第093話 『妖精王解放』②
「? 『神殻外装』は我が兄竜のなれの果てです。千年前は生きた真躰で『勇者』と合一もしておりましたので厄介でしたが、抜け殻では話になりませんでした。これで晴れて我も完全な『全竜』です」
――自慢げに胸をそらしているが、それでいいのかルーナ。
「……一度きっちり、ルーナから千年前の話を聞かなきゃだなあ」
この1ヶ月で千年前のいろいろな情報をルーナに確認はしたものの、細部については後回しにしていた。
ルーナ視点でとはいえ千年前になにがあったのか、ソル派の中核メンバーはすでにある程度把握できているが、まさか『初代勇者』とその『神殻外装』がそういう関係だったとは思いもしなかったソルである。
――抜け殻とはいえ兄竜の真躰を自らの『竜砲』でずたずたにして、もりもり喰ってたのか……
ちょっと竜種の情緒が理解できないソルである。
自分は敵対したとはいえ幼馴染を眉一つ動かすことなく殺していながら、なかなかに勝手な感想と言えるだろう。
「あ」
「どうなさいました」
「これを仕掛けてきている相手を捕捉した――四大迷宮の位置が表示されてる」
『プレイヤー』が逆侵入に成功したのだ。
相手のシステムを乗っ取ることまで可能かどうかは現時点では不明だが、少なくとも当面の敵がどこに潜んでいるのかを特定することは出来たというわけだ。
そしてそれはソルが最奥まで攻略することに憧れ、ルーナの奪われた魔導器官――竜角、竜眼、そして左右の竜翼が封じられている場所でもある。
「それぞれの最奥にいるということでしょうか」
「たぶんね」
「であれば準備を整えねばなりませんね」
「そのための障害は取り除けたといっていいんじゃないかな」
つまりどうあれ絶対に辿り着かねばならない場所なのだ。
そこに敵のボス級がいようが、ルーナの魔導器官が封じられていようが関係ない。
辿り着くことそのものがソルの夢の一部であるからには、やるべきことに変わりはない。
たとえこの情報が化かし合いの果ての愚か者の罠であったとしても、必ずソルはそこを目指すのだから。
そしてソルの言うとおり、地上でそのための準備を十全に整えるための条件は整ったといっていいだろう。
支配者気取りたちが迷宮の底に籠って手出しができないというのであれば、地上を安定させて万全の態勢で迷宮攻略に挑めるようにするだけだ。
そのために必要なことであれば、たとえどんなことであれ骨惜しみをするつもりはないソルなのである。
今回の『聖戦』直前にそのソルの言質を取ったフレデリカの悪い笑顔がちょっと気になるが、フレデリカが必要だというのならばそうなのだろうという程度には信頼もしている。
『させぬよ。人が人らしく在れぬのであれば、今一度世界が終焉を迎えることもやむを得ぬ。確かに汝らには我らの攻撃は通じぬようだ。だが戦闘力――暴力で解決できぬ滅びには、たとえ『全竜』とて対抗できまい』
自分たちがこの世界を支配するための軸足である逸失技術の中枢へ『プレイヤー』の侵入を許しながら、『神殻外装』投入直前以降、沈黙を保っていた『旧支配者』が再び介入してきた。
「わりとしゃべるよね」
「そこは千年前からあまり変わりませんね。黒幕気取りの傀儡どもですから」
だがそれに対するソルとルーナの対応はそっけない。
ソルにしてみればこういう黒幕系は沈黙を保ち、意志の疎通が可能かどうかすらわからない方がずっと怖い。
こんな風に話しかけてくる相手であれば、自らの『プレイヤー』と全竜の力がある以上、なんとでもなるような気がしてしまう。
実際がどうかというよりも、そう思わせてしまうことそのものが悪手じゃないのかなー、と思ってしまうのだ。
そもそも千年前を知る全竜にしてみれば、ラスボス気取りの前座程度にしか思っていないようだ。
ルーナがソルにそう告げたように、真の敵は迷宮の最奥と『塔』の最上にいるのだろう。
『…………終わるがいい』
確かにこの期に及んで言葉は無粋と悟ったものか、『旧支配者』たちはシンプルな一言だけで実力の行使を開始した。
それはべつに負け惜しみのハッタリというわけではない。
逸失技術によって龍脈を支配し、外在魔力の根源である地表近くの龍穴を全て掌握している『旧支配者』の最後の手段。
一時的に地表の生命体、そのすべてを無に帰してでも正しい世界の在り方を護るための、再生を前提とした終焉のはじまり。
海や湖、河の水は血の色に濁り、草木は枯れ果て、空気は澱み地が割れ山脈は火を吹かんと鳴動を始める。
「――なるほど」
天から星が降ってくるだの、雲を突き抜けるほどの巨躯を誇る魔物だのであれば、『プレイヤー』と『全竜』を以ってすればなんとでもできる。
『戦闘』という土俵であれば、ソルが最初に選んだ手札との組み合わせに勝てる者は少なくとも地表にはいないのだ。
「あ、主殿。我は本当にこういうのは、あの」
「うん、わかってる。でもこれ仕込みにしか思えないんだけどな」
「?」
だがルーナが言うとおり、どれだけ強力な攻撃手段を持ってはいても、今この大陸――惑星の表面に発生しようとしている龍脈の暴走による『自然災害』を止める手段を『全竜』は持ち合わせてなどいない。
この惑星を砕けと言われればできなくもないのだろうが、壊れゆく世界を護れと言われても『全竜』にはそんなことは不可能なのだ。
明確な『敵』がいなければ、十全に機能することができない。
それはまた、別の手札の役割なのだから当然だ。
そしてその手札は今、こちらの手の内にある。
それすらも見越した何者かによるシナリオの存在を、ソルは疑わざるを得ない。
千年前、戦力でいえばはるかに劣るはずの人類を勝利に導き、『封印されし邪竜』、『囚われの妖精王』、『死せる神獣』、『虚ろの魔王』、『呪われし勇者』を生み出した存在が、今回はソル――『プレイヤー』を手駒に、飽きた現体制を壊そうとしているようにも思えてしまうのだ。
「とはいえまあ、こっちとしてはやるべきことをやるしかないんだけどね」
ソルが独り言ちるとおり、どうあれ今はその流れに乗るしかない。
その手札を使わずして、この状況を収める手段などソルには思いつけない以上はそれしかないのだ。
「示威としてもちょうどいいか――エリザ」
そして以後、地上の世界を統べるのにとどめの一撃としては申し分ないことも確かだ。
ゆえにソルは、表の取りまとめを任せたフレデリカとは対となる存在――裏を統べることを任せたエリザを表示枠を介して呼び出す。
『はい』
「殺せ」
ソルによるシンプルなその指令。
『はい』
それはエリザがこの一ヶ月で選出し、今も冒険者ギルドの厄介な依頼を受けることに注力している者たちとはまた役割を異にする者たちへと、エリザから伝えられる。
エリザの副官として付いたヴァルター・ベルンハイト翁が提案し、エリザを介してソルの承認を以て成立した、裏を担う者たちの中でもその粋たる『暗部』
各国の中枢へと入り込み、ソルから与えられた暗殺に特化した能力と人間離れした圧倒的なレベルを以て、いつでも必要な時に必要な要人を排除できる仕組み。
それらはこのたった一ヶ月の間で、ほぼすべての主要国への仕込みを終えている。
今エリザからソルの指示を伝えられたのは、自身がその長を務めるヴァルター翁本人だ。
その担当国家はイステカリオ帝国。
よってこの瞬間、イステカリオの帝城にいる者たち誰もが感知などできないままに、若き現皇帝の首がぼとんと落ちた。
それはつまり『囚われの妖精王』が解放されたことを意味する。
エルフの里――千年前に朽ちた世界樹の残された樹洞に光が満ち、ものすごい勢いで再生を始める。
それと同時、ソルの『異空間収納』から解放された『妖精王』が収められた棺も同じ光を放ち、敷き詰められていた無数の花を散らして空中に妖精王――アイナノア・ラ・アヴァリルを解放した。
千年の時を経て今、真に自然を支配する妖精の王が解放されるのだ。




