【Case:03 落とし物】4
「……大枠では間違っていないけど」
苦笑して鞆江はうなずいてから説明し始めた。
「邪眼除けだよ、これは。でも、性能としてはかなり低いと思う。魔術的に成立してはいるけど、実際に邪眼をはじくことはできない」
「邪眼って、魔眼みたいな?」
「そう」
「Fa〇eね」
「fate……宿命?」
「俐玖ならアー〇ャーかしら」
「ああ、ゲームの方ね。私、どちらかと言うとsniperなのだけど」
思わず噴き出した。件のアニメや映画にもなっているゲームを知っているので、余計に。女性陣の視線が脩に向く。
「す、すみません。どうぞ、続けて」
笑いをこらえようとして腹筋がひきつる。音無は面白そうに、鞆江はやや眉をひそめながら話に戻っていった。
「まあそういうわけだから、触ると何かしらの影響はあると思う」
「それがばちってするのね。不審者にやってくれるなら護身用になるけど、無差別ならただ危険なだけじゃない」
「そういうこと。どうする? こっちで処理してもいいけど、落とし物なんだよね?」
「そうよー。でもまあ、置いとく方が危ない気がするから、処理した方がいいと思う。午後に課長に確認しておくから、もう少し待って」
「わかった」
音無がてきぱきとお弁当を片付けて、鞆江の机からちょっとお高めのチョコレートを拝借していった。鞆江は「今度返してよ」と一応反論している。仲の良い友達だ。藤咲ではないが、ほっこりする。
午後、鞆江が席を外している間に席の内線電話が鳴ったので、代理でとった。日下部がとることが多いのだが、たまたまだ。
「はい、地域生活課、向坂です」
『あ、向坂君? 市民課の音無ですけど、俐玖はいます?』
すごく気さくな人だな、と思いながら「席を外しています」と言う。
『あ、じゃあ、伝言お願いします。課長の許可が出たので、処理お願いしますって俐玖に伝えて』
「わかりました」
『はぁい。よろしくね』
電話を切る。どうやら、あのイヤリングは処分されるようだ。まあ、ちょっと危険物みたいなのでその方がいいと思う。どう処理するのだろう、と興味深く考えていると、鞆江が廊下から入ってきたので声をかける。
「鞆江さん。音無さんから連絡がありました。課長の許可が出たので、処理お願いします。だそうです」
「了解。ありがとう」
うなずいて椅子に座った鞆江だが、すぐにはっと椅子をまわして脩を振り返った。
「向坂さんは、こういう処理をしたことがあったっけ?」
「いえ、ないと思います。報告書は書きましたが」
すべて終わった後の報告書は書かされたが、それに至るまでの手続きはしたことがないと思う。鞆江の隣の幸島が「お前、よく気付いたね」と驚きの表情を浮かべている。
「よし、じゃあ、向坂にやらせてみようぜ。幸い、わかりやすいやつだし、一連の流れを知ってて損はないだろ」
幸島がそう言ったので、脩が処理することになった。脩の教育係は来宮であるが、彼は今日研修で不在なのだ。接遇研修らしく、接遇の研修を受けに行くとは思えない顔で朝出て行った。
なので、幸島が教えてくれるのかと思ったら、彼は鞆江に丸投げした。
「私、説明がうまくないんですけど」
「いざとなったら英語で説明しろよ」
「そういう問題ではないと思うのですけど」
釈然としない表情を浮かべつつ、鞆江が脩の横に来てパソコン画面をさしながら教えてくれた。別に、日本語で説明できている。
「ひな形がこれで、実際に入力した文書はこっち。参考にしながら書いてみて。決裁が報告まで終わったら、勝手に変更できないように変換して登録する」
「なるほど。やってみます……件名、どうしましょう?」
ケースナンバーは順番に振っていけばいいのでいいのだが、名前はどうしよう。何か決まりでもあるのかと思って尋ねたが、特にないらしい。
「わかりやすい方がいいけど、特に決まりみたいなものはないね。似たような名前も多いし」
ナンバーを振っているので、間違えることはないので気にしていないようだ。わかりやすく、『邪眼除けイヤリング』とした。発覚場所は市民課(落とし物)。相談者は音無で、対応者は鞆江。報告者が脩だ。
相談内容と見解を書き、それに対する対応を記す。決裁が回ったら、その対応をとるのだ。
「普段は後から作ることが多いけど、本当は先に決裁を取らないといけないの」
「なるほど。そりゃそうですよね」
妙な部署ではあるが、お役所なのだ。そういう手順と言うのは存在する。お伺いを立ててから執行するのが本来の順序であるが、通常はそこまで待てない。なので、事後報告になるのだ。
決裁は電子だ。サインもタブレットに書き込める。東夏梅市は結構デジタル化している気がする。
決裁は地域情報研究課を回って、市民課へ。市民課長の決を得てから、イヤリングを何とかするらしい。市民課長の承認の報告があるまで、鞆江も脩も待ち状態である。その間に、鞆江は対処の準備をするらしい。
「対処って、どうするんですか?」
「人によるかな。神倉さんとかはそのまま払ったりするけど」
自称似非陰陽師であるところの神倉は、邪気を払ったりできるらしい。本人に言わせれば本業ではないし、どちらかと言うと召喚士の方が近いそうだ。ファンタジーすぎてさすがの脩もついていけない。
鞆江の場合は、もう少し理屈っぽい。鏡を内側に箱を組み立てて、力を乱反射させて壊すのだそうだ。鞆江がとる方法は、基本的に対処療法になる。遮るとか、方向性をずらすとか、そういう方法。今回はそれで問題ないそうだ。本番で見せてもらおう。きっと解決後に提出を依頼される報告書に取り掛かった。
住民課長の許可を得て、決裁が戻ってきたのは夕方のことだった。早かった方だろう。それを鞆江に告げると、では住民課に行こうか、と小さな箱とタブレットを持って言った。慌ててタブレットは受け取る。
「はあい! あたしも行きます!」
日下部が勢い良く手を挙げて、ついでに立ち上がったが、幸島に却下された。
「お前はだめだ日下部。俺が行く」
「ええー。ぶーぶー!」
ノリの軽い日下部がブーイングをあげるが、幸島はにべもなかった。
「お前主事補だろうが。係長以上の確認がいるだろ、この場合。だから俺が行くの」
幸島の冷静かつまっとうな理由に日下部も残念そうにしながら引き下がった。ちなみに、院卒の脩も、大卒三年目の鞆江も主事だ。
住民課長と依頼者である音無と合流し、近くの会議室に入った。鞆江が持ってきた小さな箱を開けて見せる。内側は前面鏡張りで、音無が「まあ」と声を上げて口元を手で押さえた。
「この中にイヤリングを入れて、封じておきます。鏡で乱反射して、力は外に出ません。さらに、上から封じの文言を書いておくので、そうそう開けられることもないでしょう」
たぶん、と最後についた気がしたのは脩だけではないと思う。
処置をして住民課長のサインをもらい、幸島がチェックして一通りの処理が終わった。後は報告書を書いて提出する。
「写真が撮れそうなときは取っておけよ」
「つまり、今は撮れるから撮っておくんですね」
タブレットで鞆江がラテン語で封じの文言を書いた箱を撮る。文言がアルファベットなので、ぱっと見かなり怪しい箱である。脩だったら絶対に触らないタイプの怪しさである。開けたら変なものが蔓延しそう。
それを施した鞆江は、音無にあれこれと聞かれている。根掘り葉掘り聞かれているようで、かなり丁寧に説明していた。
「ありがとう! 今度ご飯に行きましょうね。デザートくらいはおごるわ」
「わかった。中間報告も送るね」
「別にいらないわよ」
「規則なので、受け取ってください」
ちゃんと規則通りにしないと、監査が面倒くさいらしい。音無もわかっているのか、「わかってるわよ~」とおっとりと言った。
封じの書かれた開けるのをためらう箱は、そうした処置したものを並べた倉庫の棚に置かれた。番号が振ってあって、今回のイヤリングはDの五十一番だった。随分ある。なお、Dは危険度が低い際の割り振りである。アルファベットが若くなるほど危険度が上がる。
「後は、報告書を書いて、許可を取るのに作った起案書を一緒に回して、終わり。紙ベースのものは可動式戸棚に、電子データの方は共有フォルダの方に保存して、終わり」
途中でわからなくなったら聞いていいよ、と俐玖は言って、自分の作業に戻っていった。確かに、依頼があった際の大まかな流れは理解できたと思う。報告書を書き上げ、次の日にはその事件は保管場所に収められるのみになっていた。
これで一通りの作業をしたことになる。だが、どうしても例の通りに行かないことが出てくる。それに対処できるかはわからない。まあ、これは経験を重ねていくしか対処法がない気がするが、これで事務処理くらいは手伝えるのではないだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一応伏字にしてありますが、こんな感じでメタな発言が出てくるかと。




