第069話 『宴』⑤
「ソル君、ああいうことも出来たんだね」
「正直びっくりしたよー」
リィンとジュリアがソルに話しかけているのは、いつもの冒険者ギルドに併設されている酒場の席だ。
貸し切りというわけでは当然なく、ソルたちの席の周りにはいつもどおり、多くの他の冒険者たちも客として飲み食いをしている。
当然それはフリだけで、競い合うようにして席を確保したのはソルたちの話を少しでも近くで聞くためだ。
もちろんリィンとジュリアが話題にしているのは今日の昼、中央広場ヘと向かう祝祭行列の途中でソルとイシュリー司教枢機卿が繰り広げた茶番についてである。
「僕をなめてもらっては困る。あれくらいの茶番などお茶の子さいさいだ。なんと言っても子供の頃からもしも無敵の力を手に入れた場合、どうすれば大陸中の魔物支配領域や迷宮を自由に攻略可能にできるかを妄想しまくっていたからね」
正面にジュリアが、右側にリィンが座り、膝の上にルーナを載せているソルはなぜかドヤ顔で断言する。
その様子を見てくすくす笑うフレデリカは、ちゃっかりソルの左隣に侍っている。
フレデリカは昼間と同じく、如何にも王女然とした衣装と装飾品を身に付けたまま、己が滞在しているガルレージュ総督府の貴賓室にソルを呼ぶのではなく、さも当たり前のように冒険者ギルドの酒場までついてきている。
いつもはある程度席も空いているギルド併設酒場が完全に満員状態になっているのは、出来るだけ近距離で王族――大国であるエメリア王国の第一王女の御尊顔を拝し奉りたい冒険者たちのせいでもある。
そんな王女がいそいそと料理をとりわけ酒を注ぎ、甲斐甲斐しくソルの世話をしているのが普通であるはずもない。
ソルがそれだけとんでもない存在で、そのソルに一国の王女が完全に従属しているところを見せつけることが目的のひとつでもあるフレデリカにしてみれば、高級な個室などよりギルド併設酒場の方がよほど都合がいいとも言える。
向かいの席に座っているジュリアが「あー」という顔をしているのは、王立学院時代や冒険者デビュー直後の同居生活時代に、ソルがなにやらぶつぶつ言っていたり、紙にいろんな計画とやらを書き散らしているのを見た記憶が蘇っているからだ。
まさかそれが実際に役に立つ日が来るとは、ソル本人も思っていなかったんじゃなかろうかと疑うジュリアである。
リィンも似たような表情をしているということは、ジュリアと同じような経験があるということだろう。
もっともリィンにしてみれば、ルーナはともかくフレデリカはソルに対する好意を露骨に表現するのでやきもきしているという方が強い。
そういった手練手管に関しては完全に上を行かれているので対抗しようもないのだが、そのフレデリカがリィンを蔑にするどころか、わかりやすく優先してくれているのがわかるからこそ焦燥感はより強くなる。
フレデリカにしてみればリィンやジュリアともめるつもりなどない。
他国の王女や皇女たち相手であればともかく、リィンやジュリア、ルーナが優先され、自分が4番目であっても一向にかまわないのだ。
重要なのは「ソルに数えられている」ということなのだ。
王族としても、一人の女としてもそういう前提でいるフレデリカの覚悟はすでに固まっている。
ソルが一言「今夜部屋に来い」とでも言えば、一も二もなくそれに従うのは間違いない。
ゆえにリィンの感じている焦燥感は、けして杞憂というわけではないのだ。
だがあらゆる意味において今ソルの1番である事が間違いない少女は、そういった思惑にはとりあえず無頓着に見える。
「でも無敵の力、ね」
「とてもそうは見えませんよね」
「ね」
その無敵の力とやらは今、ソルの膝に座ってご満悦で果実水をのんでいる。
ルーナがいくらのんでも絶対に無くならないように大きめの硝子容器が小まめに入れ替えられているため、まさかおねしょしたりはしないよな? と少々不安を覚えているソルである。
とはいえ千年もの間飲まず食わずであったことを知っているソルからすれば、ルーナが嬉しそうになにかを食べたり飲んだりしているのを制限する気には、とてもではないがなれないのだ。
ともあれリィンとフレデリカ、ジュリアが言うとおり、ルーナのその様子を見ていればただの獣人系褐色美少女にしか見えない。
ソルの妄想を現実にしてしまえるほどの、文字通り無敵の力を有した『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』だと知ってはいても、どうしても違和感を感じることは止められないのだ。
だが冗談ではなくソルのしていた妄想を『聖教会』相手に成立させてしまえたのは、『全竜』の力によって九頭龍を討伐し、『禁忌領域№09』を解放したという実績があればこそである。
そのため冒険者ギルドのガルレージュ支部長であるスティーヴは、九頭龍の処置と『禁忌領域』解放の扱いをどうするかを定めるため、本部との連絡と調整に忙殺されてこの席に参加できていない。
バッカス武具店のガウェインとその孫娘のアーニャは、九頭龍の解体に一から参加する許可をソル経由で取り付けたため、中央広場で作業が始まってから張り付きっぱなしである。
しばらくはとびきりの笑顔で、ぶっ倒れるまで徹夜を続けるであろうことは想像に難くない。
「敵はいる。迷宮の地下深くと塔の天上遥か彼方にはな。ゆえに我はもっと主殿に鍛えてもらわねばならん」
「興味はあるけど聞きたくない!」
「まだ種明かしは禁止」
「はーい」
急にルーナが『全竜』モードとなってとてつもなく気になる文言を口にするが、リィンやジュリアにしてみれば、いくら怖いもの見たさがあるとはいえ「世の中には知らない方がいいこともある」という、君子危うきに近寄らずモードが発動する。
九頭龍を一撃ですっ転がせる『全竜』が敵と看做し、自身のより一層の鍛錬を必要とする敵の詳しい情報など、少なくとも今の時点ではまだ知りたくもないのだ。
ソルにしてもまずは十全に自分の夢を追いかけられるように、下準備をきちんとしようと思っているところへそんな情報を聞かされては、これからするべきことがめんどうくさくなってしまいそうで怖い。
よって「しー」という仕草でルーナを静かにさせた。
仕草を真似て黙ったルーナは可愛らしいし、ソルが知るべきだと判断すればその理由も併せて説明をしてくれるだろうという信頼もある。
こう見えてもルーナはすでに数千年を生きている人の賢者を遥かに凌駕する竜なのだから。




