第256話 『模擬戦 鬼人』⑥
そう思いつつも反射的にルクレツィアが答えたとおり、『陰陽術式』の行使は精神的な集中力等を必要とするとはいえ、身体的な負担はほぼないに等しい。
生物が行う他のすべての行動と同じく、ある程度疲労が蓄積されるというだけにすぎない。
「ああ、それに今のでこの場の外在魔力も相当消費したよね。ルーナ、アイナノア、お願いできるかな?」
「承知しました」
「♪~」
ルクレツィアの返事を聞いて安心したように笑った後、ソルはこの場の外在魔力濃度についても気にしている。
確かに先の『百火繚乱』のような外在魔力も大量に消費する大技を行使すれば、その場の外在魔力濃度が一時的に薄くなるというのは、言われてみれば当然のことのように思える。
だが『妖精王』の解放に伴い『世界樹』が復活し、再び世に外在魔力が満ちるようになった今の状況で、ルクレツィアはそんなことを気にしたことなどただの一度もなかったのも事実だ。
実際今の人類が行使可能な魔法や武技程度であれば、多少濃度が薄くなったところで使えなくなるようなことはありえない。
それはとりもなおさず、まだ人類はその程度しか外在魔力を消費しない魔法、武技しか使えていないということでもある。
これが『怪物』同士の魔力戦闘ともなれば、もとよりその場に在る外在魔力は早い者勝ちであるのは当然。
それどころか内在魔力、外在魔力共にその回復手段を持たなければ、大技を縛られての戦闘になることも当然と言えるのだ。
だがすでにソルはそのことも想定しており、自らの能力である『プレイヤー』によって内在魔力の枯渇、『全竜』と『妖精王』を配下とすることによって外在魔力の枯渇にも対応可能になっている。
そのソルの指示に従い、『全竜』と『妖精王』が世界樹の根――『竜脈』から膨大量の外在魔力を地上へと吸い上げて一気に放出した。
それは人為的に生み出された『竜穴』である『転移門』の位置から噴きあがり、そのあまりの高濃度故に可視化された魔力がこの場に満ちる様は、まさに幻想的というものとなっている。
だがルクレツィアもファルラも、他の連中のようにそれに見惚れている余裕を持つことは出来なかった。
「こ、これは……」
「え、えぇ~?」
もちろん正確な数値としてつかめているわけではない。
だが間違いなく一度は枯渇し、通常であれば数日をその回復にあてねばならないはずの己が内在魔力が瞬時で全快していることが理解できたがゆえにこそ、ルクレツィアとファルラは絶句するしかない。
可視化されるほどの外在魔力濃度というのも充分驚愕に値するが、世界樹が復活した今となっては世界のどこにも存在しないというほどではない。
だがそれを人為的になすばかりか、他者の内在魔力を任意で全快可能となれば、その驚愕を言葉で表現することなどできはしないのだ。
リィンやジュリア、フレデリカやエリザは驚愕するルクレツィアとファルラの様子を、さもありなんという表情でみている。
さすがにもう慣れたとはいえ、枯渇した魔力を一瞬で全開させるなどまさに神技としか言いようがない。
それを知らずに受けた者がどんな感情をソルに抱くのかなど、自らの経験を以て痛いくらいに理解しているので、「ソル初心者」を嗤うことなど誰もできはしないのだ。
それにこの中の人ではフレデリカだけが、ソルの『プレイヤー』がより脅威化する可能性にも思い至っている。
仲間の内在魔力を好きなタイミングで全快させられるほどの力であるのなら。
あるいは敵の内在魔力を好きなタイミングで枯渇させることも可能になるのではないかと。
いやまだソルはその札を味方にすら晒していないというだけで、すでにできるようになっていてもなんの不思議もない。
それは魔力を大前提として行われる戦闘において、『最強』ではなく『無敵』を意味する。
もはや相手と比べて強い弱いの中でのトップなどという範疇にはなく、ソルにとって敵たれる者など存在しえない、正しく敵無し――無敵となるのだ。
「じゃあ『陰』の方も見せてもらっていいかな? フレデリカも準備はいい?」
「問題ありません」
だがソルが話さないことを聞けるような立場にまだ自分がいないことなど、充分にフレデリカは理解している。
だからこそフレデリカは自分たちはもう慣れてしまった『魔力回復』という奇跡を受け、『陰の終式』を行使せんとしているルクレツィアの相手をすることに集中する。
「……承知致しました」
ルクレツィアも驚愕が抜けきらぬままとはいえ、絶対者がなんのためにそんな奇跡を行使してくれたのかは理解できているだけに、模擬戦を続行すること以外にできることなどありはしない。




