第077話 『エメリア王国』①
エメリア王国。
大陸中央部に位置する歴史ある大国。
軍事力も経済力も安定しており、古くから大陸四大国家のひとつに数えられている。
だが軍事力では隣接するイステカリオ帝国に及ばず、歴史と宗教的権威では北のアムネスフィア皇国に劣り、経済力では東のポセイニア東沿岸都市連盟に僅かに届かない。
我が国こそがナンバーワンだと言えるものがないことを、王侯貴族から庶民に至るまでなんとなく悔しくは思ってはいるものの、返してみればすべてが高レベルで安定しているという証左でもある。
言い換えれば軍事力ではイステカリオに次ぎ、歴史においてはアムネスフィアに続き、経済力ではポセイニアとほぼ拮抗しているのだ。
どれもトップこそ取れてはいないものの総合的な国力でいえば筆頭とみなされており、すべての科目でトップを取れないにもかかわらず学年主席の成績を取る秀才のような立ち位置と言える。
実際他の大国と比べれば自由――と言えば聞こえはいいが比較的のほほんというかおだやかな国民性であり、イステカリオの尚武やアムネスフィアの敬虔、ポセイニアの生き馬の目を抜くような競争社会を前提とした独善性は比較的薄い。
とはいえ当然楽園などではなく貧富の差もあれば差別も存在するが、現代において被差別種族である亜人族や獣人族にとってはまだ一番マシな大国であることは間違いない。
だが大陸中央の肥沃な平野部を支配し、南部の深い入り江があるため海運の拠点となる巨大な港湾都市も領有しているとはいえ、それだけで大国としての安定を手に入れられるほど現在のこの大陸は人にやさしくなどない。
同じ人の集団である他国などよりも、どの国家の領内にも無数に存在する魔物支配領域や迷宮に湧出する魔物たちの方がよほど脅威度は高いからだ。
強大な魔物であればあるほど、己が湧出した領域から離れたがらないという特性がゆえに人の社会はいまだ滅んでいないとさえいえる現状、それでも「はぐれ」と呼ばれる下位から中位と看做される魔物は時として人の世界に厄災を振り撒く。
それらから人の世界を護るのが国家や軍、冒険者ギルドであり、それらの組織を支え機能させるためにも大陸規模での円滑な経済活動は最重要視され、そんな現在は弱者である人類としての想い、考え方の基本的な軸を合わせるために『聖教会』は立ち回る。
要は国家間戦争などという、人という種が世界の覇権を取っていればこそ成立する道楽に血道を上げる余裕などない、というのが現代の人類がおかれている現状だと言えるのだ。
そんな中でエメリア王国が比較的とはいえ安定――言い換えればもっとも平和な国でいられる理由は、王家が持つ力にある。
自由な気風でありながらエメリア王国において長年にわたって王家の権威がまるで失墜の兆しを見せないのも、自国の繁栄の基盤にあるものが王家の力だと認識されているからに他ならない。
『絶対障壁』
人の生み出した兵器の類は言うに及ばず、神から与えられるとされている『能力』による魔法を含めた各種攻撃すらも完全に無効とするその唯一能力。
その効果は一度対象にかければ永続し、『禁忌領域』の領域主級にも通用するとなれば、現代においてその力は破格のものと看做される。
一時期には大げさ、ハッタリとみなされかけたその能力が本物だと証明され、それ以降は『聖教会』ですらエメリア王国をそれなりに立てざるをえないようになったのは、皮肉にも直近における人類最大の悲劇、『国喰らい』による七国崩壊の際だった。
聖教会による攻撃衛星による一撃すら凌ぎきる『国喰らい』を一定領域内に封じ込めるため、汎人類連盟総出で閉じ込めるための城壁を築く計画が立てられ、まあ案の定大失敗に終わった。
だが巨大なスライムに圧し掛かられ建築に携わっていた人々ごと消化されていく中、エメリア王国が担当していた区画城壁だけはまるで溶かされずに残り、そればかりか以後『国喰らい』はその城壁周辺に近づくこともしなくなったのだ。
その城壁に『絶対障壁』をかけていたのは当時の王太子、現代にも「エメリアの魔法王」としてその名を残しているアルフレッド・オル・ラ・エメリア。
その一件以来、エメリア王国の王都マグナメリアや城塞都市ガルレージュ、港湾都市ジュノは万が一魔物の大軍が押し寄せても耐えきれる「不落都市」としての名を絶対のものとし、他国で成功した者が最終的にはいずれかの都市へ移住することを目標とするまでになったのだ。
九つもの『禁忌領域』をその範囲内に抱え、『怪物たちの巣』とまで呼ばれる地域のど真ん中に存在する城塞都市ガルレージュに人が集まり、イステカリオ帝国との国境地帯であるにもかかわらず栄えているのは、その絶対の信頼が礎としてあるからに他ならない。
その『唯一能力』を継いだ者が、エメリアの次代の王となるのは当然のことだ。
他では確認されていない神の力が血統継承されることの希少な実例でもあり、現在でも優れた能力を神から授かった者との婚姻を王国貴族が進めようとする根拠ともなっている。
よって時にエメリア王国には女王が誕生しているのだ。
だがフレデリカは残念ながら『絶対障壁』を継承することはできなかった。
それどころか王家の血筋には魔物と戦える能力を授かる者が多いにもかかわらず、12歳を迎える年の元日になんの能力も授けられなかった、「はずれ姫」とみなされてさえいた。
ただ美しいだけだと言われていたフレデリカが、曲がりなりにも現王が第3位とはいえ王位継承権を与えるに至るまでに重ねてきた努力は並大抵のものではない。
だがそれでも『絶対障壁』を継げなかったフレデリカが、女王としてエメリア王国を継ぐ可能性は皆無に等しかったのだ。
それでもあきらめることができずに、自分でもそう思っていた「無駄な努力」を重ねていた結果、エメリアの女王となる事よりも己の夢を叶えることが出来得る可能性を得られたので、フレデリカは今とても幸せではある。
そのつい数日前までのフレデリカが見上げることしかできず、望んでも手に入らない『絶対障壁』を持って生まれたのは、第二王子であるマクシミリア・ゼン・ラ・エメリア。
だが今その第一王位継承権を持つ王子様は、「不落都市」の筆頭であるはずの王都マグナメリア、その中枢である王城の広大な謁見の間で、口を開けて絶句することしかできなくなっている。
それもそのはず、人類の黄金時代である『大魔導時代』に建設されたとされ、現代の技術ではとても再現などできない広大な王城の謁見の間。
そこには『禁忌領域№04』を支配していた領域主、有翼獅子の巨躯がその大部分を埋め尽くすようにして横たわっており、その前方、空中にフレデリカと謎の男と獣人系美少女が浮かんでいるとなればそうなるのも無理はない。
なんの先ぶれもなく、それらは忽然とこの場に現れたのだ。
「失礼いたしました王陛下。それにお兄様方。フレデリカ、ただいま城塞都市ガルレージュより帰還いたしました」
すでに浮遊になれているフレデリカが、空中でありながら優雅に王族らしい仕草で膝を折り、頭を垂れて帰還の挨拶を申し述べている。
その位置は現王も二人の王子も完全に見下ろす高い位置からだが。
「………………よくぞ戻った、愛しき我が娘よ」
すべての驚愕と欠礼をスルーしてそう受けた現王であり自分たちの父親を、フレデリカを含めた3人の王位継承権をもつ子供たちはそれぞれの視線で見つめざるを得ない。
それは二人は「マジかこの親父」という驚愕、一人は「さすがはお父様」という感嘆を込めて。
現役で大国を担う王の胆力はやはり並ではないのだ。
まあ王としてみれば自分の娘が自信満々でこんな暴挙に出る以上、フレデリカにではなく共にいるソル・ロックとその従僕に全面服従するのが最善手なのだと理解するしかない。
できるだけ自分が話の主導権を握るつもりだが、いくら打ち合せなしだったとはいえ二人の王子や大臣たちが阿呆な発言をしようとしたら自分が止めるしかない。
その行為は王として国を護ることと同義なのだ。
『禁忌領域№04』の領域主としてこの国の者であれば知らぬ者とてない有翼獅子をほとんど抵抗の痕も残さないままに始末し、この場に忽然と出現させることができる相手に喧嘩を売って、生き残れる者など誰もいないのだから。
だがそんな存在を国を愛するフレデリカが連れて戻ったということは、対応さえ間違えねばエメリア王国建国以来の福音をもたらす者でもあるはずなのだ。




