第262話 『王佐の在り方』②
模擬戦とはいえ亜人種、獣人種、共にその秘奥を行使するほどのものだったのだ。
実際今、ルクレツィアとファルラの内在魔力は枯渇しており、格上であることは十分に理解できているとはいえ、フレデリカとエリザも相当量の内在魔力を消費していることは間違いない。
模擬戦に参加していなかったリィンとジュリアは万全の体制ではあろうが、自分たちを加えても6人パーティー中、4人の内在魔力が枯渇、ないしは万全ではない状態での迷宮攻略など、定石外れも甚だしい。
それどころか、本来であれば自殺行為といっても過言ではない。
(あ……)
(そうか……そんな程度はソル様にとって、なんの問題にもならないのでした……)
そうすぐには常識による軛から抜け出せないルクレツィアとファルラとしては至極当然の危惧ではあったが、ソルは対象の内在魔力を回復させるという奇跡を行使できることをすぐさま思い出す。
さすがについ先刻我が身で実際に受けたルクレツィアと、己の『完全獣化』と同じくらいの魔力を行使する大技を実際に連発したところを目にしたファルラである。
いかに常識の軛が強固でも、自分自身による実際の体験の前ではそんなものなど通用しない『怪物』が存在することを理解するしかない。
他人の内在魔力を完全回復させるなどという奇跡が1日に何度可能なのかなど、2人には想像すらできない。
だがソル本人のお気楽な様子や、このまま迷宮攻略に赴くことを当然のこととして聞いているもとより側付きであったリィンたちの表情を見ていれば、「日に一度しか使えない奥の手」などではないらしいことはさすがに想像がつく。
実際、そんなことを思いめぐらせていたら、あっさりルクレツィアもファルラもソルによって自分の内在魔力を完全回復してもらえた。
ルクレツィアは二度目ではあるが、さすがにファルラと口を開けて顔を見合わせることしかできない。
あるいは音に聞こえた絶対者を絶対者たらしめている配下の真の『怪物』たち――『全竜』、『妖精王』、『神獣』による迷宮攻略について行くだけかとも想像していたが、どうやら本当に自分たちで未知の迷宮を攻略することになるらしい。
そもそもソルがさらりと口にしている『レベル』だの『スキル構築』だの、ルクレツィアとファルラにはその単語の意味さえもいまだ理解できていないのだ。
ここはもうあれこれ悩んでも仕方がない、肚を括って先輩方について行くしかないと思い定めた2人である。
「それとスティーヴさん。またもやお仕事を増やして申し訳ないのですが、亜人種、獣人種のみなさんに今回の決定を正式に連絡願います。また各一族から代表を選出して合議制で各種問題を処理し、代表者を通じてそれを汎人類連盟に提出する方向で調整をお願いします」
表示枠でルクレツィアとファルラの内在魔力が完全に回復したことを確認したソルが、共に模擬戦を注視していたスティーヴにやたらと具体的な指示をしている。
「わーった」
手をひらひらさせながらしれっと請け負っているスティーヴは、いかにも高級リゾート地にいそうなイケおじっぽい風体をしているが、いまや汎人類連盟よりも上と見做されている世界組織となった、冒険者ギルドの現総ギルド長である。
公的にはそのスティーヴからの発信によって、ルクレツィアとファルラが亜人種、獣人種それぞれの代表となったこととともに、今ソルが口にした内容が確定するのだ。
つまりもはや亜人種や獣人種を被差別種族として扱えるのは、新時代に対応できない、したくない老害どもの頭の中だけになったというわけだ。
現実においては何人たりとも、今後そんな扱いをすることは許されなくなったのである。
「まずは最初に決めてもらうこととして、各氏族ごとに1パーティー6人の選出を優先させてください。選ばれた人たちに僕が能力を付与し、各氏族の代表パーティーとして冒険者ギルドに所属して迷宮攻略を進めてもらいます。攻略対象迷宮は、亜人種専用、獣人種専用として別途こちらから指定します」
「ま、予定どおりってこったな」
「そういうことですね」
そしてソルは自分の当初の予定を違えるつもりはない。
ルクレツィアとファルラが両種族の代表者であることを認めた上で、双方の全氏族による別途パーティー編成とその育成は当然実行するのだ。
ソルの想定外だった要素を重視してなお、ルクレツィアとファルラの戦闘能力は人を遥かに凌駕するものであったし、そもそも『魔力』の行使方法が根本から違っている。
ソルにしてみれば、『神から与えられた能力』に依存せずに魔力を行使可能な戦闘集団の形成は優先順位が高いのだから当然だろう。
「あ、ルクレツィアさん、ファルラさん」
「は、はい」
「な、なんでしょうか」
肚を括った直後に、それ以上の衝撃を受けてルクレツィアとファルラは再び茫然としていた。
側付きを許可された自分たち2人のみならず、各氏族に6人もソルの能力を付与してくれるというのだからそれも無理はない。
威光による保護などおまけのようなものであり、実際に自分たちで稼ぎ、守ることができるだけの実効的な能力を与えてくれることこそがソルの配下になる事の神髄であるならば、『解放者』は世界で初めて、教祖と信者の損得が均衡した宗教だと言っても過言ではあるまい。
今日の経験を経た上でも、突然声をかけられたルクレツィアとファルラの声がひっくり返ってしまうのも仕方がないことだろう。




