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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
四章 コインの裏表
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十四話 帝国なう

 南北に横たわる瓢箪型をしたマホウ大陸の、下の丸を縦に割って走る中央山脈。その麓に――――というより、横腹に張り付くようにして、ナルガザン帝国が世界に誇るカストル城はある。

「山が木々と岩肌を脱ぎ、城になったようだ」という言葉は、昔この城を訪れた故・四代目精霊教大司教ロテスのものだ。

 その言葉が示す通り、カストル城は岩山から城を削りだし、削られた岩を積み上げ城壁にする事で造られている。着工が三百年前、竣工が百年前。よって建設期間は二百年だが、内百年は土属性精霊魔法が使われ、地球の二十一世紀初頭レベルの土木工事を上回る作業量が為された。岩山を削り出す、という途方もない手間がかかる建設法にも関わらず、その規模は二位以下を大きく突き放して大陸最大。城内を歩いて回るだけで一日が潰れると言われる。

 外観はナルガザン帝国らしく質実剛健で、装飾というものが一切ない。しかし不思議と無骨さや粗雑さを感じないのは、海や山にそう感じないのと同じ理屈だろう。


 そんなカストル城を中心に据え、城に相応しい長大な城壁の外にまで広がった都市こそ、ナルガザン帝国首都ラケダイモーン。今回ゼルクラッド達が参加する武術大会が開催される大陸一の大都市である。


「城の都よ、私は帰ってきた!」


 ラケダイモーンの入り口で馬車から降りたサフカナは、城壁から突き出して見えるカストル城を右手を伸ばして仰ぎ、左手を腰に当てて満足そうに言った。


「おお!? 驚いた、縮尺が狂って見える」


 続いて降りたゼルクラッドは、想像よりも遥かに大きかったカストル城を見て目を見開く。


「なんだここうるっせぇ。同じ首都でもパルテニアとは全然雰囲気違うんだな」


 顔を顰めながら降りたレインは、剥き出しの熱気と活気、暴力的な臭いに溢れた大通りを見回し、無意識に腰に下げた剣の柄に手を伸ばす。


「なんだか怖い……」


 最後にレインの手を借りて降りたアリアーニャが不安気に縮こまる。


 武術大会に参加するサフカナ、レイン、ゼルクラッドと、もうあんな思いをして待つのは嫌だから、と着いてきたアリアーニャ。四人は思い思いの感想を漏らしながら帝都入りした。勝手知ったる庭の中と人の多い通りをすいすい進んでいくサフカナに遅れないようにと三人は着いていく。サフカナが歩くと人ごみはさっと割れて道を作り、彼女の地位と有名さを感じさせる。

 視界の端に肩をぶつけただのぶつけないだのと叫びながら殴り合っている男二人を捉え、ゼルクラッドは心底サフカナと一緒で良かったと思った。殴り合い中の二人の拳は、ただのチンピラというには重く、鋭かった。ナルガザン帝国は一般市民からしてレベルが違う。流石にゼルクラッドが怪我をするほどのものではなかったが、アリアーニャが巻き込まれればどうなるか分からない。激しい人波の中で難癖をつけられ乱闘騒ぎにでもなったら面倒な事この上ない。


「ちょいちょい道の横に空間があるのはなんなんだ?」

「ああ、あれは喧嘩用だな」


 物珍しげに辺りを見回していたレインの呟きをサフカナが拾った。

 大通りにはところどころに屋台が二つ出せる程度の空き地とも呼べない空間が設けられていた。言われてみれば確かに先ほどの喧嘩もそんな空間で行われていたように思える。

 サフカナの言葉を聞いたアリアーニャはおずおずと言った。


「え、喧嘩用、ですか? 喧嘩は止めた方がいいんじゃ? 治安が悪くなったり、怪我とか」

「いや、あの程度の喧嘩を取り締まったら不満が溜まってもっと酷い事になる。集団で殺し合いが起きたりな。適度にガス抜きしてやった方がいい」

「こ、殺し合い。帝都怖い……」


 まだ歩き出して十分も経っていないが、溢れ出る暴力臭にすっかりアリアーニャは委縮してしまった。

 もっとも、暴力的とはいってもゲス系チンピラを任侠系ヤクザに更生(?)させる風土でもあるので、全く悪いところばかりでもない。五十歩百歩とはいえ、五十歩の差は地味に大きいのだ。


 公共事業で舗装が進められているという中央通り(築城時の石材の余りを活用している)や、歴代皇帝+αの像で有名な中央公園をサフカナの案内で周り、夕暮れまでかけて帝都の目ぼしい名所を巡った四人はカストル城内の宿舎に入った。武術大会の参加者である男二人と、参加者ではないが皇帝権限でねじ込まれたアリアーニャ、不思議な事に唐突に皇帝の寝室の改装が始まり寝る場所が無くなったサフカナはここに泊まる事になる。


 筋骨隆々の半裸の大男から、引き絞られた筋肉をゆったりした服に隠した小柄な女まで、宿舎にいる人間は多種多様。髪の色も紫だったり金だったり、年齢も幅広い。共通するのは全員武芸でかなりの腕前があるという事だ。夕食時の大食堂で、アリアーニャは猛獣に囲まれた小動物のようにガチガチに固まっていた。


「そんなに怯える必要はない」


 と、サフカナはのんびりと分厚いステーキを切り分けながら言った。


「誰もアリアを取って喰いはしない」

「ほ、ほんとに?」

「勿論だ。ナルガザン人をケダモノか何かだとでも思っているのか? 心外だな」

「そっか、良かった……」

「まあちょっとしたきっかけで二、三発殴られるぐらいはあるかも知れないが」

「やっぱりいぃ」

「大丈夫だアリア、俺が守ってやる。つーか大会前の私闘禁止とかねぇの?」

「ない。そもそもそんなルールが必要か?」

「あ、やっぱいいや、もういいや。なんかそろそろ言うだけ無駄な気がしてきた」


 和気藹々(帝国基準)とした食卓に並んでいるのは肉中心のボリュームのある料理だ。堅めに焼かれたパンに、味の濃いスープ、冷たいビール。燻製チーズや干し魚はあるが、野菜は少ない。教国の料理とは正反対と言って良い。

 ゼルクラッドは特に厚い肉の一切れをフォークで口に運び、とろけるような濃厚で深みのある味わいに目を見開いた。前世でもこんな肉は食べた事がない。


「旨いな。この肉は?」

「竜の肉だ」

「なんだって?」

「ワイバンだったかネシーだったか、そんな名前の竜の肉だ。エルフから仕入れたとかなんとか料理長が言っていたな」

「この世界には竜がいるのか……」

「いるらしい。私もみた事はない」


 思わぬ所で思わぬ発見をしたり、酔ってぶつかってきた男と危うく喧嘩になりそうになったり、色々な小イベントを交えて食事を終え、その日は解散となった。












 帝都ラケダイモーンが誇る闘技場は城の正面にある。有事の際には城の前で敵を迎え撃つ一種の要塞としても機能するように設計されたそこは、ローマのコロッセオに似ていて、中央の広場をすり鉢状の観客席が囲んだ石造りの建造物である。収容人数は約六万人。武術大会二日目が開催されるこの日は、その観客席の全てが埋まり、立ち席まで設けられていた。

 朝早くの闘技場には選手の入場前から観客の熱い熱気が籠っている。軽食屋が客席の間を練り歩き、冷たいビールや堅パンを売り捌いていた。


 闘技大会初日は予選が行われる。内容は二百人によるバトルロイヤル。半時間の戦いの後、立っていた者がトーナメントに進む事ができる。

 帝国軍人の数は十万人を超え、その内二千人程度が毎回出場する。そこに国外や一般の参加者が加われば、時間を半時間に区切っても片付けと入れ替えの時間を含めれば丸一日かかる。かなり詰め込んだスケジュールだが、身も蓋もなく言えば雑魚がだらだらと戦うのを何日も観ていても面白くないのだ。故に選手達は初日に一気に篩にかけられる。


 バトルロイヤルの次の日にはすぐにトーナメントが始まる。バトルロイヤルの参加者はこの日のために集められた水属性精霊使い達による治療をうけるため、万全の体調で戦う事ができる。死んでさえいなければ全回復するのだから休みを挟む意味はあまりない。強いて言えば武器の手入れが挙げられるが、素早い武器の手入れや、予選で本命の武器を温存する作戦、複数の武器を使い分ける技量なども実力の内と考えられるため、問題にされていない。

 なお、武術大会では殺害も許容されるが、「敵を殺さず勝つには明確な実力差が必要」「故に殺さず勝つ事こそ最高の勝利」という考え方があるので、そこまで死者は出ない。大会を通しての死者は五十人前後である。これを多いと思うか少ないと思うかは人それぞれだろう。


 トーナメントの人数は年によって差があるが大抵六十人ほどで、一回戦で一日、二回戦~準々決勝で一日、準決勝と決勝で一日が使われる。

 ゼルクラッドはバトルロイヤルを危なげなく潜り抜け、一回戦に進んでいた。レインもひやりとする場面はあったが、無事勝ち進んでいる。

 今回、二人は精霊魔法を使っていない。精霊魔法は人間に向けて使えない――――少なくとも直接、害のある形では使えないし、そもそも精霊魔法は対アンデッドのためのものであり、人に向けて使うべきものではないという常識があるため、精霊魔法が武術大会で振るわれる事はない。


 しかし、ゼルクラッドが精霊魔法を使わないのには別の理由もあった。使わないのではなく、使えなかったのだ。

 第三次魔王城攻城戦以降、精霊の指輪と精霊の数の不足は続いている。そんな中で、ゼルクラッドは精霊と再契約をせず、数に限りある精霊を他の精霊使いに譲った。

 精霊と契約して自分を強化するより、精霊がいないと戦えない者に精霊を譲って戦力化した方が得策だと考えたのだ。ただし、ゼルクラッドは古代魔法を使ってさも精霊魔法を使っているかのように偽装している。精霊魔法の元になったのは古代魔法であるという言い伝えが本当なのか、大抵の精霊魔法は古代魔法で再現できた。


 もっとも、ゼルクラッドと同じく魔力が見えるであろうアンデッドには、精霊を侍らせていないので精霊魔法ではなく古代魔法であると丸わかりだろう。エマーリオの忠告を守っているとは言えないが、魔王城でかなり大っぴらに古代魔法を使ってしまっているので、危険は今更である。第三次魔王城攻城戦から一ヵ月以上経ち、未だに「不幸な事故」とやらの前兆も見えない。ゼルクラッドは、エマーリオの忠告は杞憂だったのかも知れない、と考え始めていた。

 彼が生きていた時代とは状況が変わっている。大魔法使いが警告した「何か」の危機が既に去っている可能性は十分あった。従って、古代魔法は控えめに使いながら「不幸な事故」の予兆が現れないかしばらく警戒し、安全だと判断できたら大々的に公表し、社会の発展に生かす、という方針を取る事にしていた。

 同じく古代魔法を操るエルフに話を聞いてみるのも有意義だと考えているが、エルフという種族は神出鬼没で接触が難しいため、あまり期待していない。


 控室の片隅の椅子に座り、天井や部屋の扉の向こうから漏れ聞こえる悲鳴や歓声を聞きながら、ゼルクラッドは目を閉じて物思いにふけっていた。目を閉じてちらりと横を見ると、同じタイミングで視線を向けたレインと目が合い、曖昧に微笑んで顔を逸らした。

 こんな態度になるのも無理はない。何を隠そう、次の対戦カードはゼルクラッドvsレインだった。


 ゼルクラッドとレインが戦うのは何も始めてではない。むしろお互いの癖を知り尽くすほどに戦いを重ねている。だが、大勢の観客の前で見世物のように戦うのは初めての事だったし、訓練ではなく大会という枠組みの中で戦うのも初めてだった。経験豊富で精神的に歳をとっているゼルクラッドはそこまで大きなプレッシャーは感じていなかったが、レインは緊張した面持ちでちらちらとゼルクラッドを見ては爪を噛み、落ち着きなく歩き回っている。いくらか助言を与えてみて、何を言ってもかえって緊張を煽るだけだと知り、ゼルクラッドはそれから声をかけていない。


 実際、ゼルクラッドの勝ちは揺ぎ無いと言って良い。

 ゼルクラッドは神速をいつでも即座に発動でき、上手く調子が出ればサフカナに習った壊力も発動できる。経験豊富で、柔軟な体と強靭な筋肉、的確な判断力を持つ。武器の刀もエルフ製の一級品だ。いざとなれば古代魔法も使える。

 対してレインは酒の力を借りて時間をかければ神速を発動できる、というレベルで、壊力は全く使えない。経験はゼルクラッドに比べると見劣りし、身体能力は一段下がり、判断力も一流と比べると些か不安がある。

 レインは年齢の割には素晴らしい高水準でまとまっている。だが、それまでだ。贔屓目で見てもレインがゼルクラッドに軽傷を与えられるか、という所だろう。死闘になるほど実力は伯仲していない。

 しかしまさかどうせ勝てないからリラックスすればいい、などと言う訳にもいかない。手加減するのはゼルクラッド本人もレインも納得しない。

 

 闘技場の方から一際大きな歓声が響いてきた。勝負がついたらしい。予想通り、少し間を置いてから兵士が次の出場者のレインとゼルクラッドを呼びに来た。

 二人は無言で立ち上がり、兵士に着いていく。


 通路を通って闘技場に出ると、大音声が二人に叩き付けられた。声援、罵声、野次、好悪さまざまな声がごちゃごちゃに混ざって、何やらわからない一つの大きな音になっている。


「これが落ちたら、試合開始だ」


 兵士は審判も兼ねているらしい。観客の声に負けないように、二人の方に顔を寄せ、金貨を見せながら大声で二人に言った。わかったら頷け、と言われた二人は素直に頷く。


「レイン!」


 審判が距離を取る間、ゼルクラッドは声をかけた。相変わらず青い顔をしたレインが動揺した目で見てくる。ゼルクラッドは苦笑して言った。


「全力で来い!」


 その言葉を聞いたレインは一瞬固まり、それからすっと表情が抜け落ちた。

 そこに緊張は無い。かといって笑いもない。リラックスしているようにも、怒っているようにも見えない。諦めた様子も、もちろんなかった。一体自分の言葉がレインの中でどう消化されたのかと、ゼルクラッドは首を傾げる。

 訝しむゼルクラッドに、レインはぽつりと、しかし底知れぬ何かを感じさせる声で言った。その声は風の無い静寂の荒野でさえ聞こえないのではないかというほど小さなものだったが、なぜかゼルクラッドの耳にはっきり届いた。


「ああ、分かった。今ここで、全てを賭ける」


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