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余話 『在りし日のフィオナの想い』

 ()()()からもう、2()()も経ったのね。


 当時冒険者ギルドに関わる者なら、例外なく誰もが知っていた『ロス村の奇跡の子供たち』


 その彼ら彼女ら(ソル君たち)が噂に違わず5人揃って王立学院の冒険者養成科を過去に類を見ないとんでもない成績で卒業し、なぜか王都の本部ではなくここガルレージュ城塞都市の冒険者ギルド支部所属となると聞いた時。


 私はまだ新人からなんとかいっぱしの冒険者ギルド職員になれた頃で、受付業務をどうにかそつなくこなせるように毎日必死な頃だった。


 そんな私が支部長(スティーヴさん)から『ロス村の奇跡の子供たち』――新規登録パーティー名『黒虎(ブラック・タイガー)』の担当に抜擢されたことには希望と不安が半々、いえ正直に言えば不安の方がかなり大きかったことを覚えている。


 新進気鋭の若き天才冒険者と恋に落ちる、特にこれといった能力を持たない受付嬢(自分)恋愛浪漫譚(ラブ・ロマンス)

 そういう物語的お約束をまったく妄想しなかったかといえばさすがに嘘になるけれど、それ以上に『奇跡』とまで称されるエリート集団の担当になる事の重圧(プレッシャー)の方が勝っていたのだ。


 そもそも私は学業の成績こそ悪くはなかったけれど人付き合いはてんで苦手で、特に男のヒトが怖かった。

 子供の頃から乱暴者というか、その集団のリーダー的なポジションの男の子からからかわれてばかりだったので、当然の帰結としてより苦手になっていたのだ。


 王立学院を卒業して冒険者ギルドに就職した直後が一番辛かった。


 もちろん子供の頃とは違うから、もう男のヒトたちが私に絡んでくる理由もある程度はわかってはいたけれど、それを優越感とできるほど、子供の頃に植え付けられた苦手意識をそう簡単には克服できなかったのだ。


 王立学院での同級生や職場の同僚たちはまだお行儀がよかったのだと、受付として担当する冒険者の方々を相手していると嫌というほど理解させられた。

 私の顔や躰のことを無遠慮に口にして褒めて口説いているつもりの、一部の中堅冒険者様たちには本当に苦労させられたものだった。


『フィオナ嬢が嫌じゃなけりゃ、俺のお手付きって噂でも流しとくか?』


『……い、いいんですか?』


『俺ぁこの歳だが一応まだ独身だし、別に公序良俗に反してるってわけじゃねえ。別に冒険者ギルド(ウチ)は組織内恋愛を禁止しちゃいねえしな。フィオナ嬢が支部長(オレ)付きの秘書官てわけでもねえし』


『でも……』


『それに事実確認もないままにそんな噂程度で立場を失うってんなら、俺の能力も冒険者ギルドにとっちゃその程度でしかねえってこった。どっちにしろいずれ潰れることになんだろうから、フィオナ嬢が気にするこたねえよ。その噂が生きている間に仕事(実力)で立ち位置さえ確立しちまえば、後はどうにかなんだろ』


 支部長(スティーヴさん)があたふたしてばかりの私を見かねてそんな対応を取ってくれていなければ、今でも男のヒトが苦手なまま、受付嬢としての業務を苦痛なものとして耐えながらこなしていただろうと思う。


 城塞都市ガルレージュの冒険者支部長という立場は軽くない。

 それに支部長(スティーヴさん)はそれだけに止まらず、冒険者ギルド本部の役員の一人でもあり、受付嬢()にちょっかいをかけてくるような冒険者が考えなしに敵に回せる相手ではないのは当然だった。


 その結果、私が偉い人(スティーヴさん)のお手付きかもしれないとなっただけで、まるで態度を変えた中堅冒険者たちがどこかやんちゃなだけの子供たちみたいにも思えて、かなり苦手意識が払拭されたのよね。


 そういうタテマエで本当に支部長に手を出されるかもと内心警戒していたことは内緒だけど、今では大いに反省しています。


 支部長はそんなことお見通しだっただろうとも思うけれど。


 そうしてその手の煩わしさを取り除いてもらった私はギルド職員としての業務に専念でき、私にちょっかいをかけるような中堅冒険者に絡まれやすい新人冒険者たちを主として担当するようになるのもある意味当然のことだったのだ。


 その流れで『黒虎(ブラック・タイガー)』の担当者にもなったわけだけど、初顔合わせの時はさすがに緊張したよね。


 見縊られることのないようにお洒落にも気合を入れて、王都には届かなくともエメリア王国5大都市の一つである城塞都市ガルレージュの受付嬢として相応しくあろうと、精一杯の背伸びしていた。


 だけど『奇跡の子供たち』とまで呼ばれていたソル君たちはみんな、予想に反してとても可愛らしかった。


 背伸びした結果でしかない私の都会のお姉さんムーブ(ムリ)に赤面してくれるソル君たちも、その様子を見て呆れた表情の中に対抗意識を燃やすリィンちゃんやジュリアちゃんも、とても王立学院をトップの成績で卒業した百年に一度の天才たちには見えなかった。


 だけどソル君たちが次々と魔物支配領域(テリトリー)迷宮(ダンジョン)で積み上げていった実績は、『奇跡の子供たち』という通り名(エリアス)が大げさではないことをなによりも雄弁に物語ってもいた。


 マーク君が『絶拳』、アラン君が『大魔導』、リィンちゃんが『鉄壁』、ジュリアちゃんが『癒しの聖女』といった通り名で呼ばれるようになるまで、そう長い時間は必要としなかった。

 わかりやすい役割を持っている4人に比べて、ソル君だけがお荷物みたいに言われはじめるのも結構はやかったけれど。


 だけど私は立場上、ソル君こそが『ロス村の奇跡の子供たち』の中核なのだろうな、とずっと思っていた。


 それは自分の洞察力によってではなく、あの支部長(スティーヴさん)が公的な立場だけではなく、個人的にもソル君と仲良くしていた、仲良くあろうとしていたことを知り得る立場だったからだけど。


 個人的な気持ちで言えば、いかにも英雄然となっていったマーク君、アラン君、リィンちゃん、ジュリアちゃんとは違って、いつまでも一人だけ生傷が絶えなくて危なっかしくみえるソル君が、一番親しみを持ちやすかったというのも大きいかな。


 みんなには内緒で、支部長(スティーヴさん)承認の上用意した薬草やポーションをあげると、照れながらも嬉しそうにしてくれるところが、まるで弟みたいで可愛らしかった。


 もしもそういう関係になれるなら、ソル君がいいなあなどと考えたりもしたっけ。

 冒険者としての実績を積み上げるにあわせてあっという間に垢抜けて、とんでもなく綺麗になっていくリィンちゃんやジュリアちゃんに敵うはずないってことはわかっていたけどね。


 特にリィンちゃんは、最初からソル君に惚れているのが一目瞭然だったしなあ……


 それでも自分では朴念仁ではないと思っているのだろうけれど、朴念仁を極めたみたいなソル君だからこそ、私にだって万が一があるかもね、とか思っていたなあ……


 だけど()()()、ソル君の本当の力、『プレイヤー』という能力の真実を知った時にすっぱりと諦めたんだよね。


 冒険者ギルドという世界規模の組織ですら特別扱いせざるを得ない本物の奇跡の子、英雄の卵と私なんかが釣り合うわけがないって。

 それこそ奇跡が起こって一刻(いっとき)はそういう関係になれたとしても、間違いなくいずれ本物の英雄になるソル君の隣に、ずっとい続けることなんてできるはずがないって。

 それはきっと私みたいなただの女だけじゃなくて、『鉄壁』や『癒しの聖女』という通り名で呼ばれるようになっているリィンちゃんやジュリアちゃんだって同じだろうなって。


 その事実に一人の女として、意地の悪い安堵を得ていたことは否定できないけれど。


 ――あれ?


 どうして私がソル君の本当の力、『プレイヤー』の真実なんかを知ることができたんだったっけ?


 思い出せない。


 たとえ支部長(スティーヴさん)なら知っていたとしても、あの人がそんなことを一受付嬢(わたし)に教えるはずもないのに。

 いえ、そもそもこの世界の真実を知らない()()()()が、知り得るはずもない情報なのに。


 それよりも今、私はなにをしているの?

 どうして全裸で男のヒトに――アラン君に組み敷かれて、抱かれているの?


 そんな経験なんて一度もないハズなのに。


 こんなハシタナイ格好で、ハシタナイことを口にしながら、汗に塗れてもう慣れてしまった快感を貪っているの?


 そんな痴態を晒しながら、冷静にこんなことを考えられている()は――




 ああ。

 

 思い出した。


 ()()()


 私は呼び出された『聖教会』のガルレージュ教区教会で、突然顕れた魔族――淫魔(サキュバス)に犯されて、殺されて、喰べられて――


 記憶と姿と立場、すべてを奪われたんだった。


 ソル君たち『奇跡の子供たち』を監視するために。

 『プレイヤー』――()()が本当に顕現しているのであれば、それを『聖教会』に報告し、可能であれば始末するために。


 そして今。


 ソル・ロックがそうであると確定したがゆえに、その幼馴染たちを利用して殺すために、自分にできることをしているのだ。


 ――いかんな。永く成りすましていると、喰った記憶に染まり過ぎる。どうやらこの阿呆みたいに腰を振っている屑に殺せる相手ではないようだし、私が直接手を下すしかない以上、もうなりすます必要もないな。




 これはソルがアランの部屋を訪れる、ほんの少し前のお話。


 二度と還ることはない、在りし日のフィオナの想いの反芻。

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