第081話 『エメリア王国』⑤
「フレデリカ、本当に信じていいんだね?」
エメリア王国王都マグナメリア、その中心である王城。
その王城内、王族のみが出入りを許される中央塔の最も高い位置にある露台で、絵に描いたような美形王子様がフレデリカにもう何度目かわからない確認を取っている。
マクシミリア・ゼン・ラ・エメリア。
エメリア王国の第一王位継承権を持っていた第二王子、つまりフレデリカのすぐ上の兄である。
「くどいですわマクシミリア兄さま」
うんざりした表情を浮かべぬようにそれなりの努力を要しながら、フレデリカが根気よく答えている。
だがにこやかな表情を維持することにはなんとか成功したものの、その代償として言葉に本音が出てしまっているようだ。
今まで見たこともないくらいの笑顔でマクシミリアが何度もフレデリカに確認しているのは、ソルが約束した以下の内容についてである。
一つ、マクシミリア第二王子は第1位の王位継承権を第一王子フランツへと譲る。
二つ、その代償としてマクシミリアは『盾役』として必要な能力をソルから与えられ、同じくマクシミリアが選出した5名に対しても必要と思われる能力を付与する。
三つ、マクシミリアは王族としての身分は保証されるが、国家運営に関わる公的なあらゆる役職からは解放される。
つまり次代の王様だけではなく公的なすべての立場を放り出し、一人の冒険者としての人生を始めるというわけだ。
その上フレデリカのように一気に強化されることは謝絶し、一から自分たちのパーティーとして強くなっていくことをお望みらしい。
そんな子供の頃からの夢が叶うと知って、もはや子供のような無邪気な笑顔でにっこにこのマクシミリアなのである。
――マクシミリア兄さまってこんな人だったのね……
正直、驚愕を隠し切れないフレデリカである。
先の一連の騒動の後、エメリア王国は表向きはともかくとして、実質ソルの属国になることをエゼルウェルド王の承認のもとに決定した。
その後フレデリカが口にするよりもはやく、まさかのマクシミリア本人から王位継承権をフランツかフレデリカに譲ることを提案してきたのだ。
ソルに仕えることを決めているフレデリカがエメリアの国王を兼任することは現実的とはいえず、結果として第一王子であるフランツが第1位王位継承権者になることにそれはもう速やかに決定した。
その御褒美としてマクシミリアが望んだものは、先に述べたとおりである。
国際的な繋がりと商人としての手腕から、フランツがエメリア王国の次代の王になることをフレデリカが望んでいることを聞かされていたソルがそれを快諾したというわけだ。
陰のある切れ者。
笑わない王子。
冷酷な実際主義者。
周囲からはそう囁かれ、フレデリカもその評価とそう変わらない人物だとマクシミリアのことを判断していた。
それが自身の継承した『絶対障壁』がエメリア王国の国益を守るための必須条件ではなくなり、より圧倒的な存在の庇護下に入れるのだと確信した瞬間こうなったのだ。
つまりこの人懐っこく、兄妹なのだから仲良くするのは当然だろう? とでも言いだしそうな能天気美形がマクシミリアの本性だったらしい。
――マクシミリア兄さまなりに、王族の義務を果たそうとしておられたのね。
『絶対障壁』を継いだ以上、兄に疎まれ妹に妬まれてでも、大国の後継ぎとしてあるべき姿に自分を律していたというわけだ。
そのことを理解し、自分がまだまだ子供であったことを内心で恥じているフレデリカである。
「確かに僕は王位を望んでいたけどさあ……」
「諦めてくださいフランツ兄さま。お父さまにもあと10年ほどは踏ん張っていただきますが、エメリア王国の後継ぎとしてはマクシミリア兄さまよりも、フランツ兄さまの方が最適なのですから」
一方で自身も望んでいたはずの王位が突然転がり込んできたフランツは複雑そうである。
さすがに兄だけあって弟の決意はある程度理解できており、それゆえにこそ経済面で王たらんとする弟を支えようと決めていたのだ。
それが笑顔でこれ幸いと放り出され、妹姫にも今さら要らんと言われ、あたかも消去法のように「お前しかおらん」とされたらさすがに思うところがなくもない。
まあ絶対的な後ろ盾を以て、自らだけではなく大陸全土が潤うように経済を回そうとするのであれば、大国の王としての立場はありがたいので全力で取り組むつもりではある。
「ひどいなフレデリカ」
だがそう言って快活に笑いとばす冒険者希望へ半目を向けることくらいは赦して欲しい次代の王なのである。
「しかし、まさかエメリア王国の王位が貧乏くじ扱いになるとはねえ……」
「わからないものですわね」
「お前が言うなと言っていいかな?」
フランツに言わせれば、もっともらしくうんうんと頷いている妹姫も大概だ。
軍部に圧倒的な人気を誇り、一部の大貴族たちからはクーデターの可能性さえ警戒されていたフレデリカが、今では恋する乙女の成分がやたらと強くなっているようにしか見えないのだ。
まあ聡明さまで失われているわけではないし、大国のややこしい王子王女を一手でこんな風にしてしまえるだけの力を持った殿方が相手であれば、気にすることもないのかもしれない。
兄としては少々寂しくもあるが、思えばそんな感情を持てるような関係にお互いが戻れたことを喜ぶべきなのだろう。
「フランツ兄さまにも今の私くらいにはなっていただくとソル様はお考えのようですから、そうおすねにならないで」
確かにソルは自分の拠点となるエメリア王国の現王と次世代王が万が一にも暗殺などで失われることがないように、機会を見て今のフレデリカ程度には強くなってもらいますなどと気楽気に言っていた。
つまり謁見の間にいたすべての人間を唖然とさせたフレデリカの今の強さであれば、ソルにとってみれば「念のため」に身に付けてもらうという程度でしかないのだ。
まあフランツも男なので、自分が迷宮や魔物支配領域の魔物などものともしない存在になれることは素直に嬉しくはある。
自分には少々似合わないなと思いもするが、一度気心の知れた仲間たちと一緒に迷宮に潜ってみたいと思わない男の子など存在しないのだ。
「父上が怪しいんだよ」
「あー」
マクシミリアの言葉に、フランツもフレデリカも天を仰いで同意せざるを得ない。
わざわざソルに対して、現王としての責務を果たしてフランツに引き継いだ後であれば、自身も迷宮に潜っても問題ないかなどと大真面目に聞いていた尊敬するべきエゼルウェルド王陛下は、確かに若き日々に「爆炎の狂王子」と呼ばれていたのであろう稚気を漂わせていた。
引退した大国の王と、その王と若き日にパーティーを組んでいたおじいちゃん、おばあちゃんがうきうきと迷宮攻略している絵面を想像して、その子供たちはちょっと頭を抱えたくなった。




