【Case:15 結婚】1
俐玖はアメリカはボストンにいた。ガーデンウェディングの会場である。今日は俐玖の姉、恵那の結婚式なのだ。アメリカで就職した恵那は、アメリカ人の男性と結婚した。同じ職場の人で、相手の方が二歳ばかり年上だ。何度か日本に遊びに来たことがあり、俐玖も顔を合わせている。
「はあ。やっぱり恵那、美人だよね」
子供を抱えながらそう言ったのは、俐玖と同じく招待客の従姉・紅羽だ。彼女は俐玖と並んで座っていた。二人の後ろに、娘の芽衣を抱えた宗志郎が座っている。
「紅羽も結婚式のウェディングドレス、似合っていたじゃない。今日も格好いいよ」
「ありがとう。俐玖も似合ってるよ」
「ありがとう」
俐玖はブルーグレーのパーティードレスを着ていたし、紅羽は深緑のパンツドレスだ。ショートカットの美女なので、小柄ではあるが似合っていて格好いい。俐玖も背が高いのできっと似合うと言われたが、新婦の姉妹であるし、恵那のブライズメイドを引き受けていた。先ほど役目を終えて、こうして席についているわけだが。
両親と兄弟と、仲の良い親族と友人。日本から参加した恵那の友人も何人かいるが、ほとんどはアメリカ人だった。簡易的な、どちらかと言うと人前式に分類される結婚式なのは、恵那がキリスト教徒ではないからだ。
それでも流れは日本の結婚式と変わらないんだな、と俐玖は誓いのキスを済ませ、フラワーシャワーの中を歩く姉とその夫を眺めた。宗志郎に抱っこされた芽衣がきゃっきゃと笑いながら花びらを投げている。
「はい、俐玖」
恵那が目の前まで来たので、「おめでとう」と声をかける前に、姉は妹に持っていたブーケを差し出した。
「俐玖にあげようって思っていたの」
最近ばブーケトスをしないことが多いらしいが、まさか姉妹に渡すとは。驚いて瞬いたが、結局「ありがとう」と受け取った。
「ふふっ。恋人ができたんでしょ。後で話、聞かせてね」
「できてない!」
全力で首を左右に振る。恵那は「ええ?」と怪訝な表情をしたが、夫につつかれて歩き始めた。このままパーティーに移るのだ。
「……恋人、できたのか」
「誤報だと思う」
宗志郎にぼそりと尋ねられ、俐玖は微妙な表情で答えた。デートに誘われた覚えはあるが、恋人はできていない。
というか、宗志郎が情報源ではないのだな、と俐玖は思った。紅羽は「宗志郎、俐玖に過保護すぎ」とあきれている。
「まあ、俐玖はちょっと鈍いけどさ」
「……」
紅羽にもそう思われていたのか、と俐玖はため息をついた。
『お嬢さん、お預かりいたします』
会場のスタッフに声を掛けられ、ブーケを預ける。帰りに引き取るのを忘れないようにしないと。俐玖は少し遅れてガーデンパーティーの会場に入った。両親が、恵那の夫の両親と話している。当たり前だが、英語だ。ハーフである母はもちろん、父も英語が堪能だった。
『エッタ!』
恵那が俐玖に向かって手を振っている。日本語以外の言語で話すときは、大抵、俐玖はヘンリエッテと呼ばれた。愛称がエッタなのだ。
『クロエ、結婚おめでとう』
『ありがとう』
呼ばれて側に行くと、俐玖は先ほど言えなかったことほぎを述べた。俐玖たち家族は、クラウディアの愛称としてクロエを使っていた。一般的な愛称ではないが、俐玖が小さいころ、姉を『クラウディア』と呼べずに、舌足らずに呼んだ名が『クロエ』に聞こえたそうである。つまり、恵那は鞆江クラウディア恵那というフルネームだった。今は恵那・クラウディア・ハミルトンになるのだろうか。
『ノルもおめでとう。私の姉をよろしくね』
『ああ。任せろ!』
ノリよく義理の妹に向かってサムズアップしたのは、恵那の夫となったオリヴァー・ハミルトンだ。恵那とは会社の同僚らしい。オリヴァーにもいくつか愛称があるが、ノルはそのうち一つだ。
『エッタ、ノルのご兄弟の方とその家族よ』
恵那にそう言われて俐玖は思わず後ろを振り返った。オリヴァーの両親は俐玖たちの両親と話をしている。恵那は俐玖に、自分の夫の兄弟とその配偶者を紹介する、と言っているのだ。
オリヴァーは三人兄弟の末っ子らしい。男兄弟なので恵那と俐玖の姉妹とはちょうど反対の感じだ。
オリヴァーの一番上の兄がイーサン。その妻がイザベラで娘がキャロライン、息子がジョセフ。二番目の兄がアイザックで、その婚約者がミラ。覚えられるだろうか。
オリヴァーの兄二人は気さくな人だった。イザベラは少々おとなしい人だが、俐玖に人のことは言えない。ミラはいわゆるできる女風のはきはきした人だ。
『妹のヘンリエッテよ』
『可愛い子だな。さすがクロエの妹』
恵那に紹介してもらうと、イーサンがにっこり笑ってそう言った。どちらかと言うときれいだとかかっこいいの方がよく言われるが、日本の外に出るとちょっと違うようだ。いや、俐玖は外国生活の方が長いはずであるが。
『ありがとうございます』
苦笑気味に言うと、女性陣からも話しかけられた。
『エッタって呼んでもいいかしら。というか、うまいわね、英語』
話しかけてきたのはミラだ。イザベラはどこかへ行こうとしたジョセフを捕まえている。
『通じてよかったです』
『謙遜だねぇ。七か国語も話せるのに』
茶々を入れてきたのはオリヴァーだ。俐玖はぐっと唇をゆがませる。アメリカにはバイリンガルはよくいるが、マルチリンガルとなるとさすがに珍しい。
『クロエと違うタイプの頭の良さね?』
ミラがまじまじと俐玖を眺めて言った。俐玖は『日常会話程度ですよ』と言う。事実、専門的な会話になるとついていけないことがある。専門的な話ができるのは日本語、ドイツ語、英語くらいだろう。
『ほぼ網羅してるわよ』
『……クロエの結婚式だから、クロエの話をしましょ』
恵那のツッコみを受け、俐玖は話をそらそうと試みる。だが、特にアイザックとミラは日本に興味津々のようだ。
『それもそうだけど、エッタとは滅多に会えないでしょ。住む国が違うものね』
それはそう。後で聞くと、恵那もこの二人には質問攻めにされたそうだ。そもそも、趣味が合うということで婚約者になったらしい。趣味が合うのは大事だ。
『ザック、ミラ、あまりエッタを困らせるな。せっかくだから、集合写真撮ろうぜ』
イーサンが最年長らしくそう言って場を治めようとした。キャロラインとジョセフも入り、花嫁花婿を囲んで写真を撮った。ついでに、イーサンは俐玖と恵那の二人の写真も撮ってくれた。帰国してから芹香たちに見せるのにいいだろう。
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