第099話 『世界再構築』③
「我の序列はどうなっている?」
エゼルウェルド王が発した「序列」という単語に反応して、ルーナが己のそれをフレデリカに確認している。
どうも竜種というものは順位付けに敏感な種族であるらしい。
興味津々の様子で尋ねるルーナのその様子は、幼い子供が大好きな両親に「私と妹ならどっちの方が好き?」と聞く際の無邪気な残酷さにどこか似通っている。
表情は笑顔で声も機嫌が良さそうなのにもかかわらず、目が本気なのだ。
「ルーナ様はリィン様、ジュリア様に次いで第3位ですね。アイナノア様が第4位となります」
「……なるほど。妥当なところだな」
自身の答えを聞き、一瞬の間をおいてからソルの膝元で満足そうに笑うルーナを見て、フレデリカは胸を撫で下ろした。
にこやかに答えていたフレデリカだが、内心では大量の冷や汗をかいていたのだ。
いやこの場にいるソルとアイナノア以外の全員が、フレデリカと似た想いを得ていたはずだ。
嘘を伝えるわけにはいかないが、フレデリカたちが勝手に定めたその序列が全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアの納得いくものであるかどうかの確信を誰も持てていなかったからだ。
もちろんフレデリカは、全竜と知り合って以降に得た情報を総動員してはいた。
ソルの忠実なる従僕たらんとする全竜は、元々の幼馴染であったリィンとジュリアにだけは常に他へとは違う配慮をしているのは明確であったし、『妖精王』へ対しては今もあからさまな対抗心を見せている。
だからといって『全竜』ともあろう存在が、人の下に置かれることを良しとするかどうかなど正確に予測できるはずもない。
ソルがいるからには取り返しのつかないことにはならないとはいえ、自らの失態で全竜の機嫌を損ねることなど、できれば避けたいに決まっているのだ。
であれば無理してまで序列なんか定めなくてもとソルとしては思うのだが、絶対者の側に仕える者には重要だと、フレデリカをはじめとしたエメリア王家の者たちは判断している。
与えられた者たちにおける上下も重要だが、序列を与えられている者といない者という区別もまた重要なのだ。
これから人の世界を統べていく中核組織においては、「ソルさえ説得できれば後はどうとでもなる」という事実を前提とするわけにもいかない。
それをできる者を厳選する必要はあるし、その権利を持たぬ者がやることについては厳罰を以て戒めねばならない。
普通であれば神格化した傀儡を都合よく使う既得権益者を生み出すことしかできないであろうその仕組みも、トップが真の絶対者であれば大筋は正しく機能するとフレデリカたちは判断しているのだ。
「あのう」
「えーっと」
だがその序列の第1位と第2位に据えられたリィンとジュリアにとっては、正直なところ重い。
ソルを君付け、『全竜』と『妖精王』をちゃん付で呼べるリィンはまだしも、ジュリアにしてみれば蒼白となっている婚約者に申し訳ないという想いも強いのだ。
「僕が決めたわけじゃないからな?」
一方でソルとしてみれば、偉そうに自分が序列付けをしたと思われるのは結構キツい。
その序列にとんでもない意味を見出されることを理解できているからにはなおさらだろう。
「はい。あくまでも我々、ソル様に側仕えできる者が勝手に決めているにすぎません。ですのでソル様のご判断があれば即座に入れ替わりますね」
「僕は別に……」
「もちろん、すべての者に序列をつけようというわけではありません。いまのところまだ一桁に過ぎませんよ」
そういってフレデリカが微笑む。
ソルがどういったところで、最終的にそれを承認した時点でソルがその序列を定めたことに変わりはない。
我ながら往生際が悪いと自覚したものか、ソルは少々赤面してしまった。
ちなみに現在の暫定序列は第九位までが定められている。
第一位 リィン・フォクナー
第二位 ジュリア・ミラー
第三位 全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア
第四位 妖精王アイナノア・ラ・アヴァリル
第五位 スティーヴ・ナイマン
第六位 ガウェイン・バッカス
第七位 エリザ・シャンタール
第八位 イシュリー・デュレス
第九位 フレデリカ・トゥル・ラ・エメリア
この9人のみが、現体制においてソルに直言することを赦されているというわけである。
ガウェインについては魔導装備作成の際にソルとの打ち合わせは必須なので、政治に関わる「御前会議」出席メンバーとは違い、この序列第六位については快諾している。
イシュリー・デュレス司教枢機卿については政教分離の前提に基づいて「御前会議」のメンバーからは外れてもらっているが、宗教面――聖教会を統べる立場の者がソルと直接会話できないのでは文字通り話にならないので第八位は順当だろう。
イシュリーにしても序列が与えられてさえいれば、「御前会議」のメンバーであることにこだわる必要もない。
「はっはっは。僕たちは序列すら与えられてないんだよ、スティーヴ殿!」
「王たる余にも与えられておらんのだ、一冒険者に与えられるはずもあるまいよ」
「御前会議」のメンバーではあれど、序列を与えられていないマクシミリア王子が快活に笑い、それに苦笑いでエゼルウェルド王が突っ込みを入れている。
「胃が痛え……」
「同意します……」
その光景をいまいち現実として受け入れ切れていないスティーヴが思わずぼやくが、さも同じ立場の如く呟くソルへと思わず半目を向けてしまうことは止められない。
まあ序列だのメンバーだのどころか、それらを定める「御前様」とされているからにはそれなりの心労もあるのだ、こう見えてソルにも一応は。
「あの……本当に私がこんな場にいてもいいのでしょうか?」
だがそんなスティーヴよりも落ち着かなげなのが、一月前までは城塞都市ガルレージュのスラムを根城とする非合法組織において、末端構成員でしかなかったエリザである。
酷い火傷はもう見る影もなく、この一月で健康状態も改善されて本来の美しい少女となっている。
だがこの面子の中では、自嘲ではなく「普通」だと思ってしまうこともまた確かだ。
「いてもらわねば困りますよ」
「それはそう」
フレデリカの笑顔でのフォローと、それに即座に同意してくれたソルはありがたい。
当然エリザには、ソルのためであれば自分にできることはなんでもしようという覚悟はある。
あるが、この場にいることを自ら相応しいと認められるほどの自信を持てるだけの実績を、いまだ積み上げられているとは思えないエリザなのである。
「ですが私よりも、ヴァルター翁の方が――」
「そのヴァルター翁はなんて言ってた?」
そのために思わず出てしまった泣き言に対して、ソルが優しい口調で確認を取る。
「……ソル様に直接意見をお伝えできる立場の者をむやみに増やすべきではない、と」
それを聞いたソルは満足げで、フレデリカをはじめとした他の面子もみなヴァルターの判断に感心した様子を見せている。
エリザは自信がないなどといっている場合ではないのだ。
絶対者であるソルから期待されているからには、さっさとその期待に応えられるように自分を引っ張り上げるしかない。
そのために優秀なヴァルター翁を副官として与えられており、そのヴァルターがそれを充分わかっていると確認できたのでソルは満足そうなのだ。
それを理解できたエリザは、より精進することを内心で誓った。
「とにかく、興国式典までは僕は自由に動いていてかまわないんだよね?」
「はい。何度かは今日のようにご承認をお願いすることになるかとは思いますが」
「助かる」
ソルがフレデリカに確認を取り、最初の「御前会議」が終わろうとしている。
フレデリカにしてみれば、ソルがなにをそこまで焦って魔物支配領域の開放を急いでいるのかを聞きたいところでもあるが、それはこの場ではない方がいいだろうという判断をしている。
「ですが二つだけソル様直々に行っていただかねばならないことがあります」
「……はい」
よってこの場で聞いておかねばならないことを優先した。
「一つはソル様の国の名前を決めて頂かねばなりません」
「あー」
確かにそれはそうだろう。
さすがにこればかりはソル本人が決めなければならない。
これはどうですか? という候補を出すことすらも憚られて当然の話だ。
よってソルも納得せざるを得ない。
「もう一つは選択ですね」
「選択?」
だが少し言いにくそうなフレデリカが発した文言に、ソルは素直な疑問を持つ。
「……後宮の愛妾候補のです」
フレデリカがそう口にした瞬間、リィンの表情がほんの僅かに固まる。
それ以上に引き攣っているのはジュリアの婚約者であるセフィラスだが、それは誤解ですと大声で否定したいソルである。
ルーナは興味深げな表情でソルを見上げ、アイナノアは当然なんのことか理解できずにソルの左腕で遊んでいる。
フレデリカにしてみれば、ここでソルの「わかった」という言質を取り次第、今現在でも各国から打診を受けている数えきれない美姫たちとの面接日時の設定に入る算段なのである。
「やっぱりそうなるよね……セフィラスさん」
「は、はい!?」
「この後、少し時間をいただけますか」
「はい!?」
さすがにソルも後宮については事前に聞かされているので驚いたりはしない。
だがそこで声をかけた相手があまりにも意外だったため、珍しくフレデリカもその美しい顔に驚きの表情を浮かべている。
もちろん他の者たちもそうなのではあるが、返事の声がひっくり返ってしまったセフィラスが最も驚愕しているのは仕方がないだろう。
「――リィン」
「はい!」
続いて自分の脇に立っているリィンにソルは声をかけた。
まさか自分を名指しで呼ばれるとは思っていなかったリィンは、セフィラスほどではないにせよ、かなり驚いている。
「セフィラスさんとの話が終わったら、デートしようか?」
「は――っえ!?」
だがそれに続いたソルの言葉によって、頭が真っ白になってしまった。
さすがに予想外にもほどがあったと見える。
「答えはその後でもいいかな、フレデリカ」
「――もちろんです」
場を支配する驚きをよそに、落ち着いた様子でソルがフレデリカに確認を取る。
その様子を見ながら、フレデリカは自分の描いた絵図面がひっくり返されるであろうことを予感していた。
にもかかわらずその身の内に湧き上がってくるのは、「真の支配者たる者はこうであってこそ」という自分でも不可解な、それでいて不快ではないどころか身の内を猫の舌で舐めあげられるような快感であった。




