第049話 『王位継承権者』②
時間は昨日の夕刻へ遡る。
アランが参加の交渉していた大手クラン『百手巨神』、その交渉窓口であったハンスたちA級パーティーを地獄に叩き落とした直後。
マークとアランが茫然としたまま酒場スペースに残され、ソルとルーナのみがスティーヴの執務室へと移動し、リィンやジュリア、エリザたちは別室に控えてもらっていた状況だ。
「で、これからどう動くつもりだソルさんよ」
部屋に入りドアを閉め、自身の執務机に肘をついたスティーヴがまさにやれやれとでも言いたそうな表情で確認する。
確かに昨夜の時点でスティーヴはルビコン河を渡った。
明確にソルを特別扱いすることを宣言し、ソルともども本当の力を隠して普通のギルド支部長と冒険者の関係を続けることは放棄した。
それでもその翌日にここまで派手なことになるのは、さすがに想定外が過ぎた。
一通りスティーヴの立場でできる手回しは済ませてはいるものの、目星をつけた『解放者』に加える候補の冒険者へメッセージが届くまででも約半月、回答とガルレージュへの来訪まで含めれば最短でも3ヶ月くらいは必要となる。
それが『百手巨神』所属のA級パーティーを文字通り鎧袖一触した今となっては、特に必要もない余計なことになってしまっている。
下手な手練れ冒険者を加えるよりも、ソルとルーナ二人で行動した方がよっぽど効率がいいだろうことは間違いない。
よってスティーヴとしてはソルの詳しい行動予定を確認しておくことが必要なのだ。
だからこそ買い物を済ませたら一度顔を出してくれと頼んでいたのだが、その前手であんな派手なイベントが発生するとは思っていなかったというわけだ。
「今朝お伝えした予定どおりですね、まずはガルレージュ近郊の『禁忌領域』、その№1から№9すべての開放を優先します」
今朝の時点でスティーヴにも伝え、ガウェインとも約束をしたからにはそれを最優先するつもりのソルである。
それに合わせて名無しの迷宮攻略なども進めるつもりではあるが、最優先するのが近隣『禁忌領域』すべての開放である事は揺るがない。
「いや今更疑うわけじゃねえが本当にそんなことが可能なのか? 『禁忌領域』といや文字通り200年前のあの一件から禁足地だ。冒険者ギルドとしても攻略対象として扱うどころか、考えなしに足を踏み入れる馬鹿どもを取り締まる側。冒険者ギルドだけじゃなく国も聖教会もそれは同じで、特に聖協会は教義に関わるだけあってガチだ。ソルの言うとおり開放できたとしても、とんでもねえ騒ぎになるのは間違いねえ」
スティーヴとしてはくどいことは自覚しつつも、今一度念を押したくなるのも無理はない。
今朝我が身を以て『転移』を喰らっているからには、『邪竜』の力が本物であることは思い知っている。
人間の軍隊程度が相手であれば、無双というのも生ぬるい喜劇のような蹂躙をして見せるだろうことを疑っているわけではない。
だが200年前の惨劇と、それが冗談ごとでないことを冒険者ギルドや国家、世界宗教の対応を以て肌で感じているスティーヴにしてみれば、『禁忌領域』の領域主というのは倒せる倒せないではなく触れてはいけない存在でしかない。
それに実際に倒せて『禁忌領域』を解放しましたなどということになれば、大陸中をひっくりかえしたような騒ぎになることも間違いない。
特に支配者階級を自認している連中ほど大騒ぎをするだろう。
「疑ってるわけじゃねえって!」
だが自身の発言に対してルーナがちらりと視線を投げて来ただけで、金玉が縮み上がるスティーヴである。
「?」
ハンスたちのような目にあわされてはたまらないと慌てて言い繕うスティーヴだが、ルーナにしてみればソルの許可もなく危害を加えるつもりなどないのできょとんとしている。
スティーヴにしてみればもう少し自分の脅威度を理解して欲しいものである。
いや自覚した結果、つついて遊ばれたらたまったものではないのだが。
「少なくとも僕の『プレイヤー』で確認できるルーナの各種ステータスとスキルは、桁違いとかそういう域ですらなくもう無茶苦茶です。昨日討伐したバジリスクが雲霞の如く押し寄せてきても数値上では薙ぎ払えます。接敵して無理そうならもちろんすっ飛んで逃げますけど……どうルーナ?」
「蛇を相手に逃げ出したりしようものなら、竜族の名折れなどというものでは済みません」
「だそうです」
そんなスティーヴとルーナの様子に苦笑いしながら、ソルは正直なところを答える。
ルーナも蛇如きを相手に自分の実力が疑われているのはさも心外だとばかりに頬をぶんむくれさせている。
そんな様子を見ていれば、あの空間での真躰を目にしていない上、自分のように表示枠でルーナのステータスやスキルを確認できないスティーヴが、何度も確認したくなる気持ちも理解できるソルである。
今ソルの膝でぷんすかしているルーナは、可愛らしい幼女が拗ねたようにしか見えないのだから。
「ははは『九頭龍』を蛇扱いか。とんでもねえな」
だがそんな様子と反して、語られている内容はえげつない。
というか酒場で酔ってできもしない討伐計画をがなる駆け出し冒険者の戯言よりもひどい。
なにがひどいといって、おそらくはその内容が事実であることなのかもしれない。
スティーヴとしては乾いた笑いしかでてこない。
だがそこをいまさら疑っても仕方がないのだと肚を固めることはできたらしい。
「多頭蛇程度が仮にも『龍』と呼ばれていることが、どうしてもルーナには赦せないらしいです」
「九頭龍さんが自称してるわけじゃねえからなあ……」
「つまり勝手に龍と名付けた冒険者ギルドが悪い、と」
「いえ、全竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア殿の憤りは、蛇如きが龍を僭称している『九頭龍』にぶつけてもらっていただきたいかと」
禁忌領域№09の領域主に『九頭龍』という固有名を与えたのは数代前とはいえ冒険者ギルドである事に間違いない。
その組織の当代の中核人物の一人が多頭蛇には罪がないというのであれば、その罪は奈辺に帰せられるべきかという話になる。
慌てたスティーヴはその罪状を全て、自ら僭称したわけでもない歳経た多頭蛇に負ってもらうことに決めた。
ルーナを前にして、余計なことを言うべきではないのだ。
「で、『禁忌領域』の開放は確定路線とするとしてだ。その後は?」
「大筋2パターンですね。エメリア王国が僕たち『解放者』を取り込もうとするのであれば、まずはそれに乗ろうと思っています。逆に『聖教会』が音頭を取るであろう背教者扱いになるのであれば……」
解放できることを大前提にするのであれば、その後確実に発生する大騒動をどう処理するかという話になるのは当然だ。
一つはいかにもあり得そうな、最も利益を享受できるエメリア王国がソルを、ソルが率いるクラン『解放者』を抱え込もうとすることだろう。
その場合、ソルは一旦その流れに乗るつもりらしい。
そしてもう一つは確かにそれもありそうな、『聖教会』による『背教者』『神敵』認定からの、天罰覿面神敵必滅の熱狂的排斥行動だ。
その場合、『聖教』を国教とするエメリア王国、イステカリオ帝国両国を筆頭とするガルレージュ周辺の国家群による連合軍が組織され、圧倒的兵力を以てソルたちを殲滅する流れとなるだろう。
もっともソルは、こちらの可能性は低いと判断している。
『聖教会』であれ、エメリアやイステカリオという大国であれ、『禁忌領域』を解放できるような大戦力を相手に迂闊に戦端を開くことは考えにくいからだ。
宗教や国家とは時に面子や尊厳のために利を棄てることもあるが、本質的には実際的組織の権化である。
常に留守の神のために、本当に神に匹敵する力を保有する相手にそう簡単に喧嘩など売らないだろう。
ただソルと仲よくするだけで、諦めざるを得なかった膨大な利益を得ることができるのだから。




