第062話 『臣従と隷属』③
「僕の想定している最強パーティーを実現するためには、『囚われの妖精王』――アイナノア・ラ・アヴァリルに参加してもらうことが必要です。ルーナを見ていると『封印』とか『囚われ』から解放するのはとても効果的っぽいので、可能であればここでポイントを稼いでおきたいところですね。貴方たちが味方になってくれるというのもありがたいですし」
這い蹲って頭を下げているエルフ二人にソルは穏やかにそう告げ、頭を上げて立ち上がるように促した。
あえて冗談っぽく伝えた内容に、なぜかルーナが赤面しているのがいまいち腑に落ちないソルである。
今はまだ意識のないアイナノアが、ソルの仲間になってくれるかどうかなどわかるはずもない。
だがルーナと同じく、神の力によって囚われている状況から救い出すことができれば、それなりの恩を着せることが可能だろう。
完全に意識も失われているのであれば、最初にルーナがソルに見せた狂気にまでは陥っていない可能性の方が高い。
ただ千年近くを眠っていたというだけに過ぎない。
それとても人の身からすれば途方もないことではあるのだが。
だがたとえそうだとしても、永遠の眠り姫の目を覚ませてみせた王子様にであれば、ある程度の協力をしてくれると期待するくらいは良いだろう。
己の望みがあるのであれば、まずは相手の望みを叶えることが肝要なのだ。
アイナノアが覚醒など望んでいなかった場合は知らん。
そもそも目を覚ましてもらわないと協力してもらうことも出来ないので、まずは『妖精王』の覚醒を目指すことはソルにとっても望むところなのである。
ソルが覚醒させたのだという証明は、この二人のエルフがしてくれる。
そういう意味でも、妖精族に対して『プレイヤー』の力を行使する実験ができるという意味でも、お世辞ではなくこの二人が臣従してくれるというのはソルにとってありがたい。
「手段はあるのでしょうか?」
不安げな言葉の内容に反して、二人のエルフが浮かべているその表情は縋るような希望に満ちている。
なんといってもソルは『妖精王』を囚らえているそれと同じ、神の力によって封じられていた『邪竜』を解放しているという実績があるのだからそれも当然だと言える。
「どう囚われているのか次第ですけど、僕のみたところ目隠しの咒具と躰を縛っている血色の呪糸は僕の能力でなんとかできるかもしれません。ですが髪と肌、おそらくは瞳の『黒化』については、ちょっとまだどうすればいいかはわからないですね……」
「なるほど、『解呪』が有効かもしれないんですね」
「そゆこと」
ソルのその見立てにリィンが反応し、ジュリアも納得した表情を浮かべている。
エルフ2人やフレデリカたちにはピンとこないのも当然で、これはかつてソルに呪いの魔道具の解除をしてもらった経験がなければわかるはずもない。
極稀に迷宮深部で発見される『宝箱』の中に収められている、時代錯誤遺物とでも呼ぶべき特殊な武器や防具、あるいは魔道具。
それらはとんでもない値で売れるのはもちろんのこと、冒険者にとっては自らの戦闘能力を飛躍的に引き挙げてくれる可能性を持った、文字通りの宝物でもある。
冒険者の中にはそういった迷宮産の武器防具、魔道具を操ることに特化した『能力』に恵まれている者も極少数存在し、『浮遊剣』や『千盾』という通り名で知られている。
だが稀に呪われる。
身に付けたその瞬間にその呪いは発動し、本来人には成す術がない。
命を奪うほどのモノはあまり確認されてはいないが、装備者に深刻な影響を与えることからもかなりの警戒をされている。
それでも身に付けるまでその効果がわからないことから、呪いの危険を冒してでも試す冒険者は後を絶たないのだ。
先述の『浮遊剣』や『千盾』も、いくつかの呪いにその身を苛まれていると聞く。
それをソルは――『プレイヤー』のスキルのひとつである『解呪』は、いとも容易く解除してのけることが可能なのだ。
リィンとジュリアの顔が少々茹っているのは、今なお愛用している元呪いの魔道具の、その呪いが少々ハシタナイ部類だったことを思い出しているが故だ。
ソルがいてくれなかったらと思うと、本気でぞっとする。
ともかくその手の「呪いの魔道具」系であれば、ソルが解除できる可能性が非常に高い。
そして例の空間で目にした5枚の手札、その一枚であった『囚われの妖精王』は、ソルの口にした目隠しの咒具と呪糸で縛られていたのだ。
「それ以前になぜ、『妖精王』の様子をそこまで詳しく……」
「あー……」
だが本物は今なお棺に封じられたまま、見たこともないはずのソルがなぜそこまで具体的に知っているのかを訝るのは当然のことと言える。
「いえ、申し訳ありません。すべてを説明せよなどとのたまうつもりではありません。御許し下さい」
とはいえ一からあの『召喚』のことをどう説明したものかとソルが言い淀んでいると、自分が踏み込み過ぎたと判断したエルフの方から謝罪をしてくれた。
ソル自身も、あそこで『封印されし邪竜』以外を選んでいたら、どんな展開だったのだろうと思わなくもない。
それをルーナの目の前で「なぜ『囚われの妖精王』を選んでくれなかったのか」と、まさか口には出すまいが、そういう空気になっても居た堪れないので流すことにした。
「いや、えーっと、はい。まずは見せてもらっても?」
「もちろんです」
棺に近寄り、エルフの一人が呪印を結ぶとあっさりと棺の蓋が開き、色とりどりの花が敷き詰められた中に華奢な『妖精王』がうずもれる様にして眠っている。
「うん、目を封じている咒具と、全身を縛っている呪糸はなんとかなるね」
その目を覆っている咒具も、全身に絡みついているような呪糸も、ソルが『召喚』の空間で目にした手札に描かれていたそのままだ。
もったいぶることなくソルが『解呪』を行使すると、その二つはあっさりと崩壊し、その欠片すらも残さずに消滅した。
「おお……」
あまりにもあっさりと『妖精王』を囚らえていた咒具と呪糸を無効化したソルに対して、二人のエルフは感嘆の声を上げている。
「うわ……」
「そりゃまあ、ただでさえ美男美女しか存在しないとまで言われている妖精族の王だもんねー」
「これは…………」
だがリィンやジュリア、フレデリカとその二人の近衛たちは別の意味で感嘆の声を漏らさざるを得ない。
平然とした顔をしているのはルーナくらいで、美女には慣れていると言えるソルですら少々赤面せざるを得ないほどの美貌。
顔の大部分を覆っていた咒具が消え去り、目を閉じたままとは言えその顔の全貌を晒した『妖精王』アイナノア・ラ・アヴァリルはそれほどまでに美しい。
自身の身長よりも長く伸ばされた髪は二つに結えられ、あたかも眠る本人を守るかのように花と共にその全身を覆っている。
白を基調に金が各所にあしらわれた意匠のドレスは子供らしい可愛らしさと清楚さを両立させており、剥き出しの肩から足元にかけて半透明のヴェールに覆われているその様子はまさに妖精の王と呼ぶに相応しい。
ルーナ以外は、ソルが見惚れていることに半目を向ける余裕もないほど、自身も見惚れてしまっているのだ。
「……だけど黒化? は『解呪』の対象にならない。いわゆる「呪いの魔道具」によるものじゃないってことだね」
だからこそ、ソルの『解呪』ではなんともできない『黒化』がより一層禍々しい。
ルーナの肌のように健康的な褐色というわけでもなく、ソルの髪や瞳のように艶めいた黒でもなく、ただただ穢れが積み重なったかのようにどす黒い。
それは人の髪や瞳や肌がどんな色であれ、生命力に溢れて美しいこととは根本からその意味合いを違えている。
呪いの黒。
それが本来はターコイズ・ブルーに輝くと伝えられている、『妖精王』の髪も肌も染めている。
今はまだ開かれていない瞳もまた、間違いなくそうなのだろう。
二つの魔道具による拘束を解かれてもなおアイナノアが覚醒しないのは、この『黒化』こそが神の力によって『妖精王』を囚らえている根幹である証とも言える。
「となるとイステカリオ帝国か、聖教会に解いてもらうしかない。囚らえたからには、解放する手段も持っているだろうし。まあ僕自身の――『プレイヤー』の強化でなんとかできるようになる可能性もなくはないけど……」
ソルはあっさりと切り替える。
今手持ちの札では不可能なのであれば、可能な札を取りに行けばいいだけの話だ。
幸いにしてそれがどこにあるのかなど、誰に聞く必要もなく明確なのだから。
「とりあえずお2人は妖精族の集落――里へ戻っておいてくれる? これからイステカリオ帝国の追手の人たちと交渉するのに、貴方たちが目の前にいたらややこしそうだし」
「承知致しました」
そしてそれを問える相手がここには8人も転がっている。
知っていれば吐いてもらえばよいし、知らなければイステカリオ帝国にそれを「寄越せ」というメッセンジャーになってもらえばいい。
ソルは自分の夢を叶えるために必要と判断したものを手に入れるために、遠慮するつもりなどありはしない。
わりとソルは容赦がないのだ。
すでに少数しか生き残っていないエルフはソルにとって貴重だが、多くの国に溢れかえっている人はそう貴重だとは考えていない。
極論、エメリア王国が健在でさえあれば、自分たちが人らしい暮らしをするのには困らないとの判断を下している。
積極的に国民もろとも滅ぼそうなどとは思ってはいないが、邪魔になるのであれば国家の一つ二つ、その中枢を滅ぼすのもやむなしとも思っている。
とはいえ最初は丁寧に交渉し、提供してもらえるのであれば充分な対価も支払うつもりでいるソルである。
だがそうではないのであれば、己が力を以て奪うだけである。
――バカみたいなレベルアップの結果、『プレイヤー』が新たに獲得したスキルの実験台にもちょうどいいしね。
今はまだ意識を失ったままのイステカリオ帝国、その精鋭魔導部隊の8人。
中でも隊長はまだ、自分のこれからの言動次第で自身も、自身が愛する帝国もあっさりと滅びることになりかねないことなど知るはずもない。
あるいは今の昏睡こそが、彼らの人生において最後の穏やかな眠りになるのかもしれない。




