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【Case:12 呪詛】4









 着替えて課に戻ると、神倉の言う通り結界が張られていた。陰陽師である神倉と、巫女である佐伯が張る結界は、正確に言うと少々違うらしいが、俐玖たちには違いが判らない。


「俐玖さん、おかえりなさーい」

「ただいま。どういう状況?」


 声をかけてきた麻美に尋ねる。会議室の机に乗せた段ボールを囲んで、汐見課長や拓夢たちがそれをにらんでいる、という異様な状況なのだが。


「異様な圧迫感があるわよね」

「俐玖さん、ちょっと声かけてきてくださいよ」

「嫌だよ」


 さらに藤咲も交えてわちゃわちゃしていると、汐見課長から声がかかった。


「鞆江さん、ちょっといいかな」

「はい」


 名指しで声をかけられてしまったので、俐玖は会議室の方へ向かった。藤咲と麻美が「がんばって」とばかりに送り出す。結界を越えるとき、冷や水を浴びたような冷気を感じた。


「専門外です」

「開口一番何言ってんだよお前は」


 一息につっこみを入れたのは拓夢だ。彼は着替えた俐玖を見て言う。


「なんつーか、公務員っぽくない格好だな。どこのヘリ飛ばしに行くんだ」


 スキニーにタートルネックの薄手のセーターにフライトジャケットを羽織っているので、確かにどこのパイロットですか、と言う感じではある。そう言う服しかなかったのだ。


「……今度、ヘリの免許取りに行こうかな……」

「行くなとは言わんが、それ以上芸を増やしてどうするんだ」

「芸……」


 さらっと宗志郎がひどい。俐玖が子供のころからの付き合いなので、扱いが雑なのだ。ただ、俐玖が困っているとドイツ語で会話してくれる頼りになる相手でもある。


「それより、これだ。神倉は術としては破綻している、と言うんだが」


 しかも話を切り替えてきた。いや、こちらが本題ではある。俐玖は開封された段ボール箱を上から覗いた。中の木箱は、まだ蓋がされている。


「破綻しているかはわからないけど、成立はしていない気がする。蟲毒の一種かな。触れる勇気はさすがにないけど」


 弱いがサイコメトリーを持つ俐玖が触れれば、それなりの情報は手に入るだろうが、さすがの俐玖も直接触る勇気はなかった。


「うーん、開けてみようか?」


 案外好奇心旺盛な汐見課長が言った。その場にいる全員が顔を見合わせる。多分、汐見課長が言うのなら開けても大丈夫なのだと思うのだが。


 問題は、誰が開けるかだ。


「俺は開けた瞬間に対応したいから、無理!」


 神倉が真っ先に離脱した。確かに、貴重な術者である神倉には何かあった時の対応をしてもらわなければならない。つまり。


「結局、俺か」


 あきらめたように脩が木箱のふたに手をかけた。彼も、この一年弱でこの課に感化されてきている。もともと肝は据わっていたが。


「……開けます」


 一呼吸おいて脩は木箱を開けた。こわごわ、俐玖ものぞき込んだ。


「……中身は?」

「お前、初めに言うことはそれか?」


 拓夢につっこまれた。だって、中身がない。いや、この言い方は語弊がある。壺はある。割れた壺だ。だが、中身はない。俐玖自身が言ったように蟲毒であるなら、中身が入っているはずだ。


「蟲毒は一つの壺に蛇とか虫とかを入れて、最後に残ったものを使って呪う、だったな?」

「うん……」


 脩が確認するように俐玖に尋ねた。蓋を開けた彼は怪異の影響を受けにくいが、それだけで浄化の能力などはない。


「……いや、そうだな。蟲毒は中身が入っている『はず』なんだ。俺たちは誰も、その中身を見たことがない」

「ああ……蟲毒の最後の状態がどうなっているかわからない、と言うことね」


 宗志郎の言いたいことに、俐玖は気づいたが他はピンとこなかったようなのでもう少しかみ砕いてみた。ああ、と汐見課長が納得したようにうなずいてさらに簡単に言った。


「術が成功したからと言って、中身が入っているかは誰にもわからない、と言うことだね」


 ここまで言って、やっと脩は気づいたらしい。確かに、と感心したようにうなずいている。


「僕たちは誰も蟲毒を行ったことがないからね。とはいえ、神倉君も鞆江さんもこの術は破綻していると言っている。何故かな」


 汐見課長が指摘した。それもそうだ。中身のあるなしにかかわらず、この術は破綻している。俐玖の見立てはともかく、神倉がそう言うのなら可能性は高い。


「そもそも、これはどこから持ってきたんだ?」


 宗志郎が指摘したことで、俐玖はまだ何故これを拓夢たちが持ってきたのか誰も知らないことに気づいた。


「昨日の晩のことですが、一件殺人事件がありまして」


 拓夢は捜査一課なので、これは職務内である。


「それを調べに行ったんですが……殺された男性の書斎から、これが出てきまして」


 と、拓夢が指をさすのでみんなで段ボール箱に入った木箱、ひいては蟲毒に使われたと思われる壺を見た。


「段ボールに封をしておいてありました」


 補足したのは、ここまでほぼ聞き役になっていた沢木である。密封されていたようだ。


「……単純に考えると、蟲毒を行ったのはその死んだ男性ってことか?」

「でも、殺されたんだよね?」


 神倉の言葉に俐玖が首をかしげる。神倉も「そういやそうか」と首を傾げた。


「そう言うのを調べるのは俺たちの役目なんで、とりあえず見解を教えてください」


 きっぱりと言ったのは拓夢だ。それもそうだ。俐玖たちはただの地方公務員なのだ。いや、警察だって公務員だけど。


「失敗した蟲毒。以上!」


 簡潔に神倉が述べた。俐玖もうなずくと、拓夢は「わかりました」と生真面目にうなずいた。


「失敗したら、どうなるんですか?」

「ものによるけど、多くの呪術、特に魘魅えんみの術は、失敗すると術者本人に返ることが多い。その術を使うのに代償を払ってるからだ」


 神倉が真剣な表情で言った。人を呪わば穴二つ、ということだ。俐玖と宗志郎も、意見としては同じなのでうなずいた。神倉の言葉を聞いた拓夢は腕を組んで、「つまり」とまとめようとする。


「亡くなった男性が蟲毒を行い、失敗して自分に返ってきた可能性がある……」

「あくまで可能性だけど。蟲毒が失敗するとどうなるか、現代で知っているものはいない。けど、『誰も知らない』ということが示していることもある」

「結果を知っている人が、誰も生きていない」

「そういうこと」


 俐玖のつぶやきに、神倉が即答でうなずいた。ただどうしても、憶測の域は出ない。


「いや、それは構いません。結局のところ、呪いは罪に問えませんから」


 拓夢の冷静な言葉に、その場がそりゃそうだ、となった。律令の時代は呪詛は罪だったが、今は実証できないために刑法に記載されていない。


「呪詛が行われた壺であることは確かだし、よければ封じくらいはしておくけど」

「お願いします」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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