第070話 『宴』⑥
「ソル様がそのシミュレーションの中から、今選んでおられるルートをお聞きしても?」
フレデリカにはソルの方針を確認しておく必要がある。
ある程度は予想できているとはいえ、この絶対者の思惑とほんの少しでもズレていることはあらゆる意味での致命傷になりかねない。
ソル自身が笑い話にしている「妄想」で片付けるには、少々実際的すぎるのも正直なところ怖くもある。
「うん。こっちにはすでに『全竜』もいるし、解放前とはいえ『妖精王』も押さえた。妖精族も味方に付いてくれそうだしね」
「はい」
ソルが隠すつもりもなく語ってくれるのであれば、フレデリカは聞き役に徹するのみだ。
「だから力押しでも僕が――僕たち『解放者』が快適に『禁忌領域』を含めた魔物支配領域の解放や、四大迷宮をはじめとするすべての迷宮を攻略できるようにすることはできると思う」
――今、私はうまく微笑めているのかしら。
ルーナが無邪気にしか見えない瞳でフレデリカを一瞥したのが、内心のすべてを見透かされているようで怖い。
今ソルは、こう言ったのだ。
いろいろ面倒くさくなれば、力を以てすべての敵対する存在を排除することも厭わないし、それは充分に可能だと。
そしてそれは思い上がりや妄想ではなく、厳然たる事実でしかない。
そのことはフレデリカ自身もよく理解している。
ソルの声が聞こえていたらしい数人の冒険者が酒を噴いているが、その気持ちがよくわかるフレデリカである。
「だけどできればそれは避けたい」
フレデリカと、酒を吹き出していた幾人かの冒険者たちが安堵の感情を思わず浮かべてしまう。
冗談だと、本当にそんなことをするはずがないと確信はしていても、それを実際にできる存在が口にする力押し――邪魔な存在悉くを鏖にするという言葉には威がこもる。
フレデリカが一番恐ろしいのは、その言葉を聞いた自分が恐怖と同時にどこか疼くような、背徳を伴った陶酔感を感じてしまっているところだろう。
「可能な限り円滑に、すべての迷宮を攻略をするための手札を揃えるためですね?」
だが一国の王女として体勢を立て直し、自分がソルの思考を正しく理解できていることを伝える。
ソルが妖精族たちに言っていた言葉。
『勇者救世譚』に登場するすべての『怪物』を揃えたパーティーを構築するという目標。
そのうちの『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』と『妖精王アイナノア・ラ・アヴァリル』はすでにソルの手の内にある。
あとの三体。
『死せる神獣』
『虚ろの魔王』
『呪われた勇者』
それらは今回の『妖精王』のように、そう都合よく手に入れることはできないとみておいた方が良い。
「うん。それには各国が持っている情報が必須になるだろうし、なによりも『聖教会』が持っているであろうその手の情報は圧倒的なはずだ。でも叩いて潰してしまったら、手に入れ損ねる可能性も高い」
となればソルの言うとおり、各国や聖教会が保有している情報こそが重要だ。
人の寿命など遥かに超えて存在し続けている国家や国際組織が積み上げ継承している情報こそが、御伽噺に登場している存在へと至る道を指し示してくれるだろう。
『邪竜』も『妖精王』もほぼ千年前に封じられ、囚われているからには、この件についての情報についてはあまり期待もできないのだ。
「汎人類連盟に属している国家であれば、ソル様に敵対する可能性は低いと思いますが」
「それも『聖教会』が鍵になると思う。おそらく『聖教会』と正面から敵対した場合、僕たちが思っている以上に敵に回る国家や人は多いんじゃないかな」
「……否定はできません」
確かに神の敵は嫌っても、聖教会の敵を嫌うことはない民衆も多くいるだろう。
だが数千年の時を閲した宗教の影響力を甘く見るべきではないとソルは判断し、それにはフレデリカも同意するところだ。
敬虔、妄信、狂信は時に損得も善悪も超えて人を突き動かすことを、歴史を学んだ者であれば誰もが知識としては身に付けることができる。
だがそれに我が身が晒されることは、出来れば避けたいと思うのもまた当然のことだろう。
それは強いとか弱いとか、勝ちとか負けとかを超越したなにかなのだ。
敵に回さずに済むのであれば、それに越したことはない。
「だったら二つに割ればいいんじゃないかなってずっと思っていたんだ。これまでの在り方を忠実に守る原理主義を『旧』とか『古』、まあ立てるのであれば『真』として、僕たちに都合よく人の社会の拡大に寄り添って柔軟に在り方を変えてくれる方を『新』とするみたいなね」
ソルの発言に、フレデリカは目を見開く。
それは王族であるフレデリカでさえも至っていなかった考え方だったからだ。
「そのトップには適度に俗で、それでいて優秀な人が必要だし、イシュリー司教枢機卿は適任かなと思ったんだけど……」
ソルは『旧聖教会』、あるいは『真聖教会』をすぐに壊滅させるつもりはないのだ。
相容れぬ者たちの受け皿としてそれを残し、決定的な対立を避けてうまく立ち回るための手段。
ソルは宗教を信じてはいないが、否定するつもりもない。
一方で神の存在は信じていて、それに対処する必要を感じている。
ソルの言う神とは人を救い導いてくれる超越者ではなく、人と変わらぬ意志や感情を持ちながら、神としか呼べない力を持った存在のことを差す。
まさに今のソルと同じような。
ソルがナニモノカにその力を与えられているということは、ソルと同じような存在がいると考えた方がよほど現実的なのだ。
それどころかソルが『プレイヤー』が仲間とした者にできるように、ソルの『プレイヤー』すら自由に奪うことができる者さえいるのかもしれない。
だからこそ、思いついた手段はすべて準備しておくべきなのだ。
「そうなりますと、まずはエメリア王国を固めることが優先となりますね」
「それにはフレデリカの協力が必須だ。お願いできるかな?」
「もちろんです。ソル様に同行していただくことをお願いしても?」
「こちらこそもちろん。だけど明日明後日は時間をくれるかな」
まずはフレデリカを中心として、エメリア王国を完全に掌握する。
だがその前に、ソルにはやっておきたいことがあるらしい。




