第037話 『怪物たちを統べるモノ』①
日が沈むまでにもうそれほどの時間を残さなくなった頃、ソル一行――新規クラン『解放者』の面々は一旦冒険者ギルドへと戻ってきていた。
最低限必要な買い物を済ませた後、スティーヴと今後についてもう少し詳しく詰める必要がソルにはあるからだ。
バッカス武具店で一揃えの武器防具を整えてもらったエリザ、ヨアン、ルイズの3人は、最初におっかなびっくり冒険者ギルドを訪れた時とはまるで見違えるようである。
だがそれはあくまでも見た目だけの話であり、今日たった一日で自分たちに行われた莫大としか言えない投資の額を思うと、思わず俯いてしまいそうになるのではあるが。
エリザは最高級品と言われる服を初めて身に付けた際にも、もちろん驚いた。
お金がかけられている服というものは、こうまで自分たちが普段身に付けていた襤褸切れとは違うものなのかと。
だが今装備させてもらっている最高級の武装――製作者の言によれば、一人一式分で一等地にお屋敷が建つレベル――は、そういう「なぜ凄いのか」をある程度であれば素人でも理解できるような代物ではない。
なぜかはわからないがまず軽い。
いや実際に軽いわけではなく、魔物素材で作られているが故に外在魔力を僅かとはいえ常時吸収し、それを装備者の強化に回しているので軽く感じるのだ。
それはつまり身に付けるだけで装備者に対して常時支援魔法が掛かるという、永続付与系魔道具ということだ。
そんなシロモノはここ数百年の間に、新物として製作された数は三桁に届かない。
つまり冒険者でこのレベルを装備している者など、ほとんど存在しないということだ。
当然そんな事実や難しい仕組みなどエリザたちは知らないし、ましてやまだ魔物に向かって自分たちの武器を振るったことはない。
だがこれらの武器防具が、ただ金を積んだからとてそれだけで簡単に手に入る代物ではない、ということくらいは充分に理解できている。
お揃いで純白に染め上げられ、エリザがⅠ、ヨアンがⅡ、ルイズにⅢと朱糸で入れられている長外套一つとってみても、中堅どころの冒険者の斬撃も魔法も通さないほどの強度を誇っているのだ。
絶対者の期待という重圧もあるし、スラム暮らしで幼い心がずいぶん荒んでしまっていることも確かだ。
だがそこはまだ13歳の子供、幼いからこそ自分たちが憧れ続けた冒険者らしい装備を身に纏っていることによる高揚が、一時的とはいえあらゆる不安を僅かに上回ってもいる。
エリザだけは、なぜか羨ましそうに自分たちを見るソルの視線が気になって仕方がないのではあるが。
当然ソルは自分もエリザたちのような装備に身を包み、直接魔物と剣や杖を交えたいという願望を今でも持っている。
子供の頃に夢見た「すべての迷宮を攻略する」という目標は、当然自身が振るう剣や杖で魔物を薙ぎ倒すというシンプルなものだったのだ。
だが授けられた『プレイヤー』という能力ではそんなことは不可能だからこそ、無い物ねだりと知りつつ羨望の目を思わず向けてしまうことは止められないのだ。
マークやアランがソルを軽んじてしまった最大の理由も、あるいはその視線だったのかもしれない。
そんなことをまだ知らないエリザにしてみれば、昨夜のような無敵さを誇り、自分たちにこんな装備をポンと買い与えてくれるソルから羨望の目を向けられる理由など思い当たるはずもないので、少々――いやかなり居心地が悪い。
自分の躰が男の欲望の視線に晒されるのは当然まだ怖いが、火傷を治してくれたソルからのものであれば、そっちの方がまだずっと安心できると思ってしまうくらいである。
だが大きな冒険者ギルドの扉を開けた瞬間に、そんな居心地の悪さは吹き飛んでしまった。
まだ日が沈んでいないとはいえ、この時間帯の冒険者ギルドは賑わっている。
はやめに依頼や任務を終わらせた――つまりわりと難度の低いものだということだ――駆け出しから中堅の冒険者たちが、併設されている酒場で呑み始めている時間帯なのだ。
朝の閑散とした様子とはまるで違っていることに思わず身を強張らせたエリザたちだが、冒険者たちが見せた反応はスラムに住む者に対する蔑みや嘲りではなかった。
それどころかエリザたちが今まで向けられたことなど一度もなかった、憧憬や感嘆という格上の者に向けられるもの。
中には「すげえ」だの「誰だあれ?」だの、口に出している者もいるほどだ。
間違いなくそれらはエリザたちに向いており、一緒に入ってきた有名人たちへのものではない。
当然だろう。
ソルとリィン、ジュリアの元『黒虎』組みは私服姿であり、それがどれだけ高級品であろうが冒険者稼業で食っている者にとって目を引く要素などない。
欲しければ今日にでも買える程度のものでしかないからだ。
もっともソルに会うということで妙に気合が入ったリィンと、こっちはいつもどおり少々躰のラインが出過ぎているジュリアの私服に目を奪われている若手冒険者の数は結構存在しているのだが。
だがエリザが身に付けている自らが発光しているような法衣と先端の光球が浮かんでいる杖、ヨアンの全身鎧と巨大な剣と盾、ルイズの尖り帽子と魔導文字による文様の円環が幾重にも回転している杖を見て、興味を持たずにいられる同業者などいはしない。
誰もがいつかは自分もあんな装備を身に付けてみたいと憧れるモノばかりだからだ。
それを当たり前のように身に付けている、エリザたちを知っている冒険者などこの中には誰もいない。
スラムで徒党を組んで怪しいことをして生計を立てている落伍者たちなど、冒険者とは違う世界の生き物としてまるで興味など持っていないのだ。
ならず者を危険視する市井に生きる者たちとは違い、よほど油断をしていなければ襲われても返り討ちにできるとあればなおのことである。
力無き者として見下しきっている。
ゆえに今の自分たちではどうやっても手に入れることのできない特級の武器防具で頭の天辺から足のつま先までを固めたエルザたちは、拠点をガルレージュへ移した新参ではあれど格上の高位冒険者だとしか思えないのだ。
あれだけの装備を整えられる冒険者であれば、歳など関係ない。
どうあれ強い者が正しいのが、冒険者という者たちの基本思想なのである。
ソルやリィン、ジュリアという、昨夜解散が決まったらしい元『黒虎』のメンバーと一緒にいることも、その認識を補強する。
ソルたちが立ち上げるであろう新パーティーの、新たなメンバー候補なのだとみている者も多いということだ。
その場合、盾役と回復役が被っているというアンバランスさをはらむのだが、駆け出しから中堅どころの冒険者では装備から「役」を推し量ることなどできはしない。
そもそも明確な役割分担をできているパーティーなど、実際はほとんど存在しないという事実もある。
とにかく昨日のスティーヴの宣言も相まって、ソルが含まれてはいても、いやソルが含まれているからこそ、元『黒虎』のメンバーたちと組んでもおかしくはない高位冒険者たちであろうとエリザたち3人もみられているのだ。
だからこそエリザたちの正体を知らずに向けられる羨望の視線とは別に、これから起こることにどこか期待したような野次馬めいた空気がこの場には満ちている。
「……よう、ソル」
「やあ。昨夜ぶりですね」
それも当然、昨夜解散した『黒虎』の元リーダーと副リーダーが今この場にはおり、袂を分かったばかりのソル、リィン、ジュリアと鉢合わせるカタチになっているからだ。
A級を確実としながら突如空中分解した有力パーティー、それが3対2に分かれてご対面ときている。
それもお荷物と看做されていたはずのソルの方にパーティーの中核を担っていた盾役と回復役女性二人がついているとなれば、下世話な興味を持つなという方が無理なハナシだろう。
酒の肴には持って来いというやつである。
もっともアランとマークにしてみれば、ほぼ昼一からずっとソルが現れるのを待っていたため、やっと帰ってきたかというのが本音のところなのだが。




