第282話 『封印者』②
「衛兵!」
ケストレルはその声を認識した瞬間、声はすれども姿の見えぬ相手を探すよりもはやくそう声をあげた。
自分は支配する立場の者であり、けして戦闘能力に秀でているわけではない。
事実、12歳の1月1日に神から授かった力は取るに足らないものに過ぎず、ケストレルとて幼年期には憧れていた冒険者になるという夢を、そうそうに打ち砕かれている。
そんなわかりやすい挫折に挫けず、そこから手段を択ばずに這いあがって支配者階級にまで至れたからこそ、己の無謬性を過信してしまうほどに増長し、今の地位に執着してしまうのだとも言えるだろう。
かつて憧れた者たちをすら顎で使える現在の立場に、歪んだ充足感を得ているのだ。
それこそ死んでも今の立場を手放すつもりなどありはしない。
だからこそ、「餅は餅屋に」という判断ははやい。
「正しい判断といえますが、その判断をできる頭で考えれば、そもそもその行為が無駄であることもわかるのでは? 無駄を省いて話を進められない時点で減点ですね」
「まあ現代の支配者階級としたら及第点なんじゃない?」
「自分が死なないと思っている時点で論外だがな」
「まあここ数百年は平和だったし、しょーがないよ」
だが常ならば即座に執務室に即座に駆け付けるはずの衛兵からの反応は皆無。
その代わりにいまだ姿は見えぬ複数の声が、本来正しい行動をしたはずのケストレルを馬鹿にする言葉を聞かされるだけの結果に終わった。
――1人ですらないのか……
ケストレルは強欲だが愚かではない。
最初の声が語った内容がブラフなどではないことと、自分が今置かれている状況というものを即座に理解した。
つまり忍び込まれたのではなく、この都市において最も安全であるはずの総督府の警備体制がすでに無力化されている。
それも執務室にいたケストレルに気取られることすらなく、いともたやすくだ。
だからこそ、言われた内容に反論することなどできはしない。
その内容の正しさについてというよりも、生殺与奪を握られた者が、握っている者に迂闊に口答えなどできるはずもないという意味において。
「…………相変わらず厭味ったらしいな」
「心外だな」
「許したげてよ、『知識』は僕たちが全席揃って初めての顕現で浮かれているんだよ」
「『知識』だけのことを言ったんじゃないよ」
「がーん」
「この会話そのものが、僕らの品位を下げているって自覚ある?」
俎板の上の鯉を無視して交わされている会話は、この状況でなければまるで学生たちの放課後の会話のようである。
だが殺すことが目的なのであれば、それこそケストレル本人にすら気取られる前に完遂可能な者たちが、あえて今の間抜けな会話を聞かせている理由は必ず存在する。
「……貴様らは何者だ」
その自分の判断を信じ、ケストレルは気力を振り絞ってその質問を投げかけた。
「『封印者』といえば伝わるかな?」
――!?
あっさり返されたその答えは、ケストレルに驚愕と納得を与えるのに十分なものだった。
俄かには信じがたいが、本当にそうであるならば今の状況を造り上げることなど児戯にも等しいのだと納得もできる。
『勇者救世譚』に語られている、神の使徒たちであるのならば。
「じ、実在したのか……」
「したんですよ。まあそう名乗るのは数百年ぶりですし、今の世界に過去その名を名乗った我々を知る者はもう誰もいませんから、そういう反応も仕方がないことではありますが」
少し前のケストレルであれば、自分の命を握られたこの状況にあってもなお信じることができなかっただろう。
都市級では保有することなど叶わない特級ともいうべき能力者たちがいることは知っていたし、超大国がそういう者たちを集めた特殊組織を持っていることも把握している。
自治都市としてのサン・ジェルク、というよりもケストレル個人が邪魔になったどこかの大国が、刺客を送り込んできたという方がよほど納得できるからだ。
だが今は『邪竜ルーンヴェムト・ナクトフェリア』が封印を解かれて聖教会を張り倒し、旧支配者が仕掛けた世界の滅びを『妖精王アイナノア・ラ・アヴァリル』が止める、神話の世界と変わらぬものと成り果てている。
直近では『魔大陸』が海中より再浮上する事態ともなっており、『封印者』だけが舞台に現れない方が不自然だとさえいえるだろう。
だからこそ、ケストレルは信じることを強いられる。
「わ、私は始末されるのか」
「……そんな面倒くさいことなどしませんよ」
世界の敵を封印することが『封印者』たちの仕事。
もちろんケストレルはその対象ではないらしい。
ケストレルとてある程度はそう思っていたものの、やはり自分の命にかかわることだけにせめて言質だけでもとっておきたかったというのが本音だろう。
「我々『封印者』が相手にするのは、世界の理から逸脱したモノだけです。なるほど貴方は人の社会の規律で言えば始末されて当然の極悪人なのかもしれませんが、あくまでもその悪行はすべて世界の理の中でなされたこと。我々にとっては悪ですらないのですよ」
期待通り、一言で言えば「貴様など相手にしないよ」ということを言われたが、死なずに済むのであればケストレルに文句などあるはずもない。
明確な強者に遜ることすらもできない者が、身一つから自治都市のトップにまで上り詰めることなどできるはずがないのだから。
「ですが我々の指示には従ってもらいます。なに、事が済んでも始末などしませんよ。特に口止めもしません。まあそれを証明せよと言われてもできはしないのですがね。まあここまで言えば我々の要件もわかったでしょう。ソル・ロックとその一党を処分することに協力してもらいます」
姿を顕した、といっても身長もバラバラな7つの陰影にしかすぎない中心に立つ長身がそう告げる。
ケストレルは無言で頷くことしかできない。
それにその内容は自身にとっても都合がいいのだ。
ソル・ロックのように現実社会の頂点に立とうというのではなく、理からの逸脱者を始末して再び歴史の陰にかえってくれるというのであれば、既得権益者たちにとってこれほどありがたいこともない。
「……まずは説得だろう」
だが左端に立っている影が、機嫌の悪そうな声でそう告げた。
「そんなこと言ったって、もう席がないよ? どうするつもりなのさ」
「……僕がどいてもいい」
「まあまあ、我々の席数の根拠となっている七美徳はいろいろ解釈もありますから、たとえ八になってもなんとかなるでしょう。説得に応じてくれることを期待しましょう」
「えーいいかげんー」
「我々の存在意義を維持できる、つまり世界を存続させ続けることができるのであれば、枝葉末節は臨機応変でいいのですよ」
『封印者』たちには『怪物たちを統べるモノ』をその一員とする解決方法も視野に入れているらしい。
その事実の裏をかえせば、ソル・ロックがそれだけのバケモノであると認めているということでもある。
ここ数カ月の間にやらかしたことを鑑みれば、それも当然というほかはないのだが。
「あ、貴方たちが本物だというのならば、わ、私ごときの協力など不要だろう」
「我々にも「縛り」はありましてね。人に望まれなければ、自らの拘束制御術式が解けないのですよ。まあそれでもただの人などに遅れは取らないのですが、相手が『プレイヤー』とその影響を受けた者たちとなれば、さすがに今のままでは及びません」
だが『勇者救世譚』で語られているようなバケモノ同士の殴り合いに自分がまきこまれる理由がわからないケストレルに、『失われた知識』の一端があっさりと開陳される。
「当然、貴方やこの都市にも見返りはありますよ。具体的に言えば次の千年の覇権をお約束しましょう。それを以て、少なくとも貴方の名は歴史に残るでしょう。我々も覚えておくことをお約束しますよ」
そう告げる男の声には、甘い毒が含まれている。
悪魔が人の良心を勾引かせて、契約を迫る時のような。
――岐神が力無き者に、己が味方にならないかと誘いをかける時のような。
次話『封印者』③
現在、中国深圳に出張中なので少し不定期になります、申し訳ございません。
7/19(水)より書籍版3巻が発売されております!
読んでくださり、応援したくださった皆様のおかげで人生初の3巻発売です。
とても嬉しいです。
本当にありがとうございます。
今回も中村エイト先生の手による表紙、カラー口絵、挿絵はどれも素晴らしいものばかりです。
戦闘シーンが多い巻となりましたので、迫力あるものが多くて最高です。
書店等で見かけられたら、是非とも手に取って確認お願い致します。
3巻から「小説家になろう」版から大きく外れた展開となっていきます。
聖戦の内容、その裏で何が起こっていたのかも大量に書き下ろしております。
読んでいただけたら嬉しいです。
人生初の4巻を目指すことももちろんですが、新たなシーンを中村エイト先生に描いていただきたい思いの方が強いです(笑)
誤字・脱字を指摘、修正してくださっている方々、本当にありがとうございます。
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