第266話 『王佐の在り方』⑥
「ソルもそう言うくらいだもんねぇ」
「ジュリアは無理やり既成事実化しようとしないの」
茶々を入れるジュリアを、半目でリィンが窘める。
まあ自分も含めた幼馴染組は、あえてソルに対して気安い振る舞いをすることをフレデリカから期待されていることもわかっているので、ジュリアの今の発言もその範疇だろうとは思ってはいる。
あまりにも絶対服従が過ぎれば内輪の空気としてはしんどいし、誰しもフレデリカのように親しみと絶対服従をバランスよく表現することに長けているわけではない。
だからこそ特に今回のような新人が来た場合は、いつも以上にあえての言動を増やすべきなのだろう。
対外的な場でソルの側付きとして増長していると捉えられかねない言動を慎めるのであれば、そう目くじらを立てるほどのことではないのだ。
ソルが本気で辟易しない限りにおいてはという注釈がつくが、そのあたりは幼馴染としての腕の見せ所だとも言えるだろう。
まあ本当はソルがなにを「すごい」と評したのかはまだ詳しく説明してもらえていないが、今ジュリアが口にしたような意味ではないことは間違いない。
実際のところ内心ではジュリアの解釈と同様のことも思っていたのは間違いないだろうが、リィンとて口に出していない内心までを咎めたてるつもりなどはじめからありはしない。
というか男性だとか女性だとかではなく、ルクレツィアとファルラのこのスタイルを見て「すごい」と思わない人なんかいないんじゃないのかなあと思うリィンである。
それほどまでに、身に付ければボディペイントにしか見えない『魔導制御衣』を身に付けてそこに立つルクレツィアとファルラの、共に長身でありながらも双極とも見える硬軟の曲線美は「すごい」のだ。
(ソル君の左右をこの2人が固めていたら、絵になるだろうなあ……)
とリィンをして素直に思ってしまうほどに。
「私たちから見れば、ソル様とバランスがとれているみなさまの方が羨ましいです」
「そっスよ。私は可愛いのが好きなんですけど、こう大きいと似合わないんスよね」
だがまだしも役に立てる自信があった戦闘能力ですら足手纏いレベルである事を突き付けられた直後の2人は、女としての魅力でも「ソルとお似合い」である既存メンバーには遠く及ばないとはじめから思っている。
同族内においてでも、やはり男より大きいことはコンプレックスになりやすいらしい。
男女平等だとかジェンダーフリー、ジェンダーレスといった小難しいハナシではなく、ファルラ本人として「小さい方が可愛い」という価値観を持っているというだけの話なのだが。
実際、人が世界の覇権を握っているわけでもない現状、最も重要視される戦闘能力が魔力を基としている以上、基礎身体能力における性差などは誤差程度に過ぎない。
それは命懸けの稼業である冒険者ギルドや各国軍隊において、男女の数がそこまで偏っていないことからも実証されている。
魔力の存在によって男女の性差は存在するにせよほぼ無意味なほどまでに希薄化し、お題目ではない本質的な男女平等が成立しているとも言えるのだ。
種としての生存に関わる力の前には、意味も意義もない男女差別などやっている場合ではないともいう。
逆に種の生存に関わる問題である以上、必要な「区別」は淡々と行われるのだが。
「ファルラ様はとても似合うと思います。ソル様なら今に巨大化くらいは出来そうですし」
くすくす笑っているフレデリカの言うとおり、ファルラはお世辞ではなく可愛らしい格好が似あうであろう容姿をしている。
サイズ差を無視して単身でみれば、ジュリアとファルラが「可愛い系」が似合う系統だ。
強い女性が主人公である御伽噺『拳撃皇女アンジェリカ』をこよなく愛するフレデリカとしては、強くて可愛らしい女性に庇護される凛々しい男性、という図式に忌避感などはない。
ただ確かに同じ人類同士であれば、女性の方が強者であっても身長的には男性の方が上である場合がほとんどなので、ルクレツィアやファルラの言わんとすることも理解できる。
問題視されているのはソルとのバランスであり、そこが破綻していないリィンやフレデリカ、エリザを見てしまうとどうしても自分の長身を欠点だと感じてしまうものなのだろう。
ソルはそのあたり、自分より大きい女性にはそこにしか見いだせない魅力をきちんと見つけるだろうとフレデリカとしては思っている。
揺ぎ無い軸たれる力を有している者は、枝葉末節に振り回されたりはしないからだ。
とはいえルクレツィアとファルラが気にしているのであればなんでもありなソルのことだ、本当に巨大化くらいはあっさりやってしまいそうだと思ったら笑ってしまったのである。
「そんなことが可能なら、私を小さくして欲しいッスねぇ……」
「……同意です」
はやくも「ソルならなんでもあり」を受け入れつつある2人も、フレデリカの冗談に対してそれなら自分たちが小さくなりたいという本音を口にする。
「えー、もったいないですよ」
「ファルラさんもルクレツィアさんも、すっごい素敵なのになー」
それに対して、平均に比して身長が低いことが地味にコンプレックスであるエリザとジュリアが、笑いながら異論を唱える。
まだ成長期であるエリザはまだしも、ほぼ成長を終えてしまっているジュリアにしてみれば、わりと深刻な本音なのかもしれない。
そんなありふれたガールズ・トークのノリでありながら、そこで語られる内容が本来ならありえない奇跡を大前提としているあたり、ソルの側付きたちらしいと言えるかもしれない。




