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【書籍版6巻発売中!】怪物たちを統べるモノ ~能力『プレイヤー』使いは最強パーティーで無双する!~【コミカライズ2巻発売中!】  作者: Sin Guilty
第二章 『囚われの妖精王』編

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第087話 『聖戦』④

『貴方たちは――過ちを犯しました』


 下卑た表情を浮かべれば醜いとしか言いようがないイシュリーの顔なのに、その目に本物の慈愛が、口調に労りが溢れているだけでここまでイメージが変わるものか。


 奢侈な暮らしによって肥え太り脂ぎったその身体も、清廉な緋色(カーディナル・レッド)の聖職衣を身に纏い、権杖(ジェスル)を携えた今の様子ならば、赦しを与えてくれる神の代行者を感じさせる姿にまで見えている。


 恰幅の良さとは、時に武器にもなるのだ。


 地獄に仏ならぬ司教枢機卿(カーディナル)とも言える今の状況では、見上げる敗者たちにはそう見えても無理はないだろう。


 だが痛まし気に発されるイシュリーの言葉は敗者を断罪するもので、やはり助かるなどという都合のいい展開などないのかと誰もが思わず下を向く。


『ですが我らが神は寛大です。悔い改める者には慈悲が与えられます。今この場で剣を収める者の罪は問いません。各々が帰るべき地へ帰りなさい』


 だが一瞬の落胆――それが心に沈み込んで絶望と変わる直前、生き残っている教会騎士(テンプルナイツ)たちとイステカリオ帝国の兵たちが今、一番欲しい言葉を朗々とイシュリーは宣言した。


 ソルの力をこの一ヶ月で充分に思い知っているイシュリーではある。

 だがソルと全竜(ルーナ)が出るまでもなく、楽しそうに鍛えていたただの兵士たちが聖教会の最終兵器を犠牲無く蹂躙するなど想定をはるかに超えていた。


 つい先刻まで己の選択を賭けだと認識していたイシュリーの内心は今人生最高に驚喜しており、敗残者共に本物の優しさを向けるくらいお茶の子さいさいなのである。

 自分が最強の味方側に付けているという安心は、宗教屋にとって一番重要な余裕と優しさを生成するには必須かつ最上の要素と言える。


「本気なのか……本当にイステカリオ帝国軍の俺たちも見逃してくれるのか?」


「彼我の戦力差がここまであれば、生かすも殺すも変わらない?」


「いや、汎人類連盟に属する国家群の兵は理解できる。教会騎士団もなんとかまだわかる。だが俺たちイステカリオ帝国軍を()()()()にしない理由はなんだ?」


「そんなこと知るか! 助かるんなら文句はねえよ!」


 それを確かに耳にした敗残兵たちの間に、動揺と歓喜がゆっくりと広がってゆく。


 助かるのであればなにを文句をつける必要があるのか、というのは真理ではある。

 だが指揮官級の者たちが疑問を抱くのももっともだ。


 汎人類連盟の兵たちはまだ理解できる。


 もともと聖教会の権威に屈して出兵していただけなのはわかっているし、聖教会もイステカリオ帝国も馬鹿ではないので、エゼルウェルド王による親書の存在も把握している。

 なにも出来ぬままにただ突っ立ていただけの兵たちをわざわざ殺す必要などないし、なんとなれば各々が国へ帰ってから、「絶対にエメリアに逆らってはならない」という宣伝担当になってくれるだろうからだ。


 教会騎士団(テンプル・ナイツ)についても、無理やり納得できなくもない。


 ソルという絶対者がこれからも神の権威を必要と判断している、あるいは本当に神からの祝福を得ている者なのであれば、己の兄弟たちを勝負がついてなお虐殺しようとは思わないだろう。

 その点についてはガルレージュ司教区のイシュリー司教枢機卿以下、聖教会に属する聖職者たちが丁寧に扱われていることからもあり得ないとまでは言えない。

 イシュリーの立場であれば、貸しを作る意味でも助命嘆願をするという判断が働いたのかもしれない。


 だが自分たちイステカリオ帝国の兵については慈悲が過ぎる。

 いや明確に甘いとしか言えない。


 蓋を開けてみれば戦力的に取るに足りない存在だったとはいえ、絶対者(ソル)からの申し入れを鼻で笑って袖にし、聖教会と組んでエメリア王国を滅亡させようとはっきり画策していたのだ。

 エメリア王国の諜報が無能なはずもなく、それくらいの裏はきっちり取っているのは間違いない。


 イステカリオ帝国本国の扱いはまだしも、今この戦場に展開している2万悉くを(ミナゴロシ)にしたところで誰も文句など言わない――言えない。


 本国にしたところで現皇帝が吊るされることは『囚われの妖精王(アイナノア)』の解放のためには確定しているし、エメリア王国との長い確執を踏まえれば物理的にはともかく、国家としては消滅させられるのが順当なところだろう。


 それをこの処置では、ソルとエメリア王国は間違いなく舐められる。


 聖教会とイステカリオ帝国は当分従順を装うしかないにせよ、これだけ圧倒的な力を持ちながらも苛烈さを持ち合わせていないと判断した賢しらな者どもが、巧く利用しようと蠢動しはじめることは確実だ。


 本当に利用されてしまうにせよ、そこで初めて苛烈な対応と取るにせよ、いずれにせよ無駄がありすぎる。

 今ここで確実にイステカリオ帝国兵を鏖殺すればすべての国家は震えあがるし、聖教会にしても二度と再び逆らおうとは思わないだろう。


 実際の戦闘力はなにも変わらないのに、甘さから自らに都合のいい妄言を吐き散らかす愚者どもを黙らせるにはそれが最善手なのだ。


 だが当然イシュリー、というかその裏にいるソルとフレデリカには、あえてこその甘さを演出する意味は存在している。


 『聖教会』(嘘吐き共)を一蹴すれば、その裏にいる嘘をつかせていた連中が絶対に出てくるという全竜(ルーナ)の言葉に従い、自分たちこそが人の味方だと表明しておくためだ。


 イシュリーには当然そこまで説明などしていないが、役どころとして最適であることは間違いない。

 今後ソルがなんの憂いもなく大陸中の迷宮攻略を開始するためには、今の聖教会が持つすべての情報を得ておく必要がある。

 そのためには現聖教会を叩いて潰せばそれでいいというわけではなく、きちんと取り込まねばならないのだから。

 

『そしてこれまで共に歩んできた聖教徒(兄弟)たちよ。過ちを犯したのは貴方たちだけではなく私たちもまた同じ。私とてつい先日までは古い教義を遵守するだけが神の正義だと信じて疑わず、『禁忌領域』の解放を背教行為だと詰りさえしました』


 よってイシュリーは与えられたシナリオ通りに、現聖教会の取り込みを開始する。


 例え傀儡とはいえ聖教会の教皇になることはイシュリーの最大目標ではあるし、やりようによっては歴代教皇の誰よりも己の意志を世界に反映させることすらも可能となれば、この仕事にも熱が入るというものだ。


『だが今貴方たちが身を以って知ったとおり、神の愛し子である我々には今、千年の昔に栄華を誇った『大魔導期(エラ・グランマギカ)』を再現できるだけの力が与えられています』


 少々芝居がかったところで、その理屈によって自分たちの命を救ってくれるのであれば、人は心の底から感動することができる。

 例えイシュリーが右腕を突き上げて「うおー!」と叫び、それに応じて自分たちも右腕を突き上げて叫べば救われるというのであれば、本気で感極まりながらそうするだろう。


 それが13のキモい天使を撃破した、揺ぎ無い実力の上で語られるとなればなおのことだ。


『解放者ソル・ロックが12歳になる1月1日にその力を与えたのは我らが神です。私はそれを信じます。古き教義と決別し、新しい聖教会として解放者と共に歩む者です。そして私と共に歩んでくれる兄弟たちがいるのであれば、すべて受け入れます』


 その上で神を肯定し、新聖教会の立ち上げを宣言し、志を共にする者であれば誰でも受け入れることを表明する。


『また解放者ソル・ロックと新聖教会は従来の聖教会を否定しません。これだけの力を持ちながら人に苦難の千年を強いたのには、必ず理由があると信じるからです。一司教枢機卿に過ぎないこの身には、聖教会の真実は計り知れません』


 そして旧勢力に対しても配慮を見せる。

 単純な悪とはせず、今まで人を欺いてきたことには妥当な理由があったはずだとみなすのは、なにもおためごかしではない。


 ソルやフレデリカの判断では、人を一定以上繁栄させないことには必ず相応の理由があり、それを突き止めることは必須だと判断している。


 ソルはすべての迷宮(ダンジョン)攻略と魔物支配領域(テリトリー)の解放を諦めるつもりなどさらさらないが、その結果次第では進め方を考える必要も充分にあるのだ。


『我々『新聖教会』は解放者ソル・ロックと共に世界を魔物から解放するべく動きます。ですがその理由を探求してくれる者たちを『真聖教会』として認め、聖都アドラティオをその拠点として認めます』


 敬虔な信者や狂信者は必ず一定数存在する。

 彼らは暴力などにはけして屈せず、自らが信じる教義のために殉教することもまったく厭わない。


 そんな連中を野に放ち、一部の過激派がテロリスト紛いの行動をすることを警戒するくらいであれば、旧聖教会を真の聖教会として立て、その教義を深く研究することに予算と労力をかける方がよほど効率がいい。


 そしてそんな教義や権力などではなく、大陸中で苦しむ弱者救済を最優先とする本来の聖職者たちには、真も新もなく経済的にも戦力的にも全面的に協力すればいいだけの話だ。


 大陸規模で人心を掌握するのであれば、各国の王家を取り込むよりも信仰から寄り添った方がよほど効率的なのだ。

 戦力と経済力、その双方を惜しみなくつぎ込めるのであれば、大陸中に張り巡らされれている『教会』のネットワークは十全に機能する。


 そこで動く膨大な資金に関わってイシュリーや高位聖職者たちが多少の利益を得ることなど、どうということもない。

 実際に神罰をくだせる存在を思い知っている以上、分を弁えて立ち回る程度の知恵はだれしも持っているからだ。


 理念や理想、倫理や道徳などといった、今はまだ本当の意味では到達できない高尚な絵に描いた餅ではなく、そうした方が得だからという実利を以てこそ、人はもっとも正しく在れるのかもしれない。

 

 自らを神の(イコン)だと嘯いたところで、所詮人もまた動物なのだから。


『我々は敵同士ではない。ともに神の愛し子である。ゆえに地上に神が望まれる楽園を現出させるべく、ともにこれからの未来を歩みたいと願うのです』


 イシュリーはそんな世界で高潔な教皇として振舞い、後世にも語り継がれる己を夢見て感極まっている。


 命を救われる教会騎士たちやイステカリオ帝国の兵たちはもとより、圧倒的な力の庇護下で人の再拡大時代が訪れることを確信した者たちもまた、歓声をもってイシュリーの言葉に応えている。


 茶番だが真剣だ。

 その上命も救われるとなれば、なおのことだろう。


 だが――


『実在する神など不要。苦しみのない楽園など不要。人は人のまま人らしく在ればそれでよい』


 イシュリーが映し出された表示枠を一瞬で割り砕き、淡々とした声がこの茶番の熱狂を完全に否定する。


 前座が終わり、真打が登場したのだ。


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