第034話 『禁忌領域』②
だがソルは今明確に、それらのことを完全に無視した動きを取ろうとしている。
さすがにそれくらいはガウェインにもわかる。
A級昇格任務対象の魔物など、冒険者ギルドが討伐者たちから高額で買い取って所属国へ丸ごと提供することがお約束だ。
とくに法などで定められているというわけではないが、国家と冒険者ギルドという世界組織間における不文律というやつである。
いくら討伐者本人の意向があったとしても、個人の武器職人にその素材が直接流れることなど本来あってはならないのだ。
大型魔物であるバジリスクだからこそちょろまかせる量が増えるというのはわからなくもないが、希少な魔物なだけに管理は厳しいだろうし、発覚した際の問題も大きくなる。
そういう意味で目立ちたくない人間ならば絶対にやるべきことではないのだ。
強力な武器を手に入れることは冒険者にとって重要ではあるが、自分が拠点としている国と冒険者ギルド本部を敵に回してまで優先すべきことでもない。
「ははは。いやものすごく事情が変わりまして」
「……怖えこと言うなよ」
だがソルはそう言って笑う。
答えるガウェインも、その引いている言葉に反して顔には太い笑みを浮かべている。
A級パーティーの解散を「ちょっとしたこと」で済ませてしまえる人間が、あえて「ものすごく」と言うことなどまず碌なことではない。
君子であれば危うきには近づかなければよいが、あいにくモノ造りに憑りつかれた職人というものは君子からは程遠い。
危険は承知、それでも顧客が目立つことも厭わないというのであれば、期待と注文にはきっちり応えさせてもらう所存のガウェインである。
なによりもバジリスク素材を鍛えられる機会を逃すつもりなどない。
いい剣を鍛錬できるのであれば、ガウェインにとって大概の厄介事など問題にもならないのだ。
「バジリスクの装備が完成したら、彼女たちに渡してください。費用の方は今までどおり僕に請求を回してくれればお支払いします。盾役用の装備一式ですね。あとアーニャさんには攻撃系魔法使い用と、回復系魔法使い用の装備をそれぞれ一式お願いしますと伝えてください」
ガウェインはもっぱら物理武器専門。
魔道具の方は孫のアーニャが専門なのだ。
「委細承知。しかしなんだ? ヤローども放り出してハーレムパーティー結成するんじゃねえのかよ?」
顧客の要求が理不尽なものでなければ従うことは当然だ。
バジリスクの素材を使って武器を鍛え上げられるのであれば、出来上がった剣が実戦には使われず、家宝として壁に飾られることになっても文句をつけるつもりなどない。
だがソルが連れてきているどうみても子供3人に、その特級とも言える装備を渡せと言われればさすがに確認を取りたくもなる。
「除名になったのは僕の方ですよ」
「へ、冗談ポイだぜ。つーか本当にいいのかよ? 思い上がりじゃなく実用度だけでいうなら、これまで儂やアーニャが造ったすべてのモンを凌駕することになるぞ? なんせバジリスク素材で仕上げるんだからよ。そいつをまずは『鉄壁』サマや『癒しの聖女』サマに装備させなくていいのかよ?」
ソルと知り合ってからの2年、高位魔物素材を使って多くの武器防具を造り上げてきた。
実際に高位魔物の各種素材を扱う経験を積めたことで、ガウェインとアーニャの二人は職人としての技能を飛躍的に向上させている。
傍からはどう見えようが、ソルには本気で感謝しているのだ。
その自分たちがバジリスクなどと言う高位魔物素材を使って造り上げるのだ。
王家の国宝や大貴族様の家宝であればともかく、世に流通しているそこいらの「魔導武器」とは一線を画す性能になることは間違いない。
恩返しなどと言いえば面映ゆいが、ソル本人が所属するパーティーにこそ使って欲しいという気持ちがないと言えばそれも嘘になる。
「アタシたちは冒険者も引退するから」
「私はソル君ちのお手伝いさんに職変更です」
「新妻じゃないの?」
「それはジュリアの方でしょ!」
本来人にはどうにもできない魔物を討伐できる、それもたった2年でA級にまでなりおおせた『鉄壁』と『癒しの聖女』が、あっさりと冒険者を引退することを表明する。
おまけに妙な掛け合い漫才まで始める始末だ。
もう少し自分たちがこの城塞都市や冒険者ギルド、果ては人間の社会にとって、どれだけ重要なポジジョンにいるのか自覚して欲しいところである。
「いやあのな……」
ハーレムパーティーはさすがに冗談でも、気心の知れた盾役と回復役に、今度は忠実な攻撃役を加えて新パーティーを結成するものだとなかば以上確信していたガウェインは素にならざるをえない。
「すみません。でもバジリスク系装備が完成するまでしばらくかかると思うので、それまでの繋ぎの装備を今日は揃えようかと思いまして」
だがソルは平然としたもので、二人の冒険者引退発言にもまるで動じた様子はない。
そんなことより、といわんばかりの様子で当面ひよっこ3人が装備する武器防具を見繕ってくれとのリクエストである。
「……そりゃ、『黒虎』仕様のものをって事だよな」
「そうですね。とはいえバジリスク装備が仕上がるまでの繋ぎとまあ練習用ですので、微調整とかは要らないと思います。たしか予備がいくつかありましたよね?」
「そりゃあ、あるにはあるけどよ……こんな卒業したばっかみたいな嬢ちゃんたちが、装備可能なのかを聞いたつもりなんだが」
「ああ、それは大丈夫です」
自分が鍛えたものの値付けなのだ、そこらの武器とは桁が違うことは誰よりもよく知っている。
だがそれについてはソルの資金力からいえばたいしたことではないだろう。
ひよっこ供にそんなシロモノを繋ぎだの練習用だのでひょいと与えようなど、剛毅なハナシだなとは思いはするが。
「……ソル坊って呼ぶのはやめようかね」
「それはぜひお願いしたいところです」
だが価格の話などハナから問題にすらせず、それなりの高位冒険者でなければ真の能力を発揮できないはずの魔導武器を装備させても問題ないとソルは笑っている。
言われてみればそれも当然だ。
完成次第、バジリスク武器を装備させようというのだから、それ以下が装備できないようでは話にならないのだから。
では一から装備を整えなければならないひよっこにそんな無茶を可能なさしめるのは、一体どこのどなた様なのかという話である。
今まではカリスマ、指揮能力、支援能力、その他いろいろ直接魔物を倒せないというだけで、盾役や回復役を心酔させるだけの補助的能力を備えているのだろうというのがガウェインのソルに対する評価だった。
だがどうやらそんな大人しい力ではなさそうだと、認識を改める。
ソルに選ばれた者であれば、選ばれたその日から高位冒険者並みの力を身に付けられるのだと仮定した場合、目の前にいるのは現人神とでも呼ぶべき存在なのだ。
ぞんざいな態度を取り続けていた場合、ソル本人が気にしていなくてもその信者たちに殺されても文句など言えまい。
リィンとジュリアはもう慣れたものだが、3人のひよっことさすがにこれは冒険者じゃねえだろうという可愛らしい獣人系であろう少女は、ソルにぞんざいな態度を取っているガウェインを時折静かな目で凝視している。
そこにわかりやすい憤りは感じられないが、ソルが不快感を見せたが最後、その瞬間になんの躊躇いもなく襲い掛かって来そうな怖さがある。
それこそ己が信奉する神を嘲られた狂信者のように。
「んじゃソルさんよ。今日ウチまでご足労いただいた本当の用事はなんだよ? ある程度以上目立ちたくないと常に言っていたお前さんが、コネを隠そうともしないで儂んとこへバジリスクの素材を卸すように冒険者ギルドに手を回す。その上それで出来上がる特級装備は駆け出しに回せと来た。お前さんの言うものすごく変わった事情ってやつは、儂が聞かせてもらってもかまわねえもんなのか?」
ここは踏み込むべきだと判断して、ぶっちゃけたところを確認する。
さらっと呼び方もソルさんに変更しておいた。
獣人系美少女に鼻で笑われた気がするが、気にしないことにしておく。
「さっきもした確認ですよ。素材のレベルさえ高ければ、僕の目玉が飛び出すような装備を造ってくださるんですよね?」
「お、おお。男に二言はねえ」
――間違いなくアーニャの奴もこの挑発には乗る。
ソルの様子に妙な圧を感じはするが、職人としてこの手の問答で引く気はない。
確かにバジリスクの素材は手強いだろうが、絶対に失望させてしまうような仕上げにはしないという自信はある。
事実今までも実績で応えてきたからこそ、お互いの今の関係が構築できているのではないか。
なぜいまさらそんな確認が必要なのか、ガウェインは訝しんだ。




