19.目立ちたくない聖女さんだがファンに捕まる
「のうのう、セラよ。そなたは村一つ救ったのじゃし。もっと堂々と移動しても良いのではないか? 信者も増えるじゃろうし、旅費なんぞも喜んで出す人間はかなりいそうじゃが?」
「うーん、それはご勘弁願いたいですね」
「どうしてなのじゃ?」
先代魔王ブラッド・ヘカテ・リリモーティシアさん。あだ名はリリちゃんに私は言う。
今は馬車を休ませて、少し休憩中だ。
「目立ちたくないんですよね。あくまで人目につかないように、ひっそりと人々を大量に癒し続けたいのです! なにせ、目立ってしまったせいで宮廷聖女になってしまって、癒し中毒が満たされなかったわけじゃないですか! 同じ失敗は二度と繰り返さないようにしませんと!」
「前半だけ聞くと聖女の鑑っぽいんじゃが、後半はただの変人なんじゃよなー! なんて残念な聖女なのじゃ、これだけの才能を持ちながらっ……!」
「またスカウトでもされたら困りますからね。今度こそは静かに一般人として暮らしながら、地味~に癒しの旅を続けていきたいです」
「変な悩みじゃなぁ。もったいないような気もするが、まぁ、何を言ってもしゃーないのじゃ」
何だか呆れられてしまいましたが、いやいやこれは大事なことなのだ。
「癒すのは好きですが、多くの人々を癒したい訳なので、目立ったりすると誰か個人や組織の専属聖女にさせられてしまう。そうなると、好きに癒しに行けませんし、宮廷だと礼儀作法だとかもうるさくなってしまうのです。ああ、その時間で何人癒せるはずだったことか!? そういうのより、癒しの時間を大切にしたい私としては、平民が一番都合が良いんです!」
「ああん、もう。分かった分かった。分かったのじゃ!」
リリちゃんについ力説してしまった。ああ、でも。
「ま、元宮廷聖女の肩書きは使い勝手良いので、時々使いますが」
「しっかりしとるの」
また呆れられてしまいましたが、
「癒しに役に立つなら何でも良いですから」
そうか、とリリちゃんは頷く。
ところで、リリちゃん。
「気づいています?」
私は普通の調子で聞く。すると、リリちゃんは何でもないように、
「ん? ああ。そうじゃな。さっきから木の上に間者がおるのう」
と答えた。
「捕まえますか?」
「そうじゃな。面倒じゃが、儂への追手かもしれんし……そりゃ!」
リリちゃんはそう言うのと同時に、見えない速度で後方の木に向かって手刀を一閃させた。
あっさりとその衝撃刃は木を切断する。
すると、
「あわわわわ! きゃあああああああああああああ!?」
倒れる木の上から、勘高い悲鳴が聞こえてきたのだった。
「い、いたたたたたた……」
「今のうちに縄でしばっておきますか」
「うむ。で、そなたは何奴じゃ? 儂を殺しに来た暗殺者か? それとも、あるいはセラへの暗殺者という線もあるかもしれんな」
「ああー、あの第1王子さんネチっこそうですからねー。そもそもあんまり話したことないんですけど。嫌味はよく言われましたが」
「前の男の話はいいじゃろ。今は儂がおるのじゃし。で、それよりこの女子じゃが、どうする? 敵ならば容赦は……」
とそこまでリリちゃんが言った時でした。
「ち、違います! 私はセラ様のファンです!」
そう言ってキラキラとした瞳で、私の方を見たのだった。
よく見れば、長い耳がピコピコと動いていた。
エルフ?
私は驚きつつも、
「癒したことない人種だ~」
思わず笑みを漏らすのだった。
はぁ~~~~~~~~~~、という長いため息が、隣から漏れているような気がした。




