第043話 『全なる竜』②
「覗きはあまりいい趣味じゃないとおもうよ、ソル君」
闖入者がソルであることを確認したフィオナが、ベッドのシーツを自身の裸体に巻き付けてアランとの情事を覗き見たことを非難する。
シーツの巻き付け方といい、頬を染めて恥じらいを感じさせる仕草といい、初夜の乙女の如く清楚で初々しいが、それでもきちんと劣情を煽ってくるあたりプロの所作である。
そういうのを見るとソルは生唾を呑み込むよりも、素直に感心してしまう。
よくもまあアレを見られた上で臆面もなくこんな演技ができるものだと、女性という存在自体が怖くなってしまうというのも正直なところある。
思えば初めてフィオナと会ったときは、マークとアランだけではなくソルも普通に視線を奪われたものだった。
ただ清楚で美しいだけではなく、王立学院での3年間の暮らしで垢抜けたと自認していた自分たちが、所詮辺境の村出身なのだと思い知らされるほどの洗練された都会っぽさに赤面させられてことを、今でもよく覚えている。
その頃はまだピンと来ていなかったが、リィンがぶんむくれてそのフォローがいかに大変だったかを酔う度に力説するジュリアを、みんなして笑っていたのも今ではいい思い出だ。
それがまさかマークもアランもとって喰うような女傑なのだとは思いもしなかった。
リィンとジュリアという同性でさえ、察したのはここ最近になってからだろう。
ソルとても『プレイヤー』の能力がなければまるで気付かないままだったことは疑いえない。
そしておそらくだが、アランはともかくマークはいまだに気付けていない。
いい女とはかくも表と裏を使い分ける、恐ろしい存在なのだ。
「それについては申し訳ありません。アランとの房事を見てしまったことについては如何様にもお詫びします。ですがお二人が非武装の時を狙うにはちょうど良かったので」
ソルにしてもフィオナの非難の内容は申し開きできるものではないので、素直に謝るしかない。
昨夜から常識外の展開ばかりで麻痺しているが、ソルのやっていることは冒険者とかどうとか以前に、普通に犯罪行為である。
住居不法侵入をはじめ、アランに訴えられたらさすがにお縄だろう。
親しき中にも礼儀あり、幼馴染だからと言って赦されることではない。
まあ殺し合いをやっておいて、なにをいまさらという話ではある。
要は露見しなければいいのだと、まさしく犯罪者そのままの思考をしているソルである。
もっともたとえ発覚したとしても、夕方のスティーヴの発言通り「じゃあどうしろって言うんだよ」というのが今のソルの立場ではあるのだが。
城塞都市ガルレージュの衛兵は精強ぞろいだが、だからこそ無為に空から降って死なせるようなことは官憲側も御免被るはずだ。
ソルは今の時点ですでに、国家の法では縛り切れない存在になっている。
法治国家などと嘯いたところで、その法を裏打ちしているのは人の善性や倫理道徳などではなく、軍事力、警察力といういわば暴力である事に変わりはない。
今の法治とは、力による支配の頭に法の札を張り付けた程度のまがいものに過ぎない。
だからこそ権力者は法をすり抜けいいように利用するし、ソルのように国家戦力をも上回る暴力を保持した存在にはまるで機能しないのだ。
ゆえにソルの謝罪は口先だけである。
もっとも殺しに来ておいて不法侵入だの房事を覗いただの、そんなことにいちいち本気で謝罪しているのであればソルの頭の方がおかしいということになるだろう。
「お詫びに見逃してくれるってわけにはいかない?」
「それはちょっと」
フィオナはソルの様子から、自分が黒幕と看做されていることを理解している。
だからこそソルの謝罪の言葉に引っ掛けて、自分を見逃してはくれないかと冗談っぽく口にしたのだ。
さすがにソルも「しょうがないですね」とはならないのだが。
なにしろ直接刺客を差し向けたのはアランであっても、そう唆したのがフィオナであると、たった今確定したのだ。
ソルの思考パターンからして、自分を一度でも殺そうとした者をあえて生かしておくそれなりの理由でもなければ、今ここで確実に始末しておきたい。
しかしフィオナの自信も相当なものだということが、このやり取りからも伺える。
ルーナがA級パーティーを一方的に蹂躙するところを目の当たりにしておきながら、冗談めかしたこの会話ができるということはソルとルーナに勝つ、あるいは逃げ切る自信程度であればあるということに他ならないからだ。
しかもルーナの転移の間合いに捉われているこの状況で落ち着いているということは、それで自分を殺すことはできないと確信している。
それでいてどうとでも取れる言い方で逃げ道を残しているあたりも抜け目ない。
取りようによっては、アランと同衾している現場を押さえられたことを、マークに告げ口するのはやめてくれと言っているように取れなくもないのだ。
もっともそう解釈した場合、転移魔法を駆使してまで幼馴染同士の三角関係に介入するソルは一体どういう立ち位置なのかという話なのだが。
「なにを言っているのかなソル? いくら幼馴染でも女性と共にいる寝室に無断で入ってくるのはルール違反も甚だしくないかい?」
「さすがアラン、よくこの状況でそのキャラ維持できるよね」
「お前――」
もっともアランは無理やりにでもそういう方向に解釈しようと決めたらしい。
いつものような冷静な表情を浮かべているつもりだろうが、パンイチどころか全裸では格好がつかないこと甚だしい。
フィオナのように色っぽくシーツを纏われても、それはそれでみたくない絵面だが。
ソルの煽りにまたもや激発しかけたアランだが、その瞬間にルーナがほんの十数センチ上に転移させ、上等なベッドにぽすんとアランが落下する。
それだけで今自分がなにをされたのかを理解し、真っ蒼になってアランは黙り込んだ。
ソルの望まぬ発言をすることは、『百手巨神』のハンスたちのような目にあわされることを強制的に思い出さされたのだ。




