【Case:12 呪詛】5
結局のところ、何があったのかを解明するのは警察の仕事なのだ。地域生活課は起こったことに対処するしかない。今回は成立していない呪詛なのだ。穢れが漏れないようにすればそれでいいだろう。
「封じとけば、保管庫に入れておいても大丈夫ですかね」
「周りにそんなに影響を与えることはないと思うけど。せいぜい、気分が悪くなるくらいじゃね?」
「じゃ、そうなったらまた持ってきます」
「持ってこないでよ」
拓夢も神倉も遠慮がない。入り浸っているからだ。また脩が箱のふたを戻した。
「壊してもいいんだったら、私の父が喜んで調べてくれると思うけど」
「晴樹さんが? いや……確かにしそうだけど」
大学の教授である俐玖の父は、考古学が専門だ。参考になりそうなこういったものは喜んで調べるだろう。だが、元には戻せない。父の晴樹は分解系の人間だった。
「俺も調べたい」
「宗志郎は父さんに頼んで」
父の教え子である宗志郎も、似たり寄ったりだった。彼の場合は、俐玖の父を尊敬しすぎてこうなった可能性がある。
「ありがとうございました。参考になりました」
「うん。次に来るときは一報入れてね」
「すみません……」
突然きた自覚のある拓夢は、素直に汐見課長に謝った。会議室を出ながら、「神倉君、報告書作ってあげてね」「俺ですかぁ」という会話がなされている。そして、相変わらず段ボール箱を持っているのは脩だ。ちょっと遠い目をしている。
「影響を受けにくいと言うだけで、全く影響がないわけじゃないと思うんだが……」
「それでも、持ってくれるんだね」
「一応な。転んだところ、大丈夫か?」
「うん。膝打ったけど」
地面が濡れているため、受け身を取るのを反射的にあきらめたため、膝と手をついたのだが、手首も痛めていないし、膝も打ってあざになっているくらいだ。
「拓夢さんじゃないが、気を付けてくれ」
「わかってるよ」
普段はあそこまでおっちょこちょいではない。たぶん。
数日後、大雪の日に積もった雪がいくらか溶けたころ、拓夢が事件の調査結果を教えてくれた。こちらから報告書、というか鑑定書を出したために、警察側にも報告義務が発生したのだ。まず、事件自体は事故として処理されたらしい。
「まあ、第三者の介入があったとは証明できないし、仕方ねぇよな」
と言うのが拓夢の主張であった。事故と言うことで処理されたため、例の壺は男性が亡くなったのと関係ないと考えられた。
と、言うのが表向きである。実際は。
「今、俐玖の父ちゃんが嬉々として解析にかけてる」
「なんでそうなったの?」
若干遠い目の拓夢が言うので、背を向けて資料を作成していた俐玖も体ごと振り返った。実家に顔を出していないので、正月から父の顔を見ていない。先日の蟲毒の壺なら、確かに俐玖の父は喜んで調べるだろうが。
「奥さんが受け取り拒否したんだよ。不気味だし」
端的でわかりやすい回答だった。大学で専門家に調べてもらってもいいか、と聞いたら、よい、とのことだったので、今俐玖の父が調べているらしい。
「ここからは憶測ですけど、たぶん、亡くなった男性が蟲毒を行ったんだと思います」
丁寧な口調で拓夢が語り掛けたのは神倉だ。神倉の推測から、拓夢がこの可能性に思い至ったからだろう。単純に、話を聞いているのが神倉だからかもしれないが。
「それでうまくいかなくて、呪いが自分に跳ね返ってきた。そう考えるのが一番しっくりくるんですよ」
誰を恨んでいたかくらいは調べれば何人か浮かび上がってくるが、さすがに誰を呪おうとしていたのかまではわからなかった。だが、病による事故、と考えるにはその亡くなった男性は健康すぎた。
拓夢の主張を聞いた神倉は、周囲を見渡してこの課内に自分と俐玖、幸島、笹原、汐見課長しかいないことを確認してから口を開いた。
「実を言うと、蟲毒を使っての呪い方はいくつかある」
「えっ、壺の中で虫とかを殺し合わせて、と言うやつではないんですか」
「それは蟲毒を行うまでの下準備だな。殺し合わせて、最後に残った虫を使って相手を呪う。この呪いは強力だけど、欠点がある」
「神倉さんが言っていたように、大きな代償がいるからですか」
数日前の会話を拓夢はちゃんと覚えていたようだ。基本的に拓夢は頭がよいのだ。
「そういうこと。俺は実際にやったことがないし、正確なことは文献にも残っていないからわからないんだが、この最後に残った虫を養うのに一定期間に一人、人間を与えなければならない、と言われている」
「……それはつまり、誰かをいけにえにしなければならない、と言うことですか?」
「そういうこと。ほかにも、高価な布地……絹などを与えなければならない、とか。とにかく、金がかかってリスクが高い。だが、こういった厳格な決まりのある呪法は強力だ。このタイプの蟲毒を金蚕とも呼ぶな」
「……守れなかったら、どうなるんですか」
「さすがに目の付け所がいいな。守れなければ、自分が死ぬ」
「ですよね……」
神倉が言ったように、蟲毒と呼ばれる呪法はいくつか種類があるが、神倉が語った方法はもっとも有名なものだ。オカルトに詳しいものなら知っているものも多いだろう。
「もしかしたら、決まりを守れなくて死んだのかもしれない。だが、この虫を養えないとき、人に押し付ける方法がある。虫を箱か何かに入れて、金銀財宝とともに道端に置いておく。それを拾った人に呪いを押し付けられる」
「それ、聞いたことがありますね」
「結構有名だからな」
小説や映画にも出てきたことがあると思う。
「と言うわけで、その男性は自分が蟲毒を行ったのではなく、拾ってしまった可能性もないわけではない」
「ははあ。調べるのが難しいですね……」
何より、事故と言うことですでに捜査は終了しているのだ。律令の時代のように、呪詛は罪、と法で決まっていればまだ調べようもあるのだが、現代の法には記載がない。法律になければ裁けないため、調べることも容易ではない。
「そういうこと。ま、判断はそっちに任せるけどさ」
神倉はそう言って警察にぶん投げた。投げつけられた拓夢は微妙な表情になる。調べたいが、絶対に許可は下りないし、調べられないといった感じだ。
世の中、納得のいかない答えなど、いくらでもあるものだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんちゃって呪術。なので、蟲毒の部分は参考になりません。なんちゃってです。




