第074話 『組織』④
「エリザ以外に5パーティーもあれば、誰もやりたがらない依頼を処理する速度も上がるだろうし、当面はそれで行ってみよう。足りないようなら追加も考えるけどね」
どこかうきうきと計画を告げるソルは、そんなエリザの気持ちになど気付かない。
だれかの特別な存在であることの喜びなどに、これまでさして興味を持ったことがないソルであればそれも無理なからぬことなのだが。
「ただしその条件として、エリザが組織として定めた規律をヨアンとルイズ、新たに加える30人が破った場合、エリザがリーダーとして厳格に処分すること」
「承知致しました!」
だが続けてソルがエリザに課した重責に対して、エリザの表情がにわかに明るくなる。
自分がまだソルの中で数の内に入っていることを自覚できたからだ。
エリザがきちんとリーダーとしてソルに期待されているからこそ、これから拡充する部下たちを統率するのに困らないように、さらなる力を与えてくれた。
ソルが期待しているレベルは高く、力を与えられているとはいえまだ子供と言えるエリザには厳しい要求である事は確かだろう。
だが期待していない相手に厳しい要求をする者などいはしない。
過度の無能者であればいざ知らず、ソルであればいくらでも有能な人材を確保できるからには、エリザも自分が最低限の期待をされていると信じることができる。
それに明確に規律を破った者を殺せとは言われていない。
必要とあればそれ以上に厳しく、恐怖を叩き込むやり方も必要だということだろう。
ソルが冒険者ギルドで見せた、A級冒険者パーティーに対する蹂躙の如く。
安易に殺すだけで済ませれば、ソルの期待を裏切ることになるかもしれない。
エリザはこれからより強く、より可愛く綺麗に、その上で冷徹にもならねばならないのだ。
だが自分が絶対者の手駒のひとつで在り続けたいというのであれば、それくらいはできて当然だろうとエリザ自身がそう思う。
「さて、じゃあエリザたちが受けた依頼をこなして帰ろうか。結構な数を受けているんだろ? 手伝うよ」
「いえ、この程度の依頼はこの後私たちできちんと遂行します。ソル様はお休みください」
「そう?」
だからここでエリザは賭けに出た。
「その……今から私たちに割いていただける予定であった時間を、出来れば今夜に回していただくわけにはまいりませんか?」
「別にいいよ」
内容も聞かれずに快諾を得たことに、少しエリザはたじろぐ。
ソルにしてみれば、初めから今日一日は自らが『解放者』に引き入れたエリザたちのために使おうと思っていたのでもとより否やなどない。
確かに今のエリザであれば一人でもこなせる依頼に付き合うよりは、真剣に頼み込んでくる用件に付きあう方が互いにとって有益だろうとも思う。
「スラムの組織間での定例会が今夜開かれるのです。それで……」
「わかった。時間は深夜? じゃあそれまでになにか美味しいものでも食べてから行こうか」
――なるほど。
どれだけ力をつけようが、その場に集まった裏組織の頭目たちをその護衛ごと鏖にできようが、エリザがヨアンとルイズを伴ってその会合に参加すればまずなめてかかられる可能性は高い。
冒険者ギルドでの顛末を知ってはいても、自分たちの薄ら暗い暴力に絶対の自信を持つ者たちであれば、如何に強くても子供の精神くらい圧し折れると思いあがる者も多いだろう。
確かにそこへソルが同行するのは効果的ではある。
数日前までのソルであればともかく、今や『九頭龍殺し』にしてフレデリカ第一王女の想い人と看做されているにわか英雄なのだ。
それが会合に参加するのを厭わないとなれば、少なくともエリザたちを甘く見る者はいなくなる。
「それでですね、その……あの……」
「?」
ソルの分析はほぼエリザの狙いを正確に見抜いている。
見抜けなかったのはエリザがそれにかこつけて、対外的な自分の立ち位置を「あるもの」に固定しようと画策していることだ。
「わ、私をソル様の女の一人ということにしていただいてもよろしいでしょうか? いえ! 本当にそうしてくださいなどと図々しいことをお願いしているわけではありません! ですがそういうことにしてくださった方がとても助かると申しますか、えーっと……」
肚を決めて、まくしたてるようにソルに伝えたエリザの顔は朱に染まっている。
女もなにも、まだ恋心すら持ったことの無かったエリザである。
自分でも絶望していたあの火傷であればそれも当然かもしれないが、それだけにお題目にかこつけて、フリだけとはいえ自分をソルの女にしてくれなどと口にするのは顔から火が出るくらいに恥ずかしい。
それは普通の女の子のような羞恥ではない、自分なんかがなんて図々しいという自信の無さからくる後ろ向きの羞恥。
火傷が治って数日では、自信を取り戻すには時間が足りなさすぎるのだ。
それでも初めての自分の女の子としての望みのために、エリザはなんとか言い切った。
「……エリザも同じことを言うんだなあ」
困ったニュアンスを含んだソルのその言葉に、思わず閉じてしまっていた眼を恐る恐る開けてその様子を確認するエリザ。
そこには天を仰いで声と同じく、少し困ったような顔をしたソルが映る。
「もしかしてですけど……フレデリカ王女殿下にも言われましたか」
「わかるんだ」
「いえ、その……まあ、なんとなくは」
ソル様のお手付きである事を対外的に表明したい。
たとえそれがふりに過ぎなくてもだ。
それがもたらす恩恵がどれほどのものか、フレデリカもエリザも十分すぎるほどに理解している。
だが数日前まで何者でもない、醜い火傷を顔に負ったスラムのならず者に過ぎなかったエリザと、四大国家に数えられるエメリア王国の第一王女が同じことを望んでいる。
それに対するソルのリアクションは、ただ困ったなという程度のもの。
その様子を目にしたエリザは、なんだか嬉しくなってきてしまった。
昨日、正面大門から仕留めた九頭龍を背に牽き、フレデリカ王女と幼馴染であるリィンとジュリアを伴ったソルの様子を、じつはエリザもこっそり遠くから見ていた。
どれだけ力を与えられようが、絶望していた火傷を治してもらおうが、エリザはいまだスラムの住民に過ぎない。
ガルレージュ中の民衆から称賛を浴びて、あんな風にきらきらと微笑める王女やソルの幼馴染たちとはものが違う。
そう思ってしまった。
だからこそ、裏方に徹しようとしたというのもある。
だがそのエリザの考えを聞いて喜んだソルは、あっさりと自分だけを伴っておなじ『禁忌領域』の領域主である有翼獅子を倒し、エリザにとんでもない強さを与えてくれた。
昨日の『禁忌領域』の開放とその領域主の討伐という奇跡。
それは幼馴染だとか王女様だとか、特別な立場にいる女の子じゃないと与えられないと思ってしまっていたけれど、どうやらそういうことでもないらしい。
「まあ……ふり程度ならいいか」
「リィン様にも、王女殿下にも私からきちんと説明いたします! ふふ。ふふふふ」
ソルにとっては自身の持つ圧倒的な力を前提に、その夢を叶えるために役にたつかたたないかがすべて。
その前には一国の王女も、スラムの住民もなんのアドバンテージもペナルティもないのだ。
最終的にどうなるかなどわかるはずもない。
正直ソルが自分を本当に愛する――いや遊びの相手としてでさえも女として選ぶなど、今はまだまるで思えない。
だが望むだけなら自由なのだ。
そしてソルの役に立てる位置に今自分はいる。
自分という存在が、一国の王女様相手に戦えるということが、嬉しいような可笑しいような、なんだか幸せになってエリザは自分が微笑むことを止められなくなってしまった。
そんなエリザの様子にちょっと気味悪そうにしているソルとルーナを見て、また別の意味でも笑ってしまうエリザなのである。




