第273話 『旧最終迷宮』③
「え、ええぇえ?」
「わ、わ、わ、あぁあぁぁぁー」
あまりにも予想の斜め上過ぎる事態が発生したことにより、ルクレツィアとファルラは少々――いやかなり間の抜けた声を上げて、されるがままになるしかない。
いかな魔導生物とはいえ、「空を飛ぶ」経験などもちろん初めてなので、どうしていいかなどわかるはずもないので無理もない。
しかも自分の意志、能力での事であればまだしも、強制的に浮かされたとなればなおのことだろう。
一方、古参メンバーたちにとっては、『全竜』による空の移動はもはや慣れたものになりつつある。
すでに人の身でありながら「空を飛ぶ」という行為に、ある程度は耐性がついてきているのだ。
なんとなれば時間制限があるとはいえ、各々の『固有№武装』を召喚、展開しての戦闘はすでに空中戦が常態となっているし、ソル一党が揃って中・長距離を移動する際には『妖精王』による竜脈を経由した竜穴への超長距離転移から、『全竜』の魔創義躰による空中移動が定番となっているからだ。
だからこそ休暇中のアイナノアによる『浮遊水球遊び』を、リィンたちは平気で愉しむこともできたのである。
傍から見ている分には確かに楽しそうではあろうが、慣れてない者が当事者にされた場合は楽しさなど感じる余裕などなく、恐怖の方がまず間違いなく勝つだろう。
それが「遊び」では済まない高度まで予告もなく掻っ攫われるばかりか、その後とんでもない高速移動をはじめられたら普通の人であれば絶句するしかない。
魔導生物であろうがなかろうが、『転移』と並んで『浮遊』、『飛翔』といった、人の身でありながらも空を自在に駆けることを可能とする魔法たちは伝説にのみ語られる憧れであって、実際に体験するともなれば慣れるまでは恐怖でしかないのだ。
実際に巨大な竜――ルーナの魔創義躰の背にでも乗ってのことであれば、まだしもマシだっただろう。
だが翼を背に持たぬ生物としては、我が身一つで空に浮かぶばかりか飛翔するとなれば、地上生物としての本能が「なんか間違っているぞ!」とがなり立ててくるのだ。
そのことを実際に体験済みのリィンやジュリア、フレデリカとエリザにしてみれば、今青ざめて嫌な汗を流しながら絶句しているルクレツィアとファルラの反応は、至極当然のものでしかない。
自分たちもいつか通った道というやつである。
そう遠い昔という訳でもないのだが。
ある程度とはいえもう慣れてしまっている自分たちの方が、間違いなくどうかしているのは間違いない。
事前に説明もないままにこんな移動に巻き込まれてなお恐慌状態に陥らないだけでも、この2人の新入りの胆力は相当なものだとも言えるだろう。
慣れれば確かに爽快ではあるのだ、空を飛翔する体験というものは。
とにかくソル・パーティーの一員となったからには、本能をねじ伏せる程度はさっさとできるようになってもらうしかない。
古参メンバーとしては初日から衝撃の連続で申し訳ないとは思いもするが、この後も驚かずにはいられないことは目白押しでもある。
まあリィンやジュリアといった幼馴染たちはある程度の手順を踏めていたとはいえ、フレデリカやリィンは同じような経験をしているのだ。
ルクレツィアとファルラだけが不当な経験をさせられているという訳はないので、ここは甘んじて受け入れてもらうしかない。
同じ女同士として、この後の連続レベルアップの際に2人がどういう表情を見せるのか、ちょっと悪い表情が浮かんでしまいそうなフレデリカとジュリアなのである。
「で、古文書によると確か海の色が違う場所ってことだから……あ、あのあたりかな?」
とはいえ新人よりはマシだというだけで、この高度と速度にはいまだ完全に慣れている者など古参組にもひとりもいないこともまた事実である。
お気楽に会話などまだできないし、ずっと下腹に力が入った状態になってしまう事からはまだ誰一人として逃れられていない。
にもかかわらずソルはルーナとアイナノアといった規格外――『怪物』たちともに、別に無理をするでもなく冷静に海上の様子を確認してあたりをつけている。
実は空中機動という点においては、意外と一番慣れているのがソルなのだ。
自分専用の『固有№武装』すらいまだ持たず、魔物との空中戦などやるはずもないソルではあるが、先の『魔大陸浮上事件』の際に、ルーナとの『疑似合一』を果たしたことが大きい。
自身の感覚を『全竜』――空を統べる魔導生物の頂点たる怪物――と合一させたことによって、空を己がいて当然の場所だと認識する境地に至っているのである。
現在地はティア・サンジェルク島からは相当沖合に移動しており、当然それに伴い海の色はその深い深度を顕すものに変化している。
だがぽつんと太陽の光を通しているかのような明るい色をしている海域が確かにあり、ソルはそここそが最終迷宮への入り口だと見做しているらしい。
「おそらく正解です。周囲は我の感覚器官でも底を捉えられないくらいの深度ですが、海中に沈んだ塔の頂の如く、一ヶ所だけ浅い場所があります。そのあたりの内部に敵性存在を察知できますので、まず間違いなくそこが最終迷宮の入り口かと」
ルーナとしても己の主人がまるで竜であるかの如く、自身が空にある事を当然としていることが嬉しいらしい。
とても御機嫌の表情を浮かべて、ソルの判断が正しいことを裏付ける情報を提供している。
「あ、ホントだ。僕の方の地図でも敵性存在を捉えている」
ルーナにそう言われてソルも自分の表示枠で敵性存在――おそらくは迷宮の上層階に湧出している魔物たち――を赤い光点として捉えたらしく、一ヶ所だけ海の色が違っているあたりに最終迷宮がある事を確信できたようだ。
鮫や鯨といった地上でいえば獣の類を『プレイヤー』は敵性存在とはみなさない。
だからこそその位置に魔物が湧出しているという事実を以て、ルーナのいうとおりそこに迷宮が存在しているのは確実となったのだ。




