第090話 『神殻外装』②
顕現した『神殻外装』の胸前あたりに浮かんでいる、半透明の球体に包まれたマークの周りにいくつもの表示枠が浮かぶ。
背後には邪悪の樹の象徴図が表示され、四肢には象徴文字による回転魔法陣、頭上には揺らめきながらこちらも回転する天輪が発生している。
巨大な『神殻外装』には天上から幾筋もの光の繰り糸が伸びており、それを以て連結者の動きを追従する仕組みとなっているらしい。
連結者を『神殻外装』内部に取り込むのではなく、外部に強力な結界魔法によって操縦席ともいうべき空間を構築するこの方法は、生体――竜種の真躰を基礎としているからには最も理にかなっているようにも見える。
「カッコいいな!」
『神殻外装』が異相空間から顕現し、マークと連結する様子を見守っていたソルが思わずそう口にしてしまうくらい、その様子は外連味に満ちている。
男の子であれば血が騒がずにはいられない「強さ」の具現化、その極地。
究極の魔導生物とされている竜種の真躰と連結して、自身の身体の如く自在に操れるとなれば、『神殻外装』を最強の鎧と呼ぶことに異を唱える人間はいないだろう。
そこに無数の逸失技術兵器も搭載されているからには、『無敵』と呼称したくなるのもむべなるかな。
人間の意識や四肢だけでは不可能であろう竜翼や竜尾、竜角や竜眼といった魔導器官の制御は、連結者の周囲に浮かんでいるいくつもの表示枠が補助する。
意のままに「竜の力」をぶん回せるようになるというのであれば、『勇者』になることを厭う者などまずおるまい。
ただしその代償を知らされてさえいなければ、という前提付きではあるが。
「主殿もこういうのはお好きなのですか?」
「そりゃあ男だったら誰でもそうじゃない? まあ僕は遠慮しておくけど」
「……さようですか」
ソルの反応に妙に瞳を輝かせたルーナが喰いついたが、返ってきた答えにわかりやすくしょんぼりしている。
竜の力を自身の意志で自由に行使できることに、確かに憧れはする。
だがソルは自身の『プレイヤー』という能力を正しく認識しており、自分が戦闘行為に意識を割かれつつ各種の異能を行使するよりも、戦闘は専門家に任せてまさに『プレイヤー』として俯瞰し、戦局の指し手に徹した方が総戦力で見れば「強い」のだと理解している。
ルーナを自分の増幅器程度として使うのであれば、自律して動けるルーナを『プレイヤー』として十全に指揮、フォローした方がいい。
それにルーナだけであればまだしも、今のソルは無数の『仲間』たちを並列処理して指揮、制御できるようになっているのだ。
『プレイヤー』は『プレイヤー』らしく在った方が正しい。
らしさとはそういうものだ。
とはいえまあ、ソルにしても選択して使えるというのであれば、ぜひ身に付けたい仕様ではある。
「どうしてそんなに残念そうなの?」
「……神殻外装の真価は連結者と竜が一体化することで発揮されるのです。たとえ主殿に制御される全竜でも勝てない相手がいたとしても、凌駕できる可能性が生まれます」
ソルがわかりやすくしょんぼりしたルーナがおかしくて素直に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「……だったら僕とルーナもできるようになっておいた方がいいね。ルーナの真躰を取り返したら練習しようか」
そういうことであれば俄然、話は変わってくる。
プレイヤーが完全に指揮、制御する無数の『仲間』たち――数でも勝てない相手ですら凌駕しうる、最後の切り札として機能するのであれば、できるようにしておかない手はない。
将来ルーナの真躰を奪還した暁には、真っ先に取得しておくべき能力とさえいえる。
「はい!」
だがソルのその言葉に輝くような笑顔を見せたルーナの想いを、今のソルはまったく理解できていない。
ソルが本気で「カッコいいな!」と思っている今見ている勇者と神殻外装の連結はまがいものにすぎず、ルーナが想定している『一体化』とは、実際に己が真躰の体中に連結者を取り込んで成立する合一を意味しているのだから。
まあ竜種の今の気持ちを人間に置き換えれば、「もう少し大きくなったらエッ〇しようね!」という約束を取りつけたにも等しい。
ルーナがそういう風に受け取る事をまるで理解できていないのはソルだけのせいとも言えまいが、『真名』の扱いに続いて竜の純情を踏みにじる結果にならぬことを今は祈るのみである。
一方、今現在も頑なに夜伽を断られ続けているルーナにしてみれば、最終目標とさえいえる約束を取り付けたようなモノだ。
そうとなれば自身では『全竜』と嘯きながら、実際は『-1』などというみっともない身で一体化――合一の日を迎えるわけには断じていかない。
ここで確実に真の全竜となるべく、要らん気合も含めてやる気は最大化している。
そんな呑気なやり取りをしている間に、『神殻外装』が動き出した。
「やることが千年前から変わっておらんな」
連結が完了し起動した『神殻外装』が最初に取らんとした行動はソルと全竜の撃破ではなく、その巨躯の全域から発生させた無数の光弾を地上全域に向かって射出することだった。
まずはこの大陸を焼き払い、人をほぼ滅亡の域まで間引かんとしているのだ。
だがそのやり口をすでに知っている全竜が、それを許すはずもない。
そのために『神殻外装』と連結する『勇者』をこの高度にまで蹴り上げ、自身の結界内に取り込むことで他者への攻撃を完全に封じ込めて見せたのだ。
直径が数千メートルを超える巨大な全竜の結界の内側に、『神殻外装』が発したすべての光弾が着弾することによって強烈な光が飽和する。
地上数百メートルあたりまで広がった全竜の結界内に満ちる破壊の光の乱舞は、雲海を吹き飛ばし成層圏まで届くかのような巨大な花火のように大陸全土から観測可能な規模となっていた。
大気圏内に、第二の太陽が生まれたかのようなその現象。
だがただの一撃たりとも、『神殻外装』の攻撃は全竜の結界を抜けることができなかった。
全竜の結界はH.Pを転用しているので、今のルーナは『神殻外装』が放った大陸を焼き払えるだけの飽和攻撃をすべて一身で受けたということに他ならない。
「大丈夫?」
「この身での奥義である『魔創義躰』では本来少々荷が重いですが、主殿の助力があれば問題にもなりません」
だがルーナは平然としているし、ソルも表示枠で全竜の膨大なH.Pが1割も減っていないことを確認できている。
つまり今の確認はこれから『神殻外装』が繰り出すすべての攻撃を一発たりとも避けることなく喰らい続けながら、こちらの攻撃で叩き伏せることが可能かという確認だ。
いわばこの戦いはこちらだけが回避禁止のぶん殴り合いで勝利することを要求される、ハンデキャップマッチのようなものなのだ。
千年前に全竜が敗北した理由の一つもこれである。
その上いかな急造の『二代目勇者』と魂なき竜の真躰の連結とはいえ、全竜の方も千年前とは違い真躰を封じられている状況。
ただこの世界に分身体だけが解放された状態であれば、『神殻外装』には手も足も出ずに消し飛ばされるしかなかったことは疑いえない。
だがソルの『プレイヤー』の恩恵を受け四桁のレベルに達した今の分身体は、自身で真躰の0.1%程度という申告どおりだとしても、すでに千年前の真躰状態すら凌駕している。
それだけではなくソルが『プレイヤー』としてあらゆる有効なスキル、武技、魔法を付与し、今や数百人に膨れ上がった『仲間』に上限まで増加した上で余ったすべてのH.PとM.Pもルーナに与えている。
かてて加えて、通常の戦闘の趨勢を根底から覆す『M.P全回復』や『再使用時間キャンセル』といった奇跡を、レベルが4桁を超えた今のソルはとんでもない回数使用可能となっている。
一度の戦闘でいうのであれば、制限がないと言っても過言ではないだろう。
つまりルーナがソルに答えたとおり、もはや『神殻外装』ですら二人にとっては問題にもならない。
膨大な魔力を消費しようが尽きる前に何度でも全快が可能で、一撃でルーナのH.Pすべてを消し飛ばせでもしない限り高位回復魔法で即座に元に戻せる。
そもそも『神殻外装』が間断なく攻撃を仕掛けて来ないのであれば、ソルの異能に頼らなくとも自然回復でH.P、M.Pともにそう時間も要することなく全快する。
事実、すでに今の『神殻外装』の攻撃でルーナが失ったH.Pはほぼ全快している。
巨大な魔導器官を有して外在魔力を常時取り込み、桁外れの内在魔力生成能力も併せ持つ竜種が『プレイヤー』の仲間となったら、手が付けられないのだ。
そしてソルもルーナも、勝てる戦いを無駄に長引かせるつもりもない。
確実に仕留められる一撃を以て、確実に『神殻外装』を仕留める。
そのためのシミュレーションも、人知れずソルとルーナはこの一ヶ月繰り返してきていた。
「主殿、予定通り『魔創義躰』の多重展開で仕留めます」
「数は?」
「念のため10でお願いします」
「了解」
紅茶受けのクッキー何枚いる? 程度の会話の後、ルーナが分身体の奥義である『魔創義躰』を発動する。
膨大な魔力を消費し、すべてが魔力で構成されている以外ルーナの真躰となにも変わらぬ、それどころか失われた竜角と竜眼、竜翼も備えた『神殻外装』とも伍する巨躯が顕現する。
本来であればここから膨大量のM.Pを消費し続けて、それが尽きる前に勝負をつけねばならない最終手段だ。
あらゆる技や魔法にも当然M.Pは消費され、短期決戦を強いられざるを得ない大技。
これで倒しきれねばM.Pを枯渇させ、戦闘継続が不可能になる諸刃の剣。
だがソルの――『プレイヤー』の力があればそんな定石はあっさり覆される。
ルーナが『魔創義躰』を発動した直後にソルが『M.P全回復』と『再使用時間キャンセル』をルーナへと使用する。
瞬く間にそれを10度繰り返せば、ルーナの分身体、その小躰に連動する10体の『魔創義躰』の巨躯が、たった一体の『神殻外装』を包囲する。
1秒ごとに消費されるM.Pの数値はとんでもない桁になっているが、それも定期的にソルが『M.P全回復』を使用すれば問題にもならない。
1vs1でも時間制限を除けばほぼ互角の戦いとなるのが不完全な『神殻外装』と分身体による『魔創義躰』の戦力。
それが10vs1となれば勝負の帰趨など語るに及ばない。
ソルが11度目の『M.P全回復』をルーナに使用すると同時、10体すべての『魔創義躰』が最大攻撃技である『竜砲』を発動し、『神殻外装』が展開している防御結界をあっさり貫き通してその巨躯をずたずたに引き裂いた。
『旧支配者』の切り札はまるで通用せずに排撃されたのだ。




