第052話 『王位継承権者』⑤
「……そ、そういうことであれば我がエメリア王国がソル様――『解放者』を独占する、独占しているように見えるというのは悪手かもしれません」
ソルの今後の行動指針、その基本的な部分を一通り説明されてフレデリカが出した答えは、スティーヴの想定とは違っていた。
スティーヴはソルの――ソルが使役するルーナの圧倒的な力を見せれば、エメリア王国は必ずそれを利用しようと取り込みにかかると読んでいた。
確かに基本路線は間違いなくそうなのだが、フレデリカにしてみればソルが及ぼす影響力があまりにも大きすぎると判断したのだ。
ソルが想定していた今後の二通りの展開。
エメリア王国がソルを取り込もうとするのであれば、まずはそれに乗る。
エメリア王国も聖教会側についてソルたちを『神敵』とするのであれば、亜人種か獣人種の集落を拠点として独立を宣言する。
そのどちらになってもやることは基本的に変わらない。
まずは昨夜みせた圧倒的な力を以てガルレージュ周辺の『禁忌領域』を含む魔物支配領域、そのすべてを解放する。
その過程で飛躍的に強化されると想定されているソルの力――『プレイヤー』による各種実験を行いつつ、世界への影響力を増大させる。
要は「すべての迷宮を攻略する」というソルの夢を実現すべく、その弊害となる存在をまずは取り除こうということに他ならない。
協力する者には利を与え仲間とし、敵対する者はルーナの力を以て排撃する。
まつろう者には福音を、まつろわぬ者には逃れ得ぬ死を。
ソル本人にその自覚があるのかは甚だ疑問だが、それは神様のやりようとまるで同じだ。
つまりは手始めに世界を征服しますと宣言しているに等しい。
そしてなによりもフレデリカを驚愕させたのは、それを世迷言とは思わせないソルの持つ本当の力だった。
邪竜の他を圧倒する破壊力、それを完全に使役できることこそがソルの能力だと判断していたら、まるで見当違いだったのである。
力の恐怖による支配よりも、その神髄は協力する者に与えられる圧倒的な利益。
『プレイヤー』
それは希少な存在である能力者の力を飛躍的に向上させ、神話や伝説で語られている誇張されているとしか思えない超人を生み出し得る力なのだと今のフレデリカは理解している。
エリザたちスラムの組織に属していた者にその力を与え、その成長を確認しつつ裏社会の掌握を進める。
ソルが力を与えた者たちが迷宮や魔物支配領域で魔物を倒すことによってなされる強化が、ソルにも還元されるかどうかの確認を行う。
神から『能力』を与えられている人だけに限定せず、素体としての能力が優れている亜人種や獣人種に対する育成と対魔物戦闘力の確認も同時に進める。
そしてソルとルーナによっていくらでも手に入れられる高位魔物素材による魔導武装や魔法道具の作成と、それらのインフラへの転用。
現在の世界の在り方を根本から覆しかねない実験の数々を、ソルは無邪気に子供の頃からいろいろ考えていたことをやっとできるようになったと言って笑っている。
対してフレデリカはそれを聞きながら笑顔を保つのに、実はかなりの労力を必要としていた。
たしかに『邪竜』という圧倒的な力を得ていなければ、危険すぎて実行するつもりにならなかったというのはフレデリカにも理解できる。
ソルのその慎重さがあったからこそ、その実験は幼馴染たち――『ロス村の奇跡の子供たち』に限定され、これまで優秀な冒険者程度としか看做されてこなかったのだ。
さりげなく『仲間』にできる人数を聞いたら、現時点でも三桁に近いとさらりと答えられた。
ソル自身がこれから予定通り成長すれば、その数はどこまで伸びるのか見当もつかない。
その力が制限なく展開される状況を、エメリア王国だけが独占していると看做されるのはフレデリカにとって少々都合が悪い。
いやソルにしてみればエメリア王国一国があれば攻略の拠点として十分なのだろうが、進んで世界を小さくしたいとは思っていないことも確かだ。
であればフレデリカとしてはエメリア王国が主導権を握りつつ、最小限の犠牲を以て大多数が圧倒的な利益を享受する理想郷――少なくとも今よりは素晴らしい世界を目指したい。
神話に語られる人の最興隆期、『大魔導時代』の再来ですらもはや絵空事ではないのだ。
ここからの指し手を間違いさえしなければ、だが。
「独立宣言の方が無難?」
「聖教会や汎人類連盟に敵対する形でなければ、その方がよろしいかと思われます」
意外そうにしているソルに対して、フレデリカは真剣な表情で応える。
ここは笑っている局面ではない。
フレデリカの言っていることは遠回しだとはいえ、ソルの意見を一部否定していることになるからだ。
敵対する形――つまり亜人種や獣人種の集落を拠点にするのは避けた方が無難だとフレデリカは言っているのだから。
「結局は喧嘩売る形にしかならなくない?」
それを正しくソルは理解している。
だからこそフレデリカの言うとおりにしたところで、結局は同じではないかとの確認である。
「やり方次第だと思います。うまくすれば『聖教会』はともかく、汎人類連盟に属するほとんどの国家群は初手から敵対することはまずなくなると思います」
フレデリカにしてみればエメリア王国だけが利益を独占していると思われれば、聖教会側についてそれを奪おうとする国家が増える可能性を否定できない。
ソルとルーナの真の力を、直接的に知る機会が少なくなることもその可能性を引き上げる。
そこへ亜人種や獣人種に与する背教者だというレッテルまで張られてはなおのことだ。
であれば今のフレデリカと同じように、ソルの側についた方が得だと思わせるように仕向ければいいだけの話でもある。
「すごいな。どんなやり方なの?」
「そうですね。まずは私をお嫁にもらってくださいますか?」
「…………は?」
満面の笑みを浮かべてそう告げたフレデリカの顔をまじまじと見つめ、ソルが固まった。
さすがのスティーヴも驚いた表情を隠し切れていない。




