第072話 『組織』②
「いや、僕の意に沿わないとかそういうことではないんだけど……どうしてこの手の依頼ばかりを受けるのかを聞かせてもらってもいいかな?」
『転移』で顕れ、『浮遊』で浮いていた空中から地に降り立つと同時、ソルは戦闘状態から通常へと意識を切り替え、エリザとヨアン、ルイズを怯えさせていた吹きあがる魔力光を嘘のように消し去った。
壁内よりも野外だと機嫌がよくなるらしく、全竜は浮遊を維持したままソルの側近くにふわふわ浮いている。
ルーナにはエリザたちの怯えを完全に見抜かれているのだが、ルーナにしてみればなにをそんなに怯えているのかが理解できない。
スティーヴに言わせれば変わった依頼ばかりを受けているとのことだったが、特にさぼっているとか与えられた力を悪用しているという様子は感じられない。
その状況でソルに怯える理由が、自身がとんでもない強者であるルーナには理解できないのだ。
自身がソルに対して「やらかしたかも」と思った時の怯えですとでもエリザに言われれば、海よりも深く納得したであろうが。
「畏まりました」
エリザは本当に不思議そうにしているソルの様子と、ソルが怒っているのであればそれ以上に機嫌が悪いであろうルーナの機嫌が良さげなのを確認して、内心で胸をなでおろしている。
疑問に持たれることはある意味もっともなので、それがそのままソルにとっての不満になっていなければ問題はない。
そんなことをする必要はないよとでも言わるのであれば、ソルがエリザたちにかくあるべしと思っているように以後は動けばいいだけだ。
とはいえ気を抜くことなどできず、エリザは自分たちがスティーヴ曰く、変わった依頼ばかりを受けている理由を丁寧に説明する。
スティーヴが変わっているといったのは、エリザたちが初日の研修と試験任務をそつなくこなした後、ギルドが適任だと看做したB級相当の依頼も任務もまるで受けていないからだ。
かといってA級相当の高難易度依頼や任務をやりたがるわけでもなく、C級以下の報酬は安い代わりに危険度も低い依頼ばかりをやって、駆け出したちの仕事を奪っているというわけでもない。
いや後半についてはエリザたちも間違いなく駆け出しではあるので、しばらくの間であれば文句のつけようもないのだが。
ではエリザたちがどのような依頼を受けているかというと、いわゆる「効率の悪い」ものばかりを選んで、B級相当のその実力を以て片っ端から達成してゆくのだ。
依頼者が貧しい村や町のため、依頼場所までも遠く討伐対象が強力なくせに詳しい情報もわからないわりには、報酬が支払う労力にまるで見合っていないもの。
危険度は低いものの、城塞都市の地下水路に沸いたという巨大鼠の群れの討伐などという、広大な範囲に数がいて無駄に時間がかかり、その上なにを以て完了と看做すのかが難しいもの。
街道で影狼が確認されたためその街道付近一帯に巣がないかどうかを調査し、発見した場合は殲滅するという、報酬も危険度も発見するか無駄足かで大きく上下するもの。
いわゆる「受ける奴なんかはまずいないと思われるが、冒険者ギルドとしては掲示板に張り出すことを断るほどではない」という、クソ依頼などと冒険者たちから口汚く馬鹿にされる類のものばかりをエリザたちは受けているのだ。
冒険者稼業は奉仕活動などではない。
己の命を懸けて心身を酷使し、装備にも可能な限り金をかけて依頼や任務をこなす以上、割に合わないという時点でその依頼者に対して「なめてんのか!」と言いたくなるのも無理はないのだ。
一方で困難に直面している依頼者たちにしてみれば、その依頼をこなせるような冒険者たちにとっては端金でもなけなしの金を搔き集めた大金であり、受ける奴なんかいないと言われてもそれで依頼を出すしか解決手段などない。
自分たちの感謝などなんの価値もないと知りつつ、せめてそれくらいしか追加報酬など用意できないままに、誰かが受けてくれることを祈るようにして待っているのだ。
だがだいたいはその依頼票がはがされるより先に、依頼主の方がこの世界からいなくなる。
中には馬鹿な冒険者が受けてくれれば儲けものというような、度し難い依頼もあるにはあるのだが。
エリザたちはそんな依頼者たちの気持ちが痛いほどわかるのだ。
自分たちもつい数日前までそうやって祈ることしかできない、いや祈ることすらできなくなってしまった弱者であったがゆえに。
だからこそソルと出逢い、降ってわいたようしてに得た力をかつての自分たちが憧れた、実際にはそんな奴はいないという「都合のいい冒険者」になることに使おうと思ったのだ。
それはなにもそんな感傷的な理由からだけではない。
大々的にソルの立ち上げた『解放者』の新人だと紹介されたエリザたちが、そういう動き方をすればどうなるか。
もちろん依頼者も冒険者ギルドもいわゆる焦げ付き依頼が達成されることで助かり、自分たちはソルの与えてくれた力によって数をこなすことで利益を確保することも出来る。
高位から中堅の冒険者たちは自らの食い扶持である実入りの良い依頼や任務を奪われることもなく、エリザたちが派手に活躍することでソルに対する負の感情を蓄積することもないだろう。
ソルたちトップパーティーが『禁忌領域』の開放や、迷宮の深階層を攻略するという最前線を担うのであれば、エリザたちは地道に汗をかいて市井の貧しい人々に感謝される依頼をこなすべきだと判断したのだ。
すべては「ソルのおかげ」で、支配者階級から貧しい者たち、そのすべての暮らしが良くなったと言わしめる為に。
「なるほど……いいね。うん、すごくいいよその発想」
「あ、ありがとうございます」
エリザから一通りの説明を聞いたソルは、本気で感心している。
自身がすべての迷宮の攻略と魔物支配領域の開放という夢に憑りつかれているがゆえに、ソルにはそういった発想が皆無なのだ。
ソルは自分だったら他の冒険者や依頼主のことなど考えず、最高効率の依頼や任務を片っ端からこなして最短での強化とより上を目指すことを迷いなく選択する。
実際この2年はそうしてきていたし、マークやアランがちょっと無理目の依頼や任務を受けようとするのを止めるのに苦労はしても、ソルとて人情や人気取りのために非効率な依頼を受けるつもりなど毛先ほどもなかったのだ。
スティーヴから「変わった任務ばかり受ける」としか聞いていなかったので、エリザたちが俄かに得た力を過信して、無理目の依頼や任務を受けているのかと心配していた自分が正直なところ少し恥ずかしいソルである。
エリザはソルの評価よりも、もっと大人で賢かったのだ。
それにエリザは無理をしているというわけではなく、つい最近までの自分たちでは想像すらできなかった力を行使して任務や依頼をこなしていくことがとても楽しいのだ。
その上みんなに喜んでもらえるだけではなく、数日前までは一ヶ月かけても稼げなかったほどのお金を稼げるとなれば、エリザだけではなくヨアンとルイズも夢中になって依頼をこなすのは当然のことと言える。
先刻の影狼の群れに囲まれた時には、ちょっと泣きそうにはなっていたのだが。
それがソルにも感心される――喜んでもらえるのであれば、エリザにしてみればこれ以上ない大成功だと言える。
影狼に囲まれた先刻とは別の意味で、ちょっと泣きそうになってしまうエリザなのである。
「でも迷宮とか魔物支配領域の攻略には興味ないの?」
「なくはないのですが……」
ここで少し目が泳ぐエリザである。
自身が口にしたとおり確かに無くはないのだが、それはヨアンとルイズと共にというわけではない。
まず無理だとはわかっているのだが、自分を救ってくれたソルを自分が助けられるように、共に迷宮攻略なんかをできたらいいなあと思ってしまうことは止められない。
「よしわかった。でも今の路線を続けるにしてももっと強い方が都合がいいよね。それにエリザたちの組織から戦力を増やすにしても、部下とは隔絶した強さの方がなにかとやりやすいだろうし」
「それはソル様の仰るとおりです」
朴念仁のソルには、そんなエリザの気持ちを慮ることなどできはしない。
エリザなりに理由はあるのだろうと判断し、自分に――自分たち『解放者』にとっていろんな意味で利益を生む行動をとってくれるからには、それを無理にやめさせる理由などない。
というよりも進んでバックアップし、より効率的に非効率な依頼や任務をエリザたちがこなせるようにするべきだとソルは判断した。
「じゃあ今からちょっとエリザだけ付き合える? 今受けている依頼をこなすのは、後で僕も付き合うからさ」
よって組織のリーダーであるエリザを突出して強化する。
そうすればソルが3桁のレベルに至ったことによって有り余っている『プレイヤー』の仲間枠をエリザの配下たちに使っても、なめられて組織が瓦解するようなことにはならないだろう。
つまりこれから、ここから一番近い適当な『禁忌領域』にソルとルーナにエリザを加えて赴き、領域主をすっ転がしてエリザのレベルも3桁にしてしまえばいいだけの話だ。




