【Case:16 遺跡】5
週末。俐玖は緊張気味に北夏梅駅南口へ向かっていた。待ち合わせがその場所なのだ。時間に余裕をもって出発したので、むしろ到着したのは早いくらいだったが、もう待ち合わせの相手はそこにいた。
「脩」
小走りに駆け寄ると、脩も俐玖に気づいて微笑んだ。彼が待ち合わせの相手だ。
「お待たせ」
「いや。俺が早く着いただけだから」
自分がこの、待ち合わせの際の待たせた、そうでもない、というテンプレートな会話をしているのが不思議な気分だ。俐玖は深くツッコまず、そう、とうなずいた。
「いつも思っているが、そう言う格好も可愛いな」
さらりと褒められて俐玖は頬を赤らめた。お世辞でもうれしいところであるが、たぶん、これは本気で言っているのだ。脩は俐玖に好意を持っている、と真正面から言ってきたのだから。
「あ、ありがとう」
照れて噛んだ俐玖に笑いかける脩も、私服が似合っていると思う。照れて言えなかったけど。
今日の俐玖はマキシ丈のワンピース姿だった。スカートを履いていくのは意識しているみたいで恥ずかしい、と思ったが、そもそも俐玖が休日にスカートを着るのはよくあることなので、開き直ることにしたのだ。
電車に乗って隣の市まで移動した。北夏梅市も比較的大きな市だが、県庁所在地ではない。多分、近場だと知り合いに見られることがあるので、脩が気を使ったのだと思われる。
やってきたのはカジュアルな和食レストランだった。食べたいものはあるか、と聞かれたので魚と答えた。なので和食レストランのようだ。
「何を食べる?」
「白身魚の焼いたやつがいい」
「いいな。俺も同じやつにしようかな」
二人きりで食事に来たことはないが、グループでは一緒に来たことがあるので、注文もスムーズだ。アルコール類も地酒が豊富なので後で試してみよう、と話をした。
料理を待つ間他愛ない話をしながら、ふいに俐玖は自分が緊張していたことに気が付いた。いつの間にか、普通に話しているけど。
「そう言えば、俐玖のお父さんの発掘現場、その後、大丈夫なのか?」
晴樹が来ている間、脩は別件で外出していたので顔を合わせていないが、案件は課内で共有されるので事件自体は知っているのだ。俐玖は首を傾げた。
「私は一緒に住んでいるわけじゃないからね。その後、何も聞いていないから大丈夫なんだと思うけど」
あっさりとした俐玖のいいように、脩は少し驚いたようだが、すぐに納得した。
「それもそうだな。俺も一人暮らしの時は、頻繁に家族に連絡していたわけじゃないし」
脩は大学は県外に出ているので、大学生の間は一人暮らしだったのだ。大学院まで卒業して、地元で就職した珍しいタイプである。まあ、それを言うと俐玖もいろいろと言われるので言わないようにはしている。
「梢もあんまり連絡してこないもんな」
やはり県外の大学に通っていて一人暮らしの梢は、頻繁には連絡してこないらしい。それでも脩よりはましだ、と両親に言われるそうだが。
「そういうところは女の子の方がしっかりしてるというか、気を使ってくれるよな」
「……耳が痛いんだけど」
俐玖は眉をひそめてグラスを傾けた。俐玖は大学は実家通いだったが、一年留学していた時期がある。その間は姉と一緒にいたので、恵那が連絡を取っていたから丸投げしていた。社会人になってからは一人暮らしだが、月に一度連絡するかどうかだ。距離的に近いので、連絡を取るよりも直接両親の家に向かうことの方が多いかもしれない。
「人によるんじゃないかな……梢は私にも連絡をくれるけど」
「え、そうなの?」
「昨日も連絡くれたよ。夏休みに戻るから、一緒に出掛けたいって」
「……俺よりも俐玖の方が頻繁にやり取りしている可能性がある」
靴雑そうに脩は言った。俐玖は思わず笑う。なぜこんなになついてくれるのかわからないが、梢は俐玖と仲良くしてくれる。兄妹が兄しかいないので、比較的年の近い、年上の女性が珍しいのかもしれない。
「夏休み、俺とも出かけてくれると嬉しい」
じっと目を見つめて言われ、俐玖はどぎまぎした。頬が熱くなる。それに気づいたか、脩はふっと微笑んで「デザート、どうする?」とメニュー表を開いた。ちょっと悔しいので、和風パフェを頼んでやる。脩もジェラートを頼んでいた。
勘定でも少しもめた。俐玖は割り勘のつもりだったのだ。というか、このやり取り、前にもしたことがある気がする。
「じゃあ、次は俐玖が出してくれ」
脩が笑ってそう言って、俐玖がきょとんとしている間に清算を済ませて外に出た。そこで、俐玖は次の約束を取り付けられたのだと気づいた。
「……脩、策士だね」
「そうか? 普通だと思うが」
得意そうに笑われたので、肩のあたりを殴っておいた。脩は小動もしなかったけど。
少し歩こう、と言われたので、俐玖もうん、とうなずいた。土地勘のあまりない場所だが、駅前に公園があるのは知っていた。そこに向かってゆっくりと歩く。
「俐玖、今日は来てくれてありがとう」
おもむろに言われて、俐玖は目をしばたたかせてからうなずいた。
「うん。こちらこそありがとう。おいしかった」
それだけではないが、たぶん、脩に指摘されなければ、俐玖はなかなかデートに誘われても気づかなかったと思う。いつかは気づいただろうが、早めに気づけて良かったと俐玖は思っている。
「俐玖」
「……うん」
立ち止まった脩が俐玖の真正面に立った。俐玖も脩を見上げるが、恥ずかしくなってわずかに目を伏せる。
「好きだ。付き合ってほしい」
はっきりと彼はそう言った後、はっとして「交際してほしい、ということだ」と付け加えた。さすがの俐玖も、この状況で勘違いしたりしないが、脩がそう付け加えたくなるくらいのも無理はないくらいに俐玖は鈍感だったので、何も言えない。ただ苦笑を浮かべてしまった。
「ええっと。私、誰かと恋人になったこととかなくて」
「知ってる」
そう言う話をしたことがあるので、脩はもちろん知っていた。苦笑気味にうなずかれる。
「だから、その……よくわからないのだけれど、私も、脩のことが好きなのだと思う……」
こちらからも告白すると、俐玖は自分の頬が真っ赤になっているであろうことを自覚した。明らかに顔が熱い。脩が自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「つまり、俺と付き合ってくれるって言うことでいいのか?」
仕事上とはいえ、もう一年以上の付き合いだ。はっきり確認しないと俐玖にはわからない、と言うことがばれている。性格が把握されている。
「う、うん」
こくりとうなずくと、脩が思いっきり息を吐いてしゃがみこんだ。
「えっ! どうしたの!?」
驚いて俐玖もしゃがみこむ。伏せていた顔を上げた脩は、しゃがみこんだまま言った。
「いや、安心して。よく考えたら、俺も自分から交際を申し込むのは初めてだな、と」
「そ、そうなの?」
意外な……でもないのか? 事実に俐玖は目をしばたたかせた。なんだか今のやり取りで緊張も羞恥も吹っ飛んだ気がする。
「そうなんだ」
脩が立ち上がるので、つられて俐玖も立ち上がった。そっと手を包み込まれ、俐玖はびくっとした。
「驚かせたか?」
「だ、大丈夫」
「俐玖」
「何」
「抱きしめたい」
ひぇっ、と喉の奥から変な声が出た。俐玖の動揺ぶりに脩が笑う。
「駄目か?」
「…………駄目じゃない」
許可を得た脩が俐玖を抱きしめた。別に、脩に抱きしめられたのは初めてのことではない。だが、その時とは比べ物にならないくらい緊張した。心臓の鼓動が耳に聞こえるようだ。
見るからに緊張している俐玖に、顔を覗き込んだ脩は「可愛い」と笑んだ。家族やせいぜい芹香に言われるくらいの言葉に、俐玖はどうすればいいかわからなくなる。
「そろそろ、帰るか」
しばらく手をつないで歩いてから、脩はそう言った。終電はまだだが、確かにいい時間だ。
「家まで送る。……ああ、押し入ったりしないから安心してくれ」
「そこは心配してないけど……段階的にお願いします……」
何しろ、経験値はほぼゼロであるので。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
皆さんどう思っていたかわかりませんが、一応恋愛小説なのです。




