第278話 『旧最終迷宮』⑧
最終的にはそういった世界もあるのかもしれないが、安全に強くなれるのであればまずはそうすることをソルは躊躇などしない。
必要になればその時はまた別の方法で安全を確保し、「ぎりぎりの戦闘経験」を積めればそれでいいのだ。
そもそもそれが値換算可能な強さではなく精神的なものを指すのであれば、なにも本当にぎりぎりの戦闘である必要すらないだろう。
本人たちに「これはぎりぎりの戦いなのだ」と認識させられればそれでよく、実際は幾重にも安全策を用意していること伝えなければいいだけにすぎない。
そのあたり、昔からソルはかなり実際的な考え方をする。
ソルからすれば雲の上の存在であった大国の王女であるフレデリカと、わりと初期からウマが合ったのもおそらくはそれが原因だろう。
ソルがそうであることを察したフレデリカが、自らそれに寄せたことを勘案してもなおだ。
もしもソルが「世間知らずで穢れなき無垢な王女様」を期待するタイプだった場合、フレデリカはそれまでの自分の在り方との修正に四苦八苦したことは間違いなかったはずだ。
まあそれとても「世間で言われている自分と実際とのギャップ」というあたりに、見事に落とし込みはしたのではあろうが。
そんなソルが今一番警戒しているのは、わかったつもりになっている強さとそれに基づく魔物――人の敵たることを目的に生み出された存在――との戦闘という、その仕組みそのものをひっくり返されることである。
ゆえに今回は定石どおりのパワーレベリングを先行させてはいるが、いわば「神様の仕組み」に頼らない魔力行使の習得に感覚的な要素が多いのであれば、この最終迷宮攻略の過程で、ぎりぎりの戦いとやらを導入するのも視野に入れている。
「色が変わって大きくなったところで、所詮蛇は蛇でしかありません」
リィンたちの言葉を受けて、ルーナがはき捨てるようにしてそう言う。
己が最強であることを知っている『全竜』としては自身がそう口にしたとおり、金色であろうが二回り程度大きかろうが、レベルが多少高かろうが、蛇は蛇でしかないのだ。
頭の数が9から13に増えていようが、そんなことなど問題にもならない。
『竜』が『蛇』に負けることなどありえないのだ。
そんなものは竜ではない、あるいは相手こそが蛇などではないのだ。
そこにはレベルがどうの、ステータスがどうのは関係しない。
生まれたばかりの幼体でもない限り、人の子供がそうとは知らずに蟻界においては最強の個体を踏み潰すこととなにも変わらない。
いや赤子の寝返りですら潰される、小虫でしかないのだとすら言える。
最強であることをそのあるべき姿として創り出されたのが、竜種である。
その眷属悉くを喰らって『全竜』となったルーンヴェムト・ナクトフェリアは、最強をすら超えた無敵なのだ。
ではその『無敵』をすら倒して封印し、千年の時の果てに真の絶望を強いた存在をどう呼ぶべきか。
それは強い弱いといった基準を超越するモノ、世界を縛る理、規律の外側に在るモノ。
ある意味それら世界の内側に存在する最強、無敵たちを統べるモノを『内側の演者』と呼ぶのであれば、その存在は『外側の干渉者』と呼ばれるべきモノなのかもしれない。
真の意味で『怪物たちを統べるモノ』はどちらなのか、今の時点でそれを知る者は誰もいはしないのだが。
「ルーナは『多頭龍』嫌いだからなあ……」
ふんすとばかりにふんぞり返る『全竜』にとっては揺ぎ無い、唯一無二の主人であるソルがそう言って笑っている。
全竜を自称し、自らの意志で眷属すべてを喰らった種の頂点、この世界にたった一体だけ現存している竜種たるルーナとしては、多頭蛇如きがたとえ格下である「龍」とはいえ、己が眷属の名で呼ばれることに憤懣やるかたないのである。
それは虎に対して感じる対抗意識などとは比べるべくもない、嫌悪と呼んでも過言ではない強烈な感情なのだ。
「あ、あのう……みなさんなら、い、今のにも勝てるのですか?」
ファルラにしてみれば己という個の死に留まらず、世界が終わってしまっても不思議ではない、絶望そのものとすらいえた金色の多頭蛇。
それを鎧袖一触してお気楽な日常会話を続けている、今や自分自身もその一員となってしまったソル・パーティーの先輩たちに、確認しておかずにはいられないのも無理はないだろう。
その口調が、いつものお気楽なものではなくなってしまっていることも含めて。
「ははは、それは無理だよ」
「で、ですよね」
破顔一笑、そう言って快活に応えてくれたソルがなんだか恐ろしいファルラである。
それはそうだろうという安堵と同時に、純粋な恐怖も感じてしまうのも当然だろう。
確かに『全竜』がいてくれれば問題はないのかもしれないが、ここまで明確に断言できるほど自分たちでは勝てない魔物が巣食っている迷宮に身を置きながらにしてのこのお気楽さは、「頼もしさ」よりもどこか軸のズレた狂気――「恐さ」を感じさせるものなのだ。
「でも次なら行けるかな~?」
「油断しない」
それがソルのみだけではなく、古参メンバーもみなその事実を前提としながらもソルとそう変わらない様子とくればなおのことだろう。
そもそもジュリアの口にした「次」の意味がよくわからない、ファルラとルクレツィアなのである。




