第083話 『勇者創造』
大陸北部。
アムネスフィア皇国領内、特区自治領である聖都アドラティオにある中央教皇庁。
その遥か上空には、千年前に邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアに砕かれた『塔』の一部、その残骸が未だ地に墜ちずに螺旋状に浮かんでいる。
雲海の高度を楽に超え、残存部分がごくわずかなためそれを地上から肉眼で捉えることはまず不可能だ。
だがもしも映像として捉えることができれば、千年の時を閲してなおそれらが稼働していることがわかるだろう。
定期的に表面を複雑に走る魔導光や展開される精緻な魔法陣が、千年前に人類の黄金時代『大魔導期』とともに失われたはずの魔導科学、その残滓がまだ残されている事を証明している。
その無数の浮島のようにも見える残骸の中、幾重にも回転する球形立体魔法陣を展開しているひときわ大きな塊。
その内部では今、この世界における逸失技術の粋が展開されている。
『勇者創造』
それはただの人を、勇者に――人の世界を護るためであれば、怪物はもちろん必要とあれば神でさえ倒し得る存在へと創り変えるという、この世界最大の禁忌技術だ。
『竜素子0.02注入――存在タングラム位相変異0.5%超過。拒絶反応発生』
巨大な透明な円柱。
無数の動力線を繋がれたその中には、高濃度の魔力を含んだエメラルドグリーンの液体が満たされている。
そこには全裸の男性体が沈められており、上部と下部の装置から伸びた無数の管がその体中に繋がれて脈動を繰り返している。
『SPIRITUS SANCTUS素子0.004、PATER素子0.006、FILIUS素子0.01注入――Scutum Fidei中央DEUS値安定』
円柱の周囲に無数に浮かんでいる表示枠、そこに並んでいる数値が赤色に変じるたび、無機質な女性音声と共に適切な処置がなされ、その度に素体は電気ショックでも受けたかのように大きくビクンと跳ねる。
その結果を告げる音声のとおり赤から緑へと数値が復帰し、表示枠に映されているありとあらゆる各種数値がじりじりと上昇、あるいは下降を繰り返す。
目は閉じられており意識はないようだが、その顔に刻み込まれている苦悶の表情から、かなりの負荷が心身双方にかかっているであろうことが伺える。
それらの数値がすべて一定値に達したと同時、警告音と共に液体内部にこれまではなかった禍々しい器官がいくつも生成され、素体へと埋め込まれることを繰り返す。
この空間全体で赤光が明滅をはじめ、状況が最終段階に入ったことを示している。
『人造魔導器官№01~№09まで固着確認。外在魔力吸収率2.4%で安定』
『内在魔力生成器官拡張率67%超過、数値最大。人造魔導器官と連結開始』
『連結正常――素体の変異開始を確認』
人であった素体が、徐々にその形を人外のものへと変じさせてゆく。
『№01~№09すべての連結を確認。我喰竜機関起動』
『我喰竜機関起動正常』
人を『勇者』とするための素体、その基礎改造が完了したことに伴い、本格的な創造が開始されたのだ。
『――『勇者創造』手順開始』
『人造竜眼変異確認』
『人造竜角生成開始確認』
『人造竜翼生成処理失敗――再試行開始。処理失敗。人造竜翼生成を破棄』
肌の色が褐色を経て漆黒へと染まる。
本来人には生えていない魔導生物の特徴である角が生え、閉じられた瞼の内側では眼球そのものがまがいものの竜眼へと創りかえられてゆく。
背に生えるはずの翼はどうしても定着できず、その生成を破棄された。
『異界干渉因子抽出成功――固定完了。岐神との【縁結】成功――攻性防壁解析開始』
そして素体に初めから付与されている異界干渉因子――『プレイヤー』の力を精査、抽出し、それを制御下に置くことに成功した。
これこそがこの素体――元『黒虎』のリーダーであるマーク・ロスが史上二人目の『勇者』に選ばれた最大の理由だ。
あの日――ソルが九頭龍を仕留めて城塞都市ガルレージュに凱旋した日の夜、現実を拒否するように場末の酒場で酔いつぶれていたマークを聖教会の暗部が押さえたのだ。
そしてすでにアランがこの世にいないことと、マークが信じていた「己の力」がソルから与えられていたものであったことを巧く伝え、その心を制御することに成功した。
今のマークは聖教会が与えてくれる力と建前に縋り、自分の尊厳を守りアランのように殺される恐怖から逃れるために、ソルを殺すことしか考えられなくなっている。
もちろんそれを果たしたのちの、偽りの栄華を夢見てもいるが。
『神殻外装との同期率11.45978%――稼働可能時間56分41秒54を予測』
そしてその最大の仕込みを十全に機能させるためにこそ、『勇者』としての外連味、ハッタリ――人の身にあるまじき戦闘能力をも付与される。
『勇者』が行使できる最大の力――千年前に人の身でありながら『全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』の真躰と正面から対峙し、封印できる状態にまで圧倒した人類最大の魔導兵装『神殻外装』
それすら行使可能な状態にマークの身体をめちゃくちゃに創りかえる。
『人造勇者弐号機――素体名『マーク・ロス』覚醒します。活動限界まで107時間54分29秒――28秒――27秒』
だがその代償は大きく、マークはなにもせずにいても108時間足らずでその生命活動が限界を迎えることが確定している。
もちろんマークはそんなことを知らされてはおらず、長時間の苦痛を伴う人体改造を経て覚醒した意識はいまだ朦朧としたままだ。
今後確認される意識レベル次第では、薬漬けにして操ることも聖教会は視野に入れている。
『さて――急造だがなんとか間に合ったな』
『使い捨てにはなるがな』
全手順を完了した人造勇者二号機を囲むように、『旧支配者』たちの光が顕れて会話を始めている。
『旧支配者』たちは初めからマークなど使い潰すつもりなのだ。
とはいえ『神殻外装』との合一でなにが起こるかを完全に予測することはできないので、最悪の場合は『七鍵封罪』を『八鍵封罪』にすることも想定の内としている。
もちろんそのために必要な因子も、人造勇者初号機と同じくすでに仕込み済みだ。
『それは仕方が無かろう。だが今回は『全竜』ルーンヴェムト・ナクトフェリアのみが相手だ。その間もてばそれでよい』
『違いない』
『勇者救世譚』では初めから勇者パーティーvs邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリアであったはずだ。
だが『旧支配者』が言うとおりであった場合、千年前の『勇者』は全竜以外の怪物たちも同時に相手にしていたということになる。
やはり聖教会が伝え広げている『勇者救世譚』は、欺瞞に満ちているのだ。
『さて、そろそろ怪物が人の蹂躙を開始する時間だ』
聖教会は――グレゴリオⅨ世は実にうまく時間稼ぎをやってのけた。
いまだに自分たちの方が岐神とその従僕となった全竜よりも上だと思い込んでいるがため、初手こそ見せしめとして神敵不在の城塞都市ガルレージュを焼こうとして手痛いしっぺ返しを喰らいはした。
だがその後大々的にソル・ロックと復活した邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア、奪われた妖精王アイナノア・ラ・アヴァリル、それに与するエメリア王国を『神敵』だと発表し、それを討つべく『聖戦』を発動したのだ。
大陸中の各国へ『神軍』をガルレージュの地へ集結させることを命じ、それと同時にエメリア王国と国境を接するすべての国へ『聖戦』開始と同時に攻め込む準備を進めさせたのだ。
当然それには時間がかかり、エメリア王国側も外交によって状況の好転をはかったために、あの日からすでに一月近くが経過している。
すでにガルレージュの平原に『神軍』とエメリア王国軍の展開は終了し、エメリア王国の各国との国境付近でも侵攻部隊と防衛部隊の睨み合いが始まっている。
グレゴリオⅨ世は開戦即殲滅という夢を未だ見ているのだろうが、その結果が逆になることを『旧支配者』たちは確信している。
だが人造勇者弐号機が間に合った以上、最終的な戦いの趨勢は千年前と同じになる事もまた確信している。
であれば今後千年の人類制御のために、ここで神敵――岐神と邪竜の恐ろしさを知らしめることは悪手ではない。
その後で神の奇跡、勇者の顕現によって「からくも世界は救われた」となればそれでよいのだから。
『神と怪物を殺すのは常に人であらんことを、か。だが勇者は人かね?』
『それを言うならばまず我らこそが、だな。だが必要に応じて変われてこその人よ』
『結果人の形を失っても、か』
『是非もない』
このやり取りを最後に『旧支配者』たちの光も消える。
彼らとて今さら、岐神や怪物たちと共に歩む未来など模索できるはずもないのだ。
人が彼らの望むカタチで、人であり続けるために。




