺の前に処分させてもいい。所在地情報が手に入らなくてもマンドラゴラの管理者の情報が入手できれば次はそちらを狙いに行けばいい。マンドラゴラの情報が何も分からなかったとしても最悪帝国の詳細な内部情報が手に入ればまあ及第点だ。
何かの不都合で作戦行動中に実行犯のリッチが捕まりそうになっても魔法を使えば逃げ切れるだろう。予め髪を紫色に染めておき、逃走時にチラ見せすれば内部犯の疑いをかけられる。にっちもさっちも行かなくなった場合の最後の手段は自爆。舌噛んでも服毒しても死ねないから死に様はどうしても派手になるが仕方ない。
と、まあ大体そんな計画。確かにこれなら俺の身に危険は無い。代わりにリッチが危険にさらされるがシルフィアにしてみればどーでもいーんだろうなぁ……
読み終わった計画書を優雅に紅茶を飲んでいるシルフィアに返し、いくつか質疑応答。計画に問題は無いようだったので即日出張する事になった。
「ああ、紅茶の葉がそろそろ尽きてきたので帰りに盗ってきて下さいね」
「なんというおつかい感覚」
こういう楽勝ムードの時に限って失敗するんだよなぁ。なんだか嫌な予か……ウソウソ嫌な予感なんてしないむしろ大成功の予感。失敗フラグはべっきべきに叩き折る。
ロザリーに留守を任せ久々に里を出た俺は南西、帝都の方角へ飛んだ。帝国の首脳陣は帝都に集中しているから拉致るとすればそこになる。
ひたすら太陽と星で方角を確かめながら飛びつつリッチに命令を送り、帝都で落ち合うよう取り計らう。リッチの方が先に帝都に着くようだったので先行して手筈を整えておく指令も出しておいた。十年以上の地味で地道な情報収集でマンドラゴラの所在を知っていそうな官吏にある程度まで目星をつけてあるが、もっと絞り込みたい。警戒心が薄かったり、一人で出歩く事が多かったり、スケジュールがパターン化していて行動を掴みやすかったり、要は拉致し易い不幸な生贄を選ぶのだ。
森を抜け南下していくと眼下にポツポツ旧帝国領の村々が見えるようになった。王国よりも若干点在する村と村の距離が近く、規模も一回り二回り大きい。建築様式は王国のものと大差なかったがどの村にも中央に広場があった。
しかしなによりも大きな違いは髪の色。上空からでも紫色の髪が目立つ目立つ。白鳥の群の中に混ざった鴉なみに目立つ。一体どういう進化の過程でそんな髪の色になったのか分からん。森でも草原でも海でも岩石地帯でもそりゃもう孔雀の如くだよこれは。天敵に見つけて下さいと言わんばかりの。それともあれか、警告色か擬態か? 過去に人間似で紫色の危険な生物がいたとか。まさか婚姻色ではないだろうし。
ファンタジーによくあるピンクとか青とかそんな髪の色の人種もそういう歴史を歩んできたのかね? メタな事言えば単にキャラを立てるためなんだろうけどさ。
暇にあかせてそんなどうでもいい事を考えながら飛び続け、やがて帝都近郊に着いた。山裾にあるやたらとデカい造りかけの城を遠目に見ながら街外れの廃屋に壁をすり抜けて侵入すると、暇そうに腐りかけた床板をつま先でつついていた先客が顔を上げた。
「お久しぶりです、ロバートさん」
「いよう、ご苦労さん」
小柄な初老リッチ、ガロンだ。金髪に白髪がまじりはじめたナイスシルバーエイジなのだが今は紫色に染まっている。
軽く会釈してきたガロンに片手を挙げて応え、俺は廃屋を見回した。
家具は何もなくがらんとした一室で、板が×印に打ち付けられた窓の桟には埃が薄く積もっている。しばらく誰も訪れていないようだった。
「いい感じの場所だな。どうやって確保した?」
「住人が自殺して無人になった小屋に更に夜になると人肉を喰らう怪物が出る、という噂を流しまして。滅多な事では人は近寄らんでしょう」
……微妙にデマとも言い切れない気がしなくもない。
「上出来だ。噂流したって事は帝国語喋れるのか?」
「カタコトならば。十年以上帝国で草の根活動をしていればそれなりに話せるようになるものです」
「ますます上出来だ。手筈は」
「万全です。標的は週末に一度、夜になると決まって一人で娼婦の元へ通う習性がありまして、今日がその日。途中人通りの無い狭く見通しの悪い通りを通りますのでそこで攫う予定です。娼婦の元へ通った日はこれも決まって朝帰りですのでゾンビ化にかかる八~十時間家を空けた所で家人は露ほども怪しまないでしょう」
エクセレント。問題らしい問題は無いと見て良さそうだ。
「夜になるまでしばらく時間あるな……観光に行けないのが残念だ。エマーリオ像、見てみたかった」
エカテリーナが立てさせたというエマーリオ像は帝国城のお膝元の公園にある。大魔法使いにあやかろうと帝国の魔法使いが頻繁に訪れるため危なっかしくて行けやしない。
「あまり本人とは似ていませんが」
「だろうなぁ。しかし帝国民の間でエマーリオが大人気なのが解せぬ。普通敗戦国の英雄を歴代皇帝の像の隣に立てるか? エマーリオをヨイショしてるお陰で旧王国民の反感はちったぁ収まってるみたいだけどな」
「近頃はエマーリオ殿の英雄譚が書籍になったと聞きます」
「どんだけだよ……」
そのままぐだぐだ話している内に日が沈み、ガロンがフードを目深に被り待ち伏せしに出掛けて行った。一人取り残される俺。
天井やら壁やらそこかしこに開いた隙間と乱雑に塞がれた窓から隙間風が入りヒュルヒュルとか細い音を立てている。薄ぼんやりと月明かりに照らされたボロボロの床は汚れとささくれで何かの顔に見え……あれ、もしやあの赤黒い染みは血の痕か? こえぇんだよ。今にも何か出てきそうな雰囲気。
……沈黙が、痛い。
いや独りには慣れてるんだけどね。こう、閉鎖的な場所でじっとしてるのと大空の下で自由にうろちょろしてるのとでは感じ方も違う訳で。早く帰ってきてくれガロン。いたたまれない。
願いは虚しく、しかし計画通りに、ガロンが男を背負って小屋に戻ってきたのは真夜中になってからだった。
「万事上手くいきました。尾行も私が分かる範囲ではありません。それは魔法で眠らせてあります」
ドサリと物を放るように男を床に投げ、ガロンは報告した。仰向けになって転がる男は呑気そうに口の端から涎を垂らしている。
ふむ、良い夢を見ているようだ。すまんね、今から悪夢に強制変更させていただく。
「OK、やっちまえ」
「御意」
ガロンが懐から薬瓶を取り出し、蓋を開けて中の液体を丸ごと男の口に注ぎ込んだ。男はむせ込んだが、ガロンに無理やり口を閉じられ苦しそうな顔で飲み込んだ。
エマーリオ屋敷にいた頃使っていた楽に死ねる毒薬だ。十分程度で完全に心停止に至る。で、こいつを不完全固定の魔力で包んで、と。
「ところで指示通り背中に背負ってきたのですが本当に良かったので?」
「いーんだよ。コソコソしてるから怪しまれるんだ。下手に隠して運ぶより『潰れた酔っ払いの輸送中ですがなにか?』みたいな素知らぬ顔して堂々と運んだ方がいい」
「はぁ、そんなものですか」
念のため声を潜めてボソボソ話す。ゾンビ化するのは明け方だからそこから聞き取り調査を開始するとして昼前には家へ帰せるだろうか? 昼過ぎまでずれ込みそうなら家人に怪しまれないよう一度家へ帰して出直させるとして……
帝国語通訳のためにガロンを待機させ、ひたすら無言でクリエイトゾンビを続ける。一番の山場はもう越えた。暇な作業だ。
……と思ったのが悪かったのか、二時間ほど経った頃、外から話し声と足音が聞こえてきた。俺とガロンは顔を見合わせる。
こんな夜更けにこんな街外れに来る人間? まさか感付かれたんじゃああるまいな。
息を潜め……まあ元々息なんてしてないが……じっと耳を澄ませていると段々足音と話し声が鮮明になってきた。近づいてきている。声から察するに男女二人組か?なにやらペチャクチャ喋っている。
『……から絶対嘘よ! 怪物なんているわけないわ! 帰りましょうっ』
『いやわからんぜぇ? ここに住んでたやつぁ自殺したっていうじゃねぇか。案外本当に化けて出るんじゃねーの?ヒヒヒッ』
『や、やめてよぉ~』
なんて言っているんだ? 帝国語分からん。ガロンにテレパスで聞くと絶句した気配が返ってきた。
なんだどうした。まさか本当に追っ手が来たのか? ……はぁ? ……え? ……肝試しィ!? おまっ、なにもこんな時に来なくていいだろ! マジもんが居る時によぉ!
『お、鍵かかってねぇな』
『ほ、ほんとに入るのぉ?』
来ちゃったよ。扉の前まで来ちゃったよ。
やべぇ、とりあえず死体をってあああああもう扉が開く! ガロン、ここの住人のフリして追い返せ!
『どちら様で?』
『ぬおっ!』
ガロンが素早く立ち上がり、なんとか入口の扉の前に立って闖入者を遮る事に成功した。
『な、なんだよ人がいたのかよ、無人かと思ったぜ。あー、実はこの小屋に夜になると人を攫って生き血を啜る食人鬼が出るって噂がですね』
『ちょ、ちょっとマックス、あれってもしかして……』
『あーん? ……あ?』
……ガロンは小柄な爺さんだ。闖入者は二人共背が高く、当然の帰結としてガロンの頭越しに死体が見えるわけで。
ガロンから離れて様子を窺っていた俺には闖入者の顔から血の気が一瞬でなくなり、口が大きく開かれるのが分かった。や ば い。
「ガロンッ! そいつらの口塞げ!」
遅かった。女の甲高い悲鳴が夜の静寂を切り裂いて響き渡る。
はいアウトォ! 終わったよ! 拉致作戦終わった! ここでこいつら始末してもすぐに悲鳴を聞きつけた野次馬が寄ってくる!
入口で硬直したガロンがかなりテンパったテレパスで指示を仰いできた。そんなの決まってるだろ!?
「逃げるんだよォォォーッ!」
慌てに慌てたせいで集中が乱れ二ヶ月近くずっと保っていた遍在実験魔力が拡散してしまったがそれ所ではない。死体を包んでいた魔力を解除、壁抜けしつつ地面に潜り一目散に現場から離れる。
ガロンも逃げろ! フードがあるし顔まではバレてない! ハズだ! 万一見られていても髪染めてあるから帝国人だと思ってくれる! ハズだ!
あああぁあああド畜生! 失敗! 作戦失敗! 紅茶の葉を盗るか買うかする余裕なんてねーよ馬鹿がぁ!




