第068話 『宴』④
「そしてそれは僕が12歳の1月1日に神から授かった『能力』によって成されることであり、神は僕に言葉ではなく力を与えて、こう仰せになったのだと信じています――」
熱狂的な歓声が収まるのを落ち着いて待った後、今度は利益で味方につけた民衆に、それが欲に溺れて神に背くことではないのだと安心も与える。
「この力を以て地上のすべてを人の手に取り戻せ、と」
――このソル・ロックとかいう若造は、どこでこういう腹芸を身に付けたのだ。
自身も腹黒いことを自認しているイシュリーは本当に感心している。
あえて芝居がかったその台詞を以て、ずうずうしくもソルは自身を地上における神意代行者、神が人の世界へとつかわせた愛し子だと自ら宣言したのだ。
だが普通なら失笑を禁じ得ないその傲慢な言葉も、その背後に倒れ伏す九頭龍を前提とすれば神の福音の如く耳に響く。
だがいけしゃあしゃあと「民衆のために」という態を取っているのがいやらしい。
ソル本人には毛ほどもそのつもりがないとまでは言わなくとも、あくまでも己の興味、探求心、冒険心のためにこそすべての魔物支配領域、すべての迷宮の攻略を夢見ているのだから。
自分たちがよく知るソルとはあまりにも違う、本当に神に愛された子のような大仰な芝居にぽかんと口を開けてみることしかできなかったリィンとジュリアも、さすがにこれには半目をソルに向けざるを得ない。
素直に感心しているのはルーナと、ソルにこういう腹芸もできるのだと知ったフレデリカの二人だ。
「それを『聖教会』は止めるのですか? 神に背く行為だと?」
だがソルはノリノリ。
イシュリーがきちんと黙っていてくれることから相手に自分の意図が伝わっていることを理解し、この場における最大限の成果を得るべく芝居を続行する。
そのために滅私の神意代行を理解されないことを怒るのではなく、その無理解に対する哀しみとして態度に表す。
「もし本当にそうなのであれば、イシュリー枢機卿が咎められる前に神は『神の雷』を以て僕を裁かれるはずです。違いますか?」
その上で一応は事実に基づいた主張を続ける。
『聖教会』が司る『奇跡』として一番有名なものが、ソルの口にした『神の雷』だ。
この大陸に生きる者であれば誰でも知っており、しかもそれは神話や伝説としてという意味ではない。
『国喰らい』をこそ滅せてはいないものの、人の手に負えない大型魔物の暴走を何度も人々が見守る目の前で撃ち滅ぼしているがゆえにこそ有名なのだ。
人同士で争っている場合ではないのに戦争を始めた愚かな国の軍が展開した戦場のど真ん中に叩き込まれ、その戦意を根元から圧し折ったこともある。
イシュリーの立場では知る由もないが、ソルの言っていることはまったく違わないのだ。
『聖教会』は人も魔物も一切の容赦区分などせず、邪魔者をその逸失技術兵器を以て討ち滅ぼす。
「僕たちは昨夜、この街に侵入した魔族を討伐しています」
そしてその天空より降り落ちる『神の雷』を、昨夜多くのガルレージュの民衆は実際に目の当たりにしているのだ。
「その際に神は、その『神の雷』によって僕を援護してくださいました。僕が今日、『禁忌領域№09』の解放を決意した最大の理由がそれです」
真実はもちろん違う。
ソルとルーナを撃ち滅ぼさんとして下された『神の雷』は、全竜の結界を抜くこと能わず弾き消され、報復に『竜砲』の直撃を受けて貴重な一つを永遠に失ったのだ。
よくもまあそれを、神による自分への援護だと宣うものだ。
さすがにこれにはルーナもちょっとびっくりしたような表情を浮かべている。
だがあの場でなにが起こっていたのかを詳細に知る術など持たない民衆にとっては、ソルが語った内容こそが真実として響く。
死人に口なし、生きてこの場に立つ者の言うことが昨夜の真実として確定されたのだ。
「もしも僕の行為が神意に背くものなのならば、今すぐ『神の雷』によって裁かれようともかまいません!」
そして芝居がかった仕草で、神の意志であればそれを受け入れるアピールも怠らない。
「……同じ結果に終わりますけどね」
「であろうな……」
だが実際は、そばに立つイシュリーにだけ聞こえる小声で、それは無駄だとソルは宣言する。
実際に撃たれたとしても昨夜と同じくルーナが無効化するし、この状況で撃ち込んでくるのであれば茶番は終いで完全に敵対するのみである。
だがその発言に対してイシュリーもソルにしか聞こえない小声で応えたことによって、お互いの意志が基本的に疎通できていることを互いに認識した。
イシュリーとて聖教会の司祭枢機卿の地位に就いているのだ、直接は関われなくとも『神の雷』のカラクリ程度であれば知識として知っている。
昨夜のあれがソルを狙って凌ぎきられたのだと初めから知らされてさえいれば、今少しうまくソルやフレデリカに接触することもイシュリーにも出来ただろう。
あるいは知らせなかったのは、イシュリーがソルに取り込まれることを警戒した聖都の判断だったのかもしれない。
「私は神に背くものではありません。それは今、『神の雷』によって裁かれないことによって証明されたと考えても?」
「……その言、認めざるを得まい。聖教会は神意を代行する者すべての味方であり、神が使わされた使徒様には全面的に従うものである。短絡的に背教者などと断じた我が非礼をお詫びする。フレデリカ王女殿下に対しても、我が不明による非礼をお詫びします」
結局は、取り込まれることになったのだが。
ソルがガルレージュ教区の司祭枢機卿である自分に利用価値を見出しているのであれば、イシュリーはその思惑に全面的に乗ることを決めたのだ。
『禁忌領域』を苦もなく解放する絶対者が神の権威を必要とするのであれば、自分がそれを与える役になればいい。
それこそが最も自分に利益をもたらすだろうし、巧くすればソルの庇護下の下、一足飛びに教皇の地位につける可能性は決して低くはない。
なれないのであればそんな中枢部は潰し、なれる組織を再構築すればいいだけの話だ。
それを可能とするソルの味方でさえいれば、それもそう難しいことでもないだろう。
よって民衆の前で司教枢機卿としての頭を下げて詫び、民衆が期待するとおりに俄かに顕れた『英雄』に神による箔をつけることは、もはやイシュリーにとって必然とさえいえる。
「神は寛大です。僕もそれに倣う者です」
「ソル様がそう仰られるのであれば、私にもなんのわだかまりもございません」
「感謝致します」
そしてソルの茶番は成った。
この瞬間、ソルは禁忌領域を解放し得る力を基に、少なくとも城塞都市ガルレージュの民衆からの圧倒的な支持と、辺境教区のみとはいえ『聖教会』――神による神意代行者認定を手に入れたのだ。
そしてそれは、これまで一枚岩とは言えずとも一つで在り続けた『聖教会』を『新』と『旧』に分かつ嚆矢ともなったのだ。
他方。
「な、なんであんな……ソルが……あいつらがあの場所にいて、お、俺は……」
爆発的な熱狂に支配された城塞都市ガルレージュの中央広場付近を、真っ蒼な顔色でふらふらと、意味の分からない言葉をぶつぶつとつぶやきながらマーク――元『黒虎』のリーダーにして、今圧倒的な賞賛と神からの承認すらも受けているソルたちの幼馴染でもあった男が歩いている。
「嘘だ。ソルがあんな……俺が、俺は……」
ソルと共にいたリィンでもジュリアでもなく、『百手巨神』の精鋭たちを地獄に叩き落とした獣人系の美少女とも違うとんでもない美女は、この国の第一王女であるフレデリカだと聞いた。
マークが憧れ、A級冒険者となると同時に正規軍入りを望んだのは、戦闘能力に長けまだ年若い自分が王都の近衛に所属し、王女の目にとまって王族入りするという夢物語を望んでいたからに他ならない。
自分自身ですら妄想だと笑えていたが、本当はまったく可能性がないとも思っていなかった。
そのためにも自分の引き立て役である『黒虎』のメンバーたちごと近衛入りすることを望んでいたのだ。
アランだけは敵になる可能性を孕んでいたが、子供の頃からマークを立ててくれていたアランであれば、自分の野望にも協力してくれるだろうと能天気に期待もしていた。
そのマークとアランの意見が分かれたことが、すべての綻びのはじまりだったのか。
『黒虎』は解散となり、マークの近衛入りは白紙となり、アランとは今朝から連絡がつかない。
それに反して、惨めに除名され一人でとぼとぼと田舎に帰るはずだったソルは今、美しく育った二人の幼馴染と、とんでもない戦闘能力を持った美少女、そればかりかマークが憧れた一国の王女に傅かれながら『聖教会』から神意代行者とまで看做されている。
マークが憧れたすべて、いやそれ以上をたった数日ですべて手に入れて誇らしげに笑っている。
「嘘だ。これは嘘だ。悪い夢だ。早く目を覚まさなきゃな。はは。はははは」
ぶつぶつとつぶやきながら、マークは外壁の方へと彷徨ってゆく。
賞賛と熱狂が渦巻き光り輝くような中央広場に背を向け、自らの脚で暗い方へ、闇の深淵の方へと墜ちてゆくかのように。




