【Case:14 山奥の神社】5
客室があるのは二階だ。一階は食堂や民宿を経営している家族の住居になっている。つまり、この民宿の子供が帰宅したのは一階の家だ。
「あれ、一人増えてる?」
俐玖を見て首をかしげたのは、中学生くらいの男の子だった。この民宿の子で裕斗というらしい。
「同僚の俐玖だ」
さらっと答えたのは脩だった。一日で仲良くなったらしい。
「へえ。都会の女の人って美人だね」
まじまじと俐玖を眺めて裕斗は言ったが、同じ北夏梅市である。
「私、実家は織部町だよ」
「君、ドイツ出身だろ」
「いや、そうだけど」
脩から突っ込みが入ったが、そう言うと角が立つことがあることをわかっているからはぐらかしたのに。
「俐玖さん、なんでこんな田舎で公務員してるの?」
「やる気がなかったから……?」
「俐玖、世の中の半分くらいの人を敵に回してるぞ」
脩どころか裕斗にもあきれたような眼で見られ、俐玖はさすがに口をつぐんだ。
どうやら、このちょっとドライなところがある裕斗少年の同級生が相談者の尚らしい。昨日、脩が裕斗と尚から話を聞いたので、ちょっと打ち解けているらしかった。
「俐玖さんも神社があると思ってるの?」
自然に俐玖たちについてきながら、裕斗が尋ねた。俐玖とは初対面だが、物おじしない少年だ。
「可能性は高いと思っている」
「誰もたどり着けないっておかしくない?」
「おかしくはない。普通に暮らしていても、昨日はまっすぐ行けたはずなのに、今日は迷ってしまうってことがあるでしょう。それと同じよ」
ざっくりした理論であるが、要はそう言うことなのだ。珍しくはあるが、全くないわけではない。
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
俐玖がきっぱりと言うので、裕斗は面食らったようだが、ややあって「よかった」と安心したような顔を見せた。俐玖はちょっと驚く。
「何、俐玖さん、僕が納得しないと思ってたの」
「うーん、自分でも非現実的な話をしている自覚はあるからね」
「まあ、超常現象とか幽霊がいるとか、そういうことを信じてるわけじゃないけど」
裕斗は見た目通り、現実的な思考の持ち主らしかった。普通、そう言ったものを信じている人は少ない。
「でも、尚のことを信じてくれそうだからよかったなって。脩さんとか、来宮さんとかもそうだけどさ」
本当に、心から友人のことを心配しているであろう裕斗の言葉を聞いて、俐玖はしみじみと言った。
「裕斗さん、いい子だね」
「やめてよ。っていうか、呼び捨てとか君付けとかでいいのに」
まさかのさん付け、と裕斗が驚いている。これは俐玖の癖なので慣れてもらうしかない。
「なんか仲良くなってるな」
ここまで、俐玖と裕斗は囲炉裏のある居間になっている空間で話していたのだが、玄関まで出ていた脩が戻ってきて、話し込んでいる二人を見て言った。
「うらやましい?」
裕斗がしれっとした調子で脩に言うと、脩は苦笑して「そうだな」と肯定した。
「尚君が来たぞ」
「お邪魔してます」
ひょこっと裕斗と同い年くらいの少年が脩の後ろから顔を出した。彼が尚だろう。脩より顔一つ分ほど小柄だ。脩が長身だとは言え、この年齢にしては少し小柄かもしれない、と思った。
「尚、いらっしゃい」
お茶持ってくるよ、と裕斗は立ち上がった。家の手伝いが身に沁みついているのだろう。本当にいい子なのだと思う。
「なに話してたんだ?」
「例の神社のこと」
脩に問われたので答えただけだが、俐玖の回答を聞いて尚がびくっとした。脩も気づいたようで、「ああ」と一つうなずく。
「尚、大丈夫だ。彼女はその手のことの専門家だからな」
「専門家になった覚えはないんだけど」
しいて言うなら、超能力の専門家かもしれないが、超常現象はかじった程度だ。
「俺の同僚の俐玖だ」
「鞆江俐玖です。よろしく、尚さん」
人見知りの俐玖ではあるが、仕事だし、相手は子供だしで頑張っているのだ、これでも。
「南尚です……あのっ、俺……」
そのまま尚は口ごもってしまう。思わず俐玖は脩を見ると、彼は肩をすくめた。そのまま俐玖の隣に座る。ちょうど、トレーにマグカップを四つ乗せた裕斗が戻ってきた。
「みんな、緑茶でよかった?」
「うん」
「それ、先に聞くことじゃないの?」
俐玖と脩はうなずいたが、尚は友人の気軽さからかそうツッコみを入れた。俐玖と脩は思わず笑ったが、笑われた尚はバツが悪そうな顔になった。対して、裕斗はしれっとしたものだ。
「鞆江さんは向坂さんたちと同じで、神社のことを調べに来てるんですよね……?」
恐る恐る、尚が尋ねた。先ほど脩が俐玖を専門家だと紹介していたが、俐玖自身が否定してしまったからだろうか。俐玖は「そうだよ」とうなずいた。尚の隣に座った裕斗が「俐玖さん、鞆江って名字なんだ」としきりに感心している。そう言えば、彼には名字を名乗っていなかった。珍しい名字の自覚はあった。
「神社……ほんとにあるんでしょうか。そもそも、神社かもわからないんですけど……」
「話を聞く限り、何かを祀ってる社で間違いなさそうだね」
「その違いって何ですか」
「神を祀る社があるのが神社」
「それはわかってます」
漫才のような俐玖と裕斗のやり取りに、聞いていた脩が噴出した。声をあげて笑う脩を見て、尚が不安そうにする。
「えっと……」
何を言えばいいかわからない、という表情の尚に、俐玖は「大丈夫だよ」と言う。
「君の見たものは本当にあるものだし、こうして接していてわかるけれど、何かの影響を受けた様子もない。大丈夫だよ」
「あ……ほんとに?」
「うん」
伺うように上目遣いで尋ねてくる尚にしっかりとうなずく。正直に言うと、俐玖にはそこまでの知覚能力はないが、話しているとなんとなくわかることがある。尚は何かの影響を受けていることはない。神社には、たまたま迷い込んでしまったのだと思われる。
この神社も、尚の見間違いではないだろう。調べたこの地の伝説などを踏まえるに、何らかの条件を満たせば、本当にたどり着くことができるのだ。と言うわけで、明日は一日山歩きだ。
「よかった……」
安心したようにつぶやく尚の肩を、裕斗がたたいている。彼には多分、大丈夫だ、と言ってくれる大人が必要だったのだ。尚のことを否定しない大人が何人も現れたことで安心したのだろう。
その後、俐玖は尚にもう一度話を聞いた。話すのは少なくとも三度目のはずだが、彼は嫌がらずに話してくれた。おおむね、俐玖が脩から聞いた話と同じである。
「僕もその山に入ることがあるけど、神社って見たことないんだよね」
百葉箱みたいなのはあるけど、と裕斗がかりんとうをつまみながら言う。尚も「俺だって初めて見たよ……」とマグカップを両手で包んでいる。
「ま、山の全部を知ってるわけじゃないし」
と、裕斗はドライに言った。尚は「そうだけど」と不満げだ。
「明日、俺たちも山を見てくるから、何かわかったら教えよう」
脩が慰めるように言うが、裕斗に「脩さん、昨日は何も見つけられないんじゃなかった」とツッコみを入れている。脩、回答に詰まる。
「どうしてもだめだったら、課長を連れてこようね」
困った時の汐見課長だ。課長を連れてくれば大体のことが解決する。見える人と言うのは大事だ。
俐玖と脩が中学生男子とだべっているうちに、この宿の娘の方も帰宅したらしい。娘は高校生で、もう少し中心街に近いところの高校にバスで通っている。時間も時間なので、尚は自宅に帰って行った。
「あー、お姉さんもお客さん?」
「ええ、まあ。お邪魔してます」
「ごゆっくり~」
ひらひらと手を振って制服姿の少女が居住空間の方に向かっていった。脩は尚を送っていったので、俐玖は二階の部屋に上がることにした。
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