第092話 『妖精王解放』①
「主殿!!」
「僕は平気――というか、次々と対抗措置が立ち上がっている」
赤光を走らせて苦悶する『魔創義躰』を捨て置き、ルーナが心配するのは主であるソルのことが最優先だ。
例え自身が無事でもソルを失えばあの空間へ戻される可能性を残している以上、ルーナにとって今ソルを失うこと以上の恐怖など存在しない。
今が最善とすれば、たとえ敗れて死んでも次善だと断言できるルーナにとって、再びあの空間へ封印されてしまうことこそが文字通り最悪の終わりなのだ。
それを止める為であれば、手段を選びなどしない。
たとえ星を砕いて人類諸共でも敵を倒せばソルが無事だというのであれば、躊躇なくそれを実行するだろう。
だが落ち着いてソルが答えたとおり新たな表示枠がいくつも現れ、その度に最初に表示され赤く染められていった部分が駆逐され、緑の表示に戻って行っている。
『プレイヤー』への侵入に対する対抗手段が十全に機能している証だ。
そしてそれは駆逐するだけにとどまらず、同時に侵入経路を辿って逆侵入するために必要な手段を構築もしている。
今や減っていく赤い領域は本来の姿に復元されているというよりも、逃げようとする侵入者を捉えて離さない状況を表現しているとさえいえるのだ。
「凄いですね」
その状況を見て感心しているルーナだが、ソルは思わず笑ってしまう。
いや、凄いのはルーナとフレデリカの方だろうと本気でそう思うからだ。
ソルは理由があったとはいえ、自身の能力である『プレイヤー』について詳しく語らなかったことが『黒虎』の解散を招いたことを理解できている。
マークとアランについては最悪と言っても過言ではない結末を迎えたが、そこへ至るまでの選択肢の多くを選んだのは自分なのだと自覚しているのだ。
だからこそその同じ轍を踏まぬため、『全竜』という絶対の力を信頼することと相手を厳選することを前提に、今わかっている『プレイヤー』の情報を共有することを決めていた。
対象はまず当然のこととしてルーナ。
次いでリィンとジュリア。
スティーヴ。
ガウェインとアーニャのバッカス武具店組み。
そしてエリザとフレデリカの8名だ。
中でも捕食した相手の能力を奪う唯一竜種であるルーナと、あらゆる分野の歴史に精通しているフレデリカが自由に語り合う相乗効果が凄まじかった。
全竜という力を得てからソルが行った各種実験により、新たに判明した『プレイヤー』にできること、その情報はいくつもある。
ソル自身は同じパーティーに属していなくても、能力を付与したあらゆる相手が得た経験値をソルも得ることができる。
その形で得た経験値は貯蓄可能で、戦闘を経ずとも任意の仲間を強化することに使用可能。
最大6人で構成した1パーティーごとにリーダーを設定することができ、リーダーとパーティーメンバー、各リーダー同士による表示枠通信が可能。
それにはいつでもソルは介入可能で、会話の履歴を保存可能。
「プレイヤー」の仲間となってから一定回数スキルを使用すれば、『プレイヤー』がそれを模倣し、他者に付与することが可能になる。
仲間の行動を過去にさかのぼって確認可能。
全てを上げていけばきりがないが、これらの多くはソルのレベルが3桁を超えてから身につけたものである。
だがそれぞれの機能やそれをどう有効活用するかよりも、ルーナとフレデリカが着目したのはその機能を逆手に取られる可能性に対してだった。
つまり最初にソルがアランを殺した際に確認できた機能。
『プレイヤー』にスキルやステータス値、H.PやM.Pを付与された対象が死んだ場合、それらはすべて『プレイヤー』に回収されるという、いわば当たり前とも言える仕組み。
ソルが「それなら気楽に仲間を増やせる」と判断した部分に、ルーナとフレデリカは脆弱性を見出したのだ。
ルーナもフレデリカも「どうやって」かまではわからない。
だが逸失技術に長け、攻撃衛星などを今も使役する聖教会、あるいはその背後にいる者が『プレイヤー』の存在を知っていると仮定すれば、その特性を利用して罠をかけないはずがないとの結論は共通していた。
ルーナは「捕食」の際に自身を害する要素が仕込まれている相手がいるという経験から、フレデリカは自分が『プレイヤー』を知っておりそれに抗するために自分ならどうするかという理詰めでその結論に行きついたのだ。
その結論に基づき、『プレイヤー』に力を付与された者を全竜が持つスキルで呪い、その状態でそれを回収した場合どうなるかという実験をあらゆるパターンで行うことにしたのである。
その結果、『縁』を辿る呪いの類は『プレイヤー』――ソルにも伝播することが判明し、ルーナも最初の呪われ役も大慌てするという事態に相成った。
だがそういう手段であればソルを攻撃することが可能だとわかった以上の収穫があった。
『プレイヤー』がその手の攻撃に対して『学習』することが判明したのだ。
最初は綺麗にソルに直撃していた呪いが、2度目以降はまともに通らなくなり、3度目は完全に無効化される。
またそれは同じ呪いに対してだけではなく、『プレイヤー』への還元を利用した攻撃という概念すべてに適用され、ついには全竜が持つあらゆる呪いを無効化してのけるまでに至った。
それどころか最終的には全竜への逆侵入――呪い返しまで行うようになり、その事実を以て今回敢えて聖教会とその裏にいる者の攻撃を受けるという判断に至ったのだ。
つまり敵を倒すことによる強化ではなく、『プレイヤー』をあらゆる状況下で使い込むことによる進化、最適化に成功したのだ。
聖教会が駆使する逸失技術とは全竜やその他の魔物、あるいは人が神から与えられる「能力」を模倣したものだと考えられ、今の『プレイヤー』であればその攻撃を逆手にとれると判断した上での賭けである。
そしてその賭けには、順当に勝ったとみて間違いなさそうだ。
「ルーナは平気なの?」
『魔創義躰』はともかく分身体の方は平気そうなのでさほど心配していないが、念のためソルが確認する。
「ええ。兄上の竜因子に制御機能を潜ませていますが、丸わかりなので特に害は。『眷属喰い』が仕込まれる毒に気付かぬなどと本気で思っていたのであれば、おめでたい限りですね」
「――兄上?」
だが帰ってきた答えはソルの心配を斜めに突き抜ける、意外なものであった。




