表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/99

【Case:06 影法師】5








 翌日の午後、拓夢は被害者女性の一人と約束を取り付けてきた。仕事が早い。今日も脩は鞆江のお供だ。彼女は本当に想定問答一覧を作ってくれたので、それを暗記する。

 拓夢が約束を取り付けてきたのは二人目の被害者の十九歳の女性で、杉原すぎはら香奈かなという専門学校生だった。メイクなど美容について学んでいるらしく、本人も身ぎれいな女性だった。彼女は入ってきた鞆江を見て言った。


「うわあ、きれいな目。カラコン? ……じゃないのね」


 じろじろと眺められて鞆江がたじろいだ。よく見ていると思った。鞆江の髪も目も青みがかっているのだ。本人も言っているが、東洋系の顔立ちに近い彼女だが、発色が日本人的ではないのだ。

 拓夢によると、杉原が三人の被害者の中で一番軽傷かつ年長で、気丈なのだそうだ。そのために最初に面会依頼を出して、許可された。鞆江が手を握りたいと言うと、喜んで手を差し出してきたのでやっぱり鞆江がちょっと引いた。質問するのは脩だ。


「杉原さんは四日前の夜九時ごろ、住宅街を歩いていた。間違いないですか」

「それくらいだと思います。友達と遊んだ帰りで、あの辺暗いからちょっと怖いんですけど」


 ちなみに、杉原は一人暮らしだそうだ。実家は県内だが、反対側と言っていいくらいの距離なので、一人暮らしで専門学校に通っているらしい。


「嫌だったら答えなくても構いません。少し怖いことを聞きます。襲われる前触れ、のようなものはありました?」

「……よく、わからなかったんですけど」


 明朗に答えていた杉原の声が戸惑いがちになる。彼女の手を握っていた鞆江がわずかに肩を動かした。本人が認識できない範囲で、何かに気づいていたのかもしれない。


「体が倒れるくらいの衝撃を受けたのは覚えてるんですけど、気が付いたら病院で、全身痛いし」


 杉原は幸い……とは言えないが、腕にひびくらいで済んでいるが、他の二人は骨折に至っている。入院させられてあれこれ検査されて、どうやら乱暴されたわけではないという結論に至り、明日か明後日には退院できることになっている。


「……ちょっと、家に帰るの怖いなあって」


 杉原の本音だろう。家に帰ると一人なのだ。その道中で襲われたのだし、帰るのが怖いというのは自然な感情だ。


「一応、警察も見回りを強化してはいるんですが」


 拓夢はそう言うが、そういう問題ではないとわかっているのだろう。それ以上の言葉が出てこない。杉原も「わかってるんです」と苦笑を浮かべる。


「一応、明日には母が来てくれる予定ですし」


 隊員に付き添って、そのまましばらく一緒にいられるのなら、その方がよい。これまで被害者が三人出ているが、その被害者が再び襲われないとは限らないのだ。


「鞆江さん、どうだ?」

「……うん。いいよ」


 言葉少なだが鞆江の許可が出たので、もう少し話を聞いて面会は終わりだ。終わり際に、杉原がすちゃっとスマホを取り出した。


「鞆江さん、連絡先交換しようよ。メイクの被験者になってみない?」

「ならない」

「ええー」


 残念。振られた。脩や拓夢も苦笑いだ。鞆江は純粋な日本人の顔立ちではないが、端正な面差しをしている。確かにメイクが映えるだろう。


「お前、化粧の方法、教えてもらえばいいんじゃないか」


 拓夢が笑いながら言うと、鞆江が「なら芹香を紹介しよう」と真顔で言うので、拓夢も真顔になった。


「いや、あいつをより美人にしてどうするんだ」


 たかる虫が増える、と真顔で言うので、脩は思わず噴き出した。杉原はこういう話が好きなのか、

「刑事さんの彼女? 美人なの? 見たい!」と興奮気味だ。拓夢は「機会があれば」と軽く流して、面会時間が終了した。

「本格的にカウンセラーを付けた方がいいんじゃない?」

「だなぁ。話しとくわ」


 病室を出てから、拓夢と鞆江がそんなことを言った。廊下で待っていた沢木が首をかしげて、「何かあったんですか」と尋ねた。見ていたはずの脩も同じ気分だ。


「家に帰るのが怖いとは言っていましたけど、随分元気そうに見えましたけど」

「自分は大丈夫だ、と思い込むためだろ」

「相手に心配かけまい、としているんだね」


 拓夢にも鞆江にも言われて、なるほど、と思った。不安を押し殺すために、あえて明るく振る舞っていた、と言うことか。


「そんで、俐玖、犯人は?」


 拓夢の真面目な声に、脩の背筋がしゅっと伸びだ。もともと伸びていたのであまり伸びなかった。鞆江は低い声で答える。


「少なくとも杉原さんを襲った相手は、人ではない」


 拓夢の勘が当たっている、と言うことだ。車に乗ってから詳しい話をする。


「杉原さん自身に記憶はないけれど、襲ってきた犯人を見ている。影、のようなものと言えばいいんだろうか。明確な実体がないのだと思う」


 少なくとも、鞆江の能力でははっきりした輪郭をとらえることはできないそうだ。以前、境界を越えた脩を迎えに来てくれた鞆江は、山の怪異を「まだ名前のないもの」と言った。その存在が確定していない、ということだろうか。


「実体を得るために襲撃してるってことか?」

「やっぱり血を集めているんじゃないかな」


 血には力があるのだそうだ。急にファンタジーになって脩は戸惑うが、原理的には理解できるような気もする。


「……ちなみに、実体化したらどうなる?」

「どうだろうね。エクソシストでも呼んでくる?」


 鞆江が苦笑してまぜっかえすので、拓夢が彼女の頭をはたいた。


「痛っ」

「真面目にやれ」

「真面目にやってるよ。ていうか、相手がその手のものなら、私にはちょっと厳しいな」

「嘘だろ。……いや、そもそも遭遇しないといけないのか」


 おそらく、相手が若い娘の血を好んでいるということしかわからない。それだけでは出現位置が特定できない。つまり、狙って遭遇することはほぼ不可能だ。


「おとりを置くか? 北夏梅の外では話を聞かないから、出現範囲は狭いはずだろ」

「ああ、出現位置をだんだん狭めていくのもいいかも。長期戦になるけど」


 出現位置を中心に結界を張って、他に出現したら、その場所を元に範囲を狭めてく……という方法だ。だが、この方法だと時間がかかるし、他に被害者が出る。

 原因はわかったが、解決方法がわからない。ひとしきり頭を悩ませたが、ひとまず役所に帰ることにした。やはり拓夢に送ってもらったのが、鞆江がその車中で尋ねた。


「そういえば、芹香に変なこと言ったの、拓夢?」

「変なこと?」

「ストーカーがどうとか」

「ああ、芹香に言ったのは俺だけど、元をたどれはお前の隣にいる男が言い出したんだぜ」


 鞆江の顔が隣の脩に向いた。何度か目をしばたたかせ、「なんで脩?」と不満そうだ。


「なんでと言われても」


 沢木がいるので、あまり詳しい話はしたくないので言葉を濁す。鞆江も察したようでむっと唇を尖らせながらもそれ以上突っ込んでこなかった。


「じゃ、なんかあったらまた連絡するわ。それと、お前らもちゃんと話し合っておけよ」


 拓夢がさらっと言って颯爽と去っていく。いや、車だけど。沢木は何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これは、うーん。この章が終わったら一旦連載停止になりそうな感じです。

始めたからには完結まではいきますが…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ