第054話 『王位継承権者』⑦
「クラン立ち上げとその本拠地構築どころじゃねえなソル王陛下。国興しだこりゃ」
「国民がいませんけど……」
「王様と竜嬢ちゃん、リィン嬢で3人か」
「村ですらない……」
どこか茫然としているソルを、スティーヴが弄って遊んでいる。
これから過労死してもおかしくないくらいの仕事が待っている割には、どこか嬉しそうなスティーヴの心情をフレデリカにはある程度は理解できる。
自らの才を信じ、実際に冒険者ギルドの幹部まで上り詰めて見せた男にとって、この状況は人生をかけるに十分足りる、面白くて仕方がない状況なのだ。
自分が神話や英雄譚の登場人物、それも脇役とはいえそれなりに重要なポジションを担えることに胸が躍らない者などいはしない。
事実、スティーヴは自分の人生にそういう瞬間が訪れた際、なにもできずに指をくわえて見ているだけの立場にだけはなりたくなくて、白髪を増やしつつも出世を重ねてきたのだから。
「私とこの二人も含めれば一気に倍です」
「男が僕しかいない……」
「ハーレム国家だな、わははははは」
「笑い事じゃないですよ」
「私も入れてよ」
「お嫁に行くんでしょう、ジュリアは」
「後宮にじゃなくてソルの国にだよー。旦那様とセットで? ちょっとリィンじっと見るのやめて」
「間違いなくウォールデン家は大喜びで受け入れるでしょう」
そしてそれはスティーヴのからかいに乗っかっているフレデリカとて同じなのだ。
王族として生まれながら、女というだけでまず国を継ぐことはできない。
どれだけ努力し、出来ることをすべてやったとしても女王となれる可能性などほとんどなかっただろう。
それでもあきらめきれずに足掻いていたらこの展開である。
フレデリカはほとんど価値を見出していなかった自身の容姿――王妃に似て『王国の白百合』とまで呼ばれる美貌に生まれて初めて心から感謝していた。
ソルが男である以上、容姿は良いにこしたことはないからだ。
今まで「これもできる努力の一環」として割り切って覚えてきた高貴な女性としての嗜み、貴族社会での手練手管も無駄にせずにすみそうだ。
ソルが「王族」に対して一定の敬意を示してくれていることがなによりもありがたい。
フレデリカとしては万が一にもがっかりさせないよう、ソルの期待する「王族らしく」慎重に立ち回る必要がある。
「少しふざけすぎてしまいました、申し訳ございません」
ゆえに素らしいところを見せた後、即座に笑顔で謝罪する。
「いや、僕よりもフレデリカの提案を骨子としてスティーヴさんが細部を詰めるカタチが現実的だと思う。亜人や獣人たちの集落を拠点にするのはさすがに無理があったかやっぱり……」
「いえとても良い手だと思います。ただ資金面に問題がないのであれば、完全にデザインされた城塞都市を一から創り出す方が効率的なのです。今回は目的もはっきりしておりますし、冗談ではなくそこに暮らす民を厳選できるということも重要ですし」
「なるほどなあ……」
軍事拠点の効率的な立ち上げなど、冒険者が王族に適うはずもない分野だ。
適材適所はソルの座右の銘ですらある。
ゆえに現時点でフレデリカは一定のソルの信頼を勝ち得たと看做していいだろう。
それで図に乗る愚だけは意識して避けねばならないが。
特に今ソルとフレデリカがしている話題についてこれていない、ついてくる気もないリィンとジュリア、この二人の幼馴染との関係は重要だ。
ここが円滑にいかないようでは話にならない。
現実的な問題はほぼすべて力押しで解決可能である以上、その力を持つ者の精神的な安定、充実はなによりも重視されるべきなのだ。
なんでも叶えてくれる旦那様がいるというのであれば、その私生活において妻たる者たちはなんの不足も感じさせないように振舞うことこそが肝要となる。
それこそが旦那様にやる気を出させ、己の願いをかなえる最良の手段なのだから。
侮るのではなくきちんとソルの幼馴染として、自分やこれから後宮へ来る寵姫たちよりもソルに近い存在、格上の者として扱わねばならない。
それもふりなどではなく、心の底からだ。
それが出来ねば間違いなくソルに見透かされることになるだろう。
ルーナという絶対の存在が、リィンとジュリアにはそう接していることがフレデリカにはいいお手本となっている。
「それに亜人や獣人の保護、人と平等な扱いを最初から前面に出すと敵に回る国を増やせるという利点もあります。ですが今回は勝ち組の方を多くしておいた方が良いと判断しました」
「わかった。その方向で動こう」
絶対に勝てるのであれば敵を減らせるだけ減らすというのも一つの選択肢だ。
だが圧倒的な力を持ち、魔物支配領域の開放に伴って養える人口が爆発的に増えるのであれば、味方にしてしまう方がなにかと利が多い。
それにフレデリカはソルに王としての重責を担わせるつもりなどはない。
絶対的な存在として君臨し、実務は自分たちに任せてくれればそれで十分だ。
ソルの迷宮攻略を最優先とし、なに不自由ない状況を創り出して見せる。
ソルとルーナの力を以てすれば、それは可能だと判断しているのだ。
これからの世界は絶対の罰と圧倒的な利益を与えることが可能な、あたかも神様が顕現したかのような世界になるのだから。
人は自身が素晴らしい生物に昇華するのではなく、ただそうした方が得だからという理由で誰もが自ら進んで規律を守る、優しい世界を現出させるだろう。
「じゃあ『禁忌領域№9』へ出発しようか。スティーヴさん、『九頭龍』の回収手配の方はお任せします」
「はいよー」
すでにスティーヴの対応は気安いものだ。
昨日までの禁忌の地はすでに、人にとって得るべき肥沃な土地に過ぎなくなってしまっている。
恐怖の象徴であった領域主ですらも、ソルにしてみれば成長の糧かつ貴重な魔物素材程度でしかない。
「ところで、フレデリカは迷宮攻略パーティーの役割としては、なにを担当したい人?」
だがフレデリカは、ソルの奇妙な質問に意識を持っていかれる。
「……そうですね。12歳になる年の元日には素手で魔物を倒せるようになりたかったですね。残念ながら神様は叶えてくださいませんでしたけれど」
そう言ってはにかんで見せる。
隠す必要もないので、世間話の一環と看做して正直な思いを伝えた。
事実、12歳の元日を迎えた日は生涯で最も真剣に神様にお祈りしていた自覚がある。
「……意外だね」
「実は子供の頃は『拳撃皇女アンジェリカ』に憧れておりまして……」
「御転婆姫だー」
「私も好き」
「?」
「お恥ずかしいです」
意外そうにするソルに、その理由――古くから人気の古典御伽草子の名を告げると、リィンとジュリアが「わかるー」とばかりに反応してくれた。
ルーナは知らないらしいが、興味深げな表情を浮かべている。
――いい流れですね。
ソルの態度から、女性陣の王族へ対する緊張ははやくも薄れつつあるようだ。
フレデリカにしてみれば、少々無理をしてでもソルに呼び捨てにしてくれることを半ば以上強要した甲斐があるというものである。
ソルに近い位置にいることになる女性たちと良好な関係を築くことは、わりとフレデリカの中で優先順位が高いのだ。
「はははなるほど、わかりました」
「?」
だが妙に納得して嬉しそうなソルの表情を不思議に思いながら、フレデリカは自分が決定的にソルの力を誤認していたことをその直後に思い知ることになる。
あくまでも『能力』に恵まれた者をとんでもなく強化するものだと思っていたソルの力は、フレデリカを小さい頃に自分が憧れた『拳撃王女フレデリカ』にしてくれるほどの奇跡だったのだ。
事実、後の世にフレデリカの名は『拳撃王女』として語り継がれることになる。
『鉄壁』、『癒しの聖女』と並び、世の女性が憧れる最強格の女性冒険者の1人として。




