第082話 『エメリア王国』⑥
「とはいえすべてはこの後次第、か」
そんなことに頭を悩ませることができる自分たちが今、幸せなのだという自覚はある。
だがフランツが真面目に口にしたとおり、この後の展開次第ではそれどころではなくなるのだ。
聖教会とそれに従う汎人類連盟諸国すべてを敵に回した上で敗北した場合、エメリアという国の歴史はその時点で止まり、大陸上から消え失せるだろう。
その際、神敵と判断された王族がどのように扱われるかなど、いちいち確認するまでもない。
「お兄さま方は、聖教会が切り札を隠し持っているとお考えですか?」
「それはまあ当然だろうね。そしてそれには絶対の自信を持っている」
「そうなのか兄上」
一気にアホの子化が進んでいるとしか思えないマクシミリアを無視し、当面はシリアス路線を維持するしかないフランツとフレデリカが真面目な会話を継続する。
「ですがそうしますと『国喰らい』を放置しているのはおかしくありませんか?」
今のソルとルーナにすら勝てる、少なくともそう思えるだけの手札を聖教会が有しているのであれば、確かにフレデリカの言うとおりではある。
「いや、そうでもない。フレデリカが言ったとおり、彼らが人類の安寧と発展よりも優先するべきものに従って行動しているとすればそれも納得が行く。というよりも200年前の惨劇が聖教会の仕込みだという可能性さえ否定できない」
だがそれも『聖教会』の真の目的がなんであるのかによっては、充分にあり得るのだ。
「人の意識の誘導、ですか」
「それも数世代をかけてのね」
人が『大魔導期』の如く繁栄していては困る理由。
その理由とはなんなのかなどわかるはずもないが、もしもそんなものが本当にあるのであれば、人は強大な魔物には勝てないのだという摺り込みは確かに有効な手だといえる。
滅ばない程度には維持しながら、世界を支配させぬように制御する。
それは人の心をある程度制御しうるとはいえ、宗教だけでは不十分だろう。
神から人のみが与えられる『能力』、そのうちで魔物とも戦える力に恵まれた者たちの多くを支配している『冒険者ギルド』という組織も、勢いきな臭くならざるを得ない。
「となるとソル様は聖教会にとって、不倶戴天の敵ということになりますね」
「どうして?」
またしてもマクシミリアの問いはスルーされた。
聖教会の目的が人類の繁栄の制限であると仮定すれば、『禁忌領域』を解放し、すべての迷宮を攻略しようとするソルは聖教会にとって最大の脅威である。
放置すれば千年に渡って人の世に強いてきた必要な欺瞞がすべて破綻するとなれば、なんとしてでも排除しようとするだろう。
「少なくとも聖教会中枢部にとっては間違いなくそうだろうね。そうではないなら……僕ならそうだな、即座に勇者にでも認定して率先して祀り上げるね」
フランツが聖教会の立場であれば間違いなくそうする。
「そうしないということは……」
「彼らなりに勝つ自信があるんだろうさ。まあ、すでに手札はセットされてオープンを待つだけだ。僕たちの手札はあまりにも最強で負けは想像できないけど、相手が殴り掛かってくるという可能性はなくはない」
「ルール外での決着ですか」
「その手段こそが『勇者』なのかもしれないね」
「勇者救世譚……」
そういう視点で見れば、確かに千年前に聖教会は人の繁栄を終わらせたともとれるのだ。
真の出来事を語らず、聖教会に都合のいい嘘を騙る偽りの神話。
それこそがこの大陸で知らぬ者などいない『勇者救世譚』の正体なのかもしれないのだ。
城塞都市ガルレージュ上空で全竜が聖教会を「嘘吐き共」と呼んだことをフランツとフレデリカが知っていれば、その疑いは限りなく確信に近いものになっただろう。
「どちらにせよソル殿と全竜殿次第だということは変わらんよ。で、その我らが主殿はいまどちらに?」
そう結論したフランツが、今この場にいないソルとルーナの所在をフレデリカに確認した瞬間。
視線を遮るものなどない中央塔の高所露台から見て北東方向――城塞都市ガルレージュの方角上空に、真昼だというのに見る者の目を眩ませるほどの強烈な光の柱が発生した。
「あ」
成層圏よりも遥か上空から降り落ちるその光の柱は、聖教会の攻撃衛星による攻撃『神の雷』
それが蒼天から高速で城塞都市を焼かんとするが、着弾するよりもかなり上空で巨大な光の壁に阻まれて四方八方へと砕け散った。
全竜に弾かれたあの夜とまるで同じだが、今城塞都市にルーナはいない。
今『神の雷』を弾いたのはこれあるを予測したソルとフレデリカにお願いされて、不承不承お留守番しているリィンである。
ソルの『プレイヤー』が全竜から複製取得した『浮遊』を付与されたリィンが、かなりの高度で己の大盾、そのスキルで『神の雷』を捌き切ったのだ。
そして次の瞬間、フレデリカとフランツ、マクシミリアのいる露台よりも遥か上空に魔力による全竜の真躰が顕現し、あの夜と同じ極太の『竜砲』を遥かな天空へと向かって撃ち放った。
その瞬間、成層圏外に浮かんでいた『攻撃衛星』がまた一つ砕き墜とされたのだ。
「上におられたのだな」
「もうこんなの、御伽噺の世界だよね……」
「否定はできませんね」
この展開になるであろうことを事前に聞かされていたフレデリカ、フランツ、マクシミリアは今更取り乱しはしない。
だが実際にその目で見れば、驚きもするし呆れもする。
なにも知らされていない王都の民衆にすればなおのことだろう。
確かにマクシミリアが口にしたとおり、とても現実とは思えない。
だが確かに現実として今、聖教会との戦いは始まったのだ。
「さてこれで、聖教会は後に引けなくなったね。ソル殿一派と我がエメリア王国の神敵認定と、汎人類連盟に対する『聖戦』の発令が確定したわけだ」
「忙しくなりますね」
ソルの指示に従ってイシュリー司教枢機卿が聖都アドラティオにその不在を告げた結果、『聖戦』の狼煙代わりに神敵の拠点、城塞都市ガルレージュを滅ぼすと聖教会は決めたのだ。
だが全竜がいなければ防がれるはずがなかった『神の雷』は再び、ただの超絶強化された元『村娘』――『鉄壁リィン』によって弾かれた。
妖精族の里への一撃もある可能性を警戒してもう一人の元『村娘』――『癒しの聖女ジュリア』もその地へ移動してかまえていたのだが、撃ったら防がれて墜とされることを悟った聖教会は無駄な損害を出さないことに決めたらしい。
『神の雷』の2撃目、いや正しくは3撃目は今なお撃たれていない。
「ま、あちらさんよりはマシだろうさ。僕はこの幸運を神に感謝するよ」
「私もです」
ともかくこれでイシュリー司教枢機卿は完全にソル側に付く。
神敵必滅の尊い犠牲とされかけたのだ、イシュリーだけではなく生臭坊主の類はこぞってソルとエメリア王国に付くだろう。
自らの命すら神敵必滅に捧げる覚悟の敬虔な聖職者たちについては知らん。
ともかく聖教会としては計算違いも甚だしい、聖戦開戦の狼煙となったわけだ。
フランツもフレデリカも、自分が向こう側で聖戦に参加せねばならない立場ではなくてよかったと、信じてもいない神に今心の底から感謝しているところなのである。




