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【Case:08 お守り】3








 脩が同じ家で生活しているのなら、その気に充てられて下手なことにはならない、一週間くらいは大丈夫、とみんなに太鼓判を押されたが、それでも脩は不安だった。

 一週間、みんなの言う通り無事に過ごして週末を迎えた。土曜日の午後、俐玖と麻美が訪ねてくるので、脩は近くのショッピングモールまで二人を迎えに行った。


「俐玖、日下部」

「あ、向坂さん、こんにちは~」


 麻美がひらひらと手を振る。二人はショッピングモール内の本屋の前で待っていた。一番わかりやすかったのである。


「ご足労、ありがとうございます」


 脩が頭を下げると、俐玖は「お出迎え、痛み入ります」と同じく丁寧に頭を下げた。麻美は「ごそくろう?」と首をかしげている。こういうところが少し心配になる。語彙が少ないところを除けば、優秀な公務員なのだが。

 二人に車に乗ってもらい、脩の自宅に連れていく。今日は妹と母はいるが、弟は大学のサークル、父は休日出勤だ。トラブルが起きたらしい。


「まあ、いらっしゃい」


 母は楽しそうににこにこして脩の同僚を出迎えた。


「俺の母だ。母さん、同僚の鞆江俐玖さんと日下部麻美さん」

「初めまして」

「お邪魔します」


 俐玖は生真面目に、麻美は朗らかに挨拶をした。何が楽しいのか、母は微笑んだままだ。


こずえは居間にいるわ。後でお茶を持って行くわね」


 母はそう言ってキッチンに引っ込んでいく。脩の実家はこのあたりに昔からある住宅なので、少々様式が古い。俐玖が物珍し気に家の周囲を囲む縁側を眺めていた。


「俐玖、うちの居間、座敷なんだが大丈夫か」

「それは平気。拓夢の家だって畳の部屋だったしね」

「いや、俺は先輩の家に入ったことないんだよ」

「そうなの?」


 こういうところ、ちょっと天然が入っているな、と思う。麻美がくすくす笑った。


「梢、入るぞ」


 一応声をかけて襖を開ける。部屋の反対の襖を開ければキッチンにつながっているので、開放していることの方が多いが、今日はお客さんが来るので締め切っている。

 ここのところ妹に今日この時間に家にいるように言い聞かせていたので、脩はきっとにらまれた。と言っても、母に似て優し気な顔立ちの妹がにらんだところでさほど迫力はない。


「俐玖、日下部。彼女が妹の梢だ。高三の受験生。梢、俺の同僚の鞆江俐玖と日下部麻美」

「……梢です」


 警戒心丸出しの堅い声で梢が名乗った。だが、俐玖と麻美も慣れたものでけろっと言った。


「鞆江俐玖です。お兄さんにはお世話になっています」

「日下部麻美です。麻美って呼んでくださいね」


 母がお茶を持ってきた。お茶菓子に羊羹も置いて行く。俐玖と麻美が礼を言った。


「梢ちゃんは高校三年生だと聞きました。どこの高校ですか」

「……北斉ほくせい高校」

「わ、頭いいですね」


 このあたりの公立の進学校の一つで、脩もここの出身だ。制服があまり可愛くない、と言う評判である。


「……日下部さんは?」


 流れを読んで梢が尋ねた。麻美は笑って「北夏梅西高校です」と言った。北なのか西なのかわからないが、市名が北夏梅なので仕方がない。ちなみに、普通科のあるこちらも公立高校だ。


「あたしはあんまり頭がよくなかったので、大学はいきませんでしたけど」


 西高も進学校ではあるので、八割以上の生徒は大学に進学しているはずだ。そこで就職しようと考えた麻美が逆にすごい。


「俐玖さん、どこでしたっけ。むしろ、日本にいました?」

「いるよ。白鷺学院」

「えっ、お嬢様?」

「全然」


 俐玖が首を左右に振る。白鷺学院は十年ほど前まで女学校だった。今でも女子生徒の人数の方が多い、ミッション系の私立高校である。中学校から大学まであるはずだ。こちらは、制服が可愛いということで評判である。


「北夏梅大学付属高校を受けたけど、落ちたの」

「あ、そうなんだ……」


 梢が何とも言えない表情になる。優秀な人なのに、俐玖は意外と挫折経験が多い。


「でも、大学は北夏梅大学じゃなかったです?」

「そうだよ」


 県内では最も頭がよいとされる大学だ。梢の目が見開かれる。


「頭いいですね」

「多分、あなたのお兄さんの方が頭がいいよ」


 苦笑する俐玖を見て、梢は脩の方を見る。それから、ふん、と顔をそむけた。一応、仲の良い兄弟だと思っていたので、これはちょっと堪える。


「北夏梅大学の何学部ですか? 二次試験、難しいですか」


 梢の志望校の一つが北夏梅大学なので、俐玖にあれこれと質問している。ただ、狙っている学部が違うので本当に参考までだろう。


「梢さん、すごく勉強してるんだね」

「まあ、受験生だし……」


 俐玖の言葉に、梢が少しむすっとして答えた。俐玖は「上が頭いいと、下は大変よね」と珍しく梢の心情に理解を示したようだ。俐玖の指摘が当たったようで、梢は「鞆江さんにも兄がいるんですか」と尋ねた。


「いや、私は姉がいる。これが頭がよくて」


 まあ、オックスフォードを受験し、卒業できるくらいなのだから頭はいいだろう。脩は以前会ったことのある恵那を思い出す。


「話は飛ぶけど、受験の祈願に神社に行った?」

「えっ……まあ、最後の最後は神頼みって言うし」


 一応行ったらしい。兄妹とはいえ、脩も梢の行動をすべて知っているわけではない。まあ、脩も受験前は神社に祈願に行ったので、その行動がしたくなるのはわかる。


「……お守り、持っている?」


 そこまで俐玖が言うと、梢が一気に警戒した表情になった。


「家の雰囲気がおかしいの、私のせいだって言いたいの」

「いいえ。梢さんが何かしたとは思っていないよ」


 梢がにらんでも、俐玖は動揺した様子もなく、それまでと同じ調子で首を左右に振った。それに毒気を抜かれたのか、梢も肩の力を抜く。


「じゃ、なんでそんなことを聞くの」

「こういう場合は、外から何かを持ち込んだときに起こることが多いから」


 異物が入り込んでいるのだろう、とは、脩も汐見課長に聞いていた。そこまでわかるのだから、汐見課長に来てもらった方が早かった気がするが、おそらく持ち込んだであろう梢が女子高生なので、年の近いこの二人が来たのだ。


「……違ったら?」

「五人家族でしょう? 全員調べればいいだけだよ」

「……」


 俐玖はやると言ったら本当にやるだろう。脩は遠い目をする。しかし、彼女の言っていることは合理的だ。五人家族なのだから、全員調べればいい。


「真面目過ぎない?」


 言いながら、梢は立ち上がった。


「ちょっと待ってて。部屋に行って持ってくる」


 どうやら本当にお守りを持っているらしい。襖を開けて、梢は自分の部屋のある二階へ向かう。その間に、脩は身を乗り出して同僚に尋ねる。


「解決できそうか」

「大丈夫だよ」

「梢ちゃんも、嘘は言っていませんよ」


 俐玖も麻美も笑って言った。麻美が言うのなら、梢は自分にとっての事実を話したはずだ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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